第1話 魔王の元へ
等間隔に設置されていた石柱や豪華な石造の数々。
その全てが瓦礫の山と化している。
仲間は全員死んだ、そう思うしかない光景だった。
「勇者様!」
崩れた石柱を蹴り飛ばし、俺は瓦礫の中へ駆け出す。
ついさっきまで、ここは戦場だった。
魔王の側近との死闘。その果てに起きた、魔力の暴走による大爆発。
床も壁も吹き飛び、通路は原形を留めていない。
焼け焦げた空気と、血の匂いだけが残っている。
視線の先に、白銀の光が見えた。
「しっかりしてください! 勇者様!」
瓦礫をかき分け、倒れている勇者様の身体を抱き起こす。
勇者様は気を失っているのか?
身動き一つしない。
最悪の事態が脳裏をよぎり一瞬焦ったが、胸がゆっくりと動いている事に気付く。
よかった…… まだ息がある。
それだけで、胸の奥に張りつめていたものがわずかに緩んだ。
だが悠長に目覚めるのを待つ時間はない。
勇者様の怪我が目を背けたくなる程に酷かったからだ。
鎧は砕け、露出した肌は焼け爛れている。
血は止まらず、手足は不自然な方向に曲がっていた。
見ただけで分かる。
このままでは、助からない。
「急がないと……!」
震える手で俺はスキルを発動する。
俺の右手に小さなガラス瓶が出現する。
この瓶には黄金色に輝くエリクサーが入っている。
これが最後の一本だった。
魔王との戦いのために、ずっと温存してきた切り札。
ここで使えば、もう後はない。
魔王に勝つ為には絶対に必要なアイテムだ。
「そんなこと、どうでもいい……!」
迷いはなかった。
勇者様を死なせるくらいなら、残す意味なんてない。
俺は勇者様の首に腕を回して抱き起こした後、慎重に顔を上げさせる。
喉を詰まらせないよう呼吸を確かめながら、唇の隙間へ液体を流し込む。
「飲んでくれ……!」
最初は数滴だけだ。
頼む…… 間に合ってくれ。
そんな祈るような気持ちで見守る。
勇者様の身体が淡く光を帯びた。
「よし……!」
残りをすべて流し込む。
エリクサーが効果を発揮し、淡い光から眩い光へと変わりっていく。
そして濁流のような輝きが全身を駆け巡り、焼けた肌が再生していく。
歪んでいた骨が、音を立てて元の形へと戻っていく。
「ぎりぎり間に合ったな…… ひとまずこれで一安心だ」
最後に光が収まり、勇者様の長いまつげが微かに震えた。
「……レオ?」
勇者様がかすれた声をだす。
意識を取り戻した勇者様が俺を見る。
「よかった……!」
安堵から膝から力が抜けそうになるのを、必死でこらえる。
「大怪我を負っていましたので、エリクサーで治しました。もう大丈夫です」
「……そう」
勇者様はぼんやりとした表情で瓦礫の山を見つめていた。
何も言わず状況を整理をしている様だった。
そして、何かを思い出した表情を浮かべる。
「レオ、カイルの姿が見えないけど?」
その問いに、俺は言葉が出なかった。
大賢者カイルの姿を俺はもう見つけていた。
俺はゆっくりと視線だけを向ける。
崩れた瓦礫の向こう。
動かないままの大賢者の姿へ。
「……あぁ……」
勇者様の瞳から光が消えた。
「これで……本当に、二人きりね……」
冷静で落ち着いた静かな声だった。
だけど俺にはわかる。
その奥に沈んでいるものは、あまりにも重い感情だ。
六人いた仲間は、これでもう誰もいない。
一人、また一人と欠けていき、これで勇者様と俺だけになってしまった。
重苦しい沈黙が、空間を満たす。
何か言わなければいけないのに、言葉が出てこない。
俺はただのサポーターだ。
今まで勇者様を支えてきたのは、共に背中を預け戦い続けてきた大賢者や戦士。
大怪我を治療し戦線を支えた聖女。
いち早く敵を発見し遠距離から援護する狩人。
ただ旅の準備を整え、みんなの後ろをついて回り荷物を運ぶことしかできなかった俺ではない。
「みんなが死んだのは…… 全部、私のせいね」
ぽつりと勇者様が呟く。
違うと、言いたかった。
だけど何故か言葉は喉で止まった。
今にも泣き出しそうな顔を見ていると、どんな言葉をかけても勇者様には届かないと感じたからだ。
「魔王を倒したら…… 私も、ちゃんと責任を取らなきゃね」
その一言が、胸に突き刺さる。
「やめてください!」
気づけば、声を張り上げていた。
「勇者様は…… ずっと、ちゃんと戦ってきたじゃないですか!」
誰よりも前に立って、誰よりも傷ついて。
それでも折れずにここまで来た。
それなのに……
「……ありがとう、レオ」
勇者様が小さく笑う。
だがそれは、今にも壊れそうな笑みだった。
「でも、もういいの」
静かに首を振る。
そして、そっと俺の肩に手を置いた。
「行きましょう。魔王のところへ」
ふらつきながらも、立ち上がる。
怪我はエリクサーで全快しているが、心のダメージは残ったままだ。
その背中は、あまりにも細く頼りなく見えた。
しかし勇者様の肩には、多くの人の命が乗っている。
どんなに傷ついても、動ける限り俺たちは止まることはできない。
「……はい」
俺も立ち上がる。
ここまで来て、引き返す道なんてない。
俺たちは歩き出す。
すべてを終わらせるために。
この時の俺は、まだ知らなかった。
この先ですべてが、やり直されることになるなんて。
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