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第2話 最後の献身

 巨大な扉が俺たちの前に立ちはだかっていた。

 先ほどの大爆発で周囲の壁は無惨に崩れ落ちているというのに、その扉だけは傷ひとつなかった。

 まるで世界から切り離されたかのような静寂を保っている。


 この扉の先に魔王がいる。


 重厚な石扉の向こうから、粘りつくような殺気が濁流となってあふれ出ていた。

 それは誰かがいる気配などという生易しいものではない。

 最後の扉を前にして、俺の全身は総毛立ち、肺が凍りついたように呼吸を拒絶する。


「うっ」


 限界を越えた恐怖が強烈な負荷を身体に与える。

 込み上げてきた胃酸が喉を焼き、俺は咄嗟に口元を押さえた。


 隣に立つ勇者様が、限界に近い俺を痛々しいものを見るような目で見ている。

 

 大丈夫、俺が弱いことはわかっている。


 この扉の向こうにいる存在がどれほど規格外なのか、戦えない俺にだって理解できる。


 扉にの先にいるのは世界を混沌へ叩き落とした魔王だ。

 生きて帰ろう何て考えてはいない。 


 俺は大きく息を吸い込み、震えを押し殺すようにゆっくりと吐き出した。


(サポーターの俺に魔王と渡り合う力なんてない)


(一度でも攻撃を食らえば死ぬ)


 だけど一瞬でいい。

 俺の存在がほんの一瞬でも隙を作れれるのなら、俺が行く価値はある。

 その一瞬で、勇者様は魔王に勝てるから。


(俺の命一つで、その一瞬が作れるなら…… 安いもんだ)


 勇者様に視線を向ける。

 そこに立つのは、人類の未来という逃げられない重荷を背負わされた一人の女性。


 もし違う世界に生まれていたなら、その美貌で多くの人に愛され当たり前の幸せを手にしていただろう。


 勇者様の横顔を見つめているだけで、不思議と死への恐怖は薄れていく。

 代わりに静かな決意が胸の奥へと沈んでいった。


「勇者様、俺……」


 言いかけたその瞬間、俺の視界が突然弾けた。

 次の瞬間、意識が吹き飛ぶほどの衝撃が腹部を突き抜ける。


「がはっ……!」


 余りの痛みに身体が混乱を起こして呼吸が潰れる。

 内臓を握り潰されたような痛みが膝の力を奪い崩れ落ちた。


 石畳へと頭から倒れ込む俺の身体を、勇者様がそっと受け止める。


「レオ…… ごめんなさい」


 遠のく意識の中で、その声だけがやけに鮮明に届いた。


 勇者様は動けなくなった俺を軽々と担ぎ上げ、近くの太い柱の陰へと運ぶ。

 俺の視界に映ったのは決意を固めた瞳だった。


「魔王とは、私一人で戦う」


 迷いのない声だった。


「私の命に替えても、必ず魔王を倒す。だからレオはここで待っていて」


「……な……ぜ……?」


 かすれた声を絞り出す。

 一瞬、理解できなかった。

 勇者様はきっと俺を守ったのだろう。

 勇者様が優しいのは知っている。


 だけどそうじゃないだろ。

 俺は生き残りたくて、ここまでついてきたんじゃない。


 ただ、あなたと一緒に戦いたかったんだ!


「私は…… あなたまで死なせたくないの」


 ぽつりと答えた。

 そして勇者様の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。


「レオ。ここまで支えてくれて、本当にありがとう」


 その笑顔は今にも泣き出しそうだけど、どこかすべてを受け入れたように優しかった。


 その瞬間。


 聞き覚えのある澄んだ音が、脳裏に響いた。


(……スキルを獲得……今!?)


 意識の混濁を突き破るように、取得したスキルの情報が流れ込んでくる。


◇◇◇

スキル名【最後の献身】

獲得条件【勇者パーティー全員から絶対的な信頼を得る】

効果【自身の命と引き換えに、対象者が望む結果へ至るための最適なサポートを行う】

◇◇◇


(全員からの信頼……?)


 理解した瞬間、胸の奥が冷たく沈んだ。

 今この瞬間、俺がスキルを取得した理由がわかったからだ。

 それはつまり、俺は死んだ仲間たちから最後まで信頼されていなかったということだ。


 仲間の死によって、条件に含まれる人数が減っていき、勇者様ただ一人の信頼だけで条件が満たされた。


 俺はずっと、仲間の役に立てていると思っていた。

 準備を整え荷物を運び、食料や回復薬を管理し、貴族たちと交渉し、少しでも皆の負担を減らせていると。

 だけど違った。

 本当に命を預ける仲間として、見てもらえていなかった。

 

 寂しさや悔しさ、どうしようもない情けなさ。

 胸の奥に、どろりとした感情が広がっていく。


 その間も勇者様は俺に振り返る事なく進んで行く。

 そのまま魔王の間の扉へと手をかけていた。


「レオは…… 死なないでね」


 そして最後に振り向き、哀しくも美しい笑顔を残す。

 勇者エリスは、扉の向こうへと消えていこうとしていた。


「待っ……て……くだ……」


 力なく伸ばした手が空を切る。

 指先が冷たい石畳に落ちた。


 駄目だ、もう時間がない。


(俺の事なんてどうでもいい! この命で、あなたが助かるのなら……!)


(今やらなければきっと後悔する!)


 迷いはもうなかった。

 魂を削り出すようにして、俺はスキルを発動する。


 【最後の献身】

 その効果は自身の命と引き換えに、対象者が望む結果へ至るための最適なサポートを行う。


「勇者様…… 魔王を倒して…… 下さい」


 そして世界が白に染まる。

 薄れていく意識の中で最後に浮かんだのは、あの、哀しくも美しい笑顔だった。

 俺はそれを抱きしめるようにして、深い闇へと沈んでいく。


◇◇◇


 不意に、懐かしい匂いで目が覚めた。


 焼け焦げた空気ではない。

 血の匂いでもない。

 木漏れ日と、乾いた木の匂い。


 目を開けると、そこには見慣れたような天井があった。

 俺は反射的に身体を起こした。


(……なぜ、俺は生きている?)


 スキルを使った時、あの死の感覚は今もはっきり覚えている。

 絶対に夢ではない。


 震える手を見下ろし、俺は息を呑んだ。

 そこにあったのは、戦いに擦り減った手ではなく、小さく柔らかい子供の手だった。


「はあぁぁぁ?」


 混乱はしたが理解はすぐに追いついた。


(もしかして俺は過去に戻っているのか……?)


 俺は頭に手を乗せる。

 11歳の時に作った怪我がなくなっていた。


(と言う事は今は10歳……)


 十八年前の十歳の自分に戻っている。


「俺が使った【最後の献身】」


「あのスキルの効果は…… 対象者が望む結果のための、最適なサポート……」


 気付いてしまった。

 背筋が震えた。


「……やり直し、なのか?」


 つまり。


「あの後勇者様は…… 魔王に勝てなかった?」


 その事実が冷たく胸に突き刺さる。

 だからスキルは対象者の勇者様が望む結果を掴む為に俺を過去に戻した。


 そう考えると全ての辻褄があう。


 すべてをやり直すために。

 勇者様が魔王に勝ち、誰も死なない未来へ辿り着くために。

 勇者様が最後に見せた笑顔を今でもはっきりと思い出せる。

 そして同時に仲間たちから信頼されていなかったという現実が、鋭い棘となって胸を刺した。


 あの時感じた悔しさが俺の心を刺す。

 奥歯が軋む。


「もう二度と繰り返さない」


 ベッドから降りる。

 子供の身体でも関係ない。

 俺は記憶は、はっきりとあの地獄を覚えている。


「今度は誰も死なせない」


 勇者様も仲間たちも。


「全員で生き残って……」


 朝日が差し込む部屋の中で、俺は静かに誓う。


「今度こそ俺達は魔王を倒す!」

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