第10話 ロイドの街へ
「レオ、十五歳。職業…… 剣士【ヒルデブラント流剣術】ねぇ」
発行されたばかりの冒険者カードを指先で弄びながら、ミラが面白そうに呟いた。
「確かヒルデブラント流って、無茶苦茶強い剣術じゃなかった? 扱える者は数える程しかいないって聞いたことあるけど?」
「え、そんな話、初めて聞きましたよ!? 本当なんですか?」
俺が驚いて聞き返すと、彼女は嘘を言ってどうするのよと肩をすくめた。
「私たち商人にとって、情報は商品と同等、あるいはそれ以上の価値があるのよ」
「レオはただ者じゃないとは思っていたけれど、やっぱり私の感は当たっていたようね。あの魔石を本当に一人で狩ったって今なら信じられるわ」
ミラは深く納得したように頷いた。
今回俺が売却した魔石は、全部で百個。
どれも品質が良く、買い取り額は金貨十五枚という大金になった。
金貨一枚あれば、一人が一ヶ月は贅沢に暮らせる。
これで一年以上、金に困ることはないだろう。
十分な路銀を手に入れた俺は、馬車に揺られて大都市ロイドへと向かった。
ミラとは出会ってすぐ別れたが、またすぐに会う事になる筈だ。
その時は今回の借りを利子を付けて返すさせてもらう。
◇◇◇
ロイドまでは馬車で五日の旅だ。
相乗りの馬車には、老人、女性、子供を含めて八人の乗客が揺られている。
街道はそれなりに整備され、兵士の巡回も多い。
比較的安全なルートとされてはいるが、それでも完全ではないことを証明するように、その連中は現れた。
前後を挟み込む形で、六人の男たちが立ち塞がる。
「おい、お前ら! 死にたくなけりゃ、有り金全部ここに置いていきな!」
「へへっ、女は全員俺らとデートだ。たっぷり可愛がってやるからよぉ!」
「キャーッ!」
「助けてくれ、誰か逃げろ!」
狭い馬車内は一瞬でパニックに陥った。
悲鳴と怒号が飛び交い、御者は青ざめて手綱を震わせている。
そんな喧騒を余所に、俺は冷めた目で盗賊たちの動きを観察していた。
(人数は六人、全員武装はしているが構えも重心もバラバラだ。体格だけはいいが、中身はただの素人って所だろう)
戦場を知る俺から見れば、彼らの殺気など羽虫の羽音にも劣る。
「……こんなところで足止めを食ってちゃ、いつロイドに着けるか分からない。さっさと掃除を済ませるか」
俺は腰の剣の柄にてを添える。
周囲の悲鳴を置き去りにし、颯爽と馬車から軽やかに飛び降りた。
地面に着地すると同時に、ヒルデブラント流の鋭い踏み込みを開始する。
「な、なんだガキ!? 死にたいようだな?」
俺は後方に陣取った三人の盗賊へ、無言で歩み寄った。
「面白い! 俺たちとやる気か?」
「いいねぇ、まずはその生意気な手足から削いでやるよ」
下卑た笑みを浮かべる男たちに、抱く感情は何もない。
俺は歩みを止めることなく、一定の速度で間合いを詰めていく。
「早い者勝ちだっ!」
「待てよ、俺がやるって言っただろ!」
三人が我先にと、一斉に獲物を振りかざして躍りかかってきた。
俺は彼らの初動から一瞬でその後の行動を予想し、自分の行動へと反映させる。
(まずは先頭の斧を半身で避け、その腕を斬り落とす)
心の声と身体の動きが完全に一致していた。
切り落とされた腕が地面に落ちる間に俺は次の行動へと移っていた。
(次に回転の勢いを乗せ、後方の男の心臓を貫く)
更に一秒後、二人目の心臓を串差しにする。
(最後は、崩れる死体を遮蔽物にして死角から背後へ回り込み、首を断つ)
最後までイメージと肉体を完璧に同調させたまま、最後の男の首を切り落としていた。
わずか三秒。
三秒で三人の男たちが噴水のように血を撒き散らし、物言わぬ肉塊となって地に転がる。
俺は抜いた剣を【収納】へ消すと、地面に転がった手斧を無造作に拾い上げた。
一瞬の出来事に、馬車の乗客たちは呼吸を忘れながら俺を見つめている。
俺は乗客の視線を無視し、馬車の横を通り過ぎて前方の盗賊たちと対峙した。
前方の連中は馬車が後方の視界を遮っており、まだ仲間の死には気づいていない。
「おい。俺の時間を邪魔した罪は重いぞ」
「はあ? 何を寝ぼけたことを言ってやがっ!?」
俺は手に持った手斧を、天高く放り投げた。
猛烈な勢いで回転する鉄塊が、青空の下で煌めきながら盗賊たちの頭上を通過していく。
盗賊たちが本能的にその行方を視線で追う。
だがその瞬間を俺は逃さない。
瞬時に先頭の男の懐へ潜り込んでいた。
手斧に意識を奪われた男が遅れて俺の接近に気づく、だがそれはあまりに遅すぎた。
俺は無手のまま、水平斬りの型を取る。
―閃。
振り終えた俺の手には、いつの間にか抜き放たれた剣が握られていた。
スキル【取出】による武器の瞬間装備。
何が起きたか理解できぬまま、盗賊の頭部がゆっくりと地面へ滑り落ちる。
次に俺はそのまま、何も持っていない方の手を振るった。
何も持っていない手からは手品のように投擲用ナイフが投げ放たれる。
空を切り裂く銀光が、二人目の脳天を正確に射抜く。
残った最後の一人はもはや戦う意志を失っていた。
腰を抜かしたまま泥の上に尻餅をついている。
俺は散歩でもするかのような軽やかな足取りで近づいた。
恐怖で盗賊の瞳から完全に戦意が消える。
恐怖が限界に達し、命乞いの言葉を発する事すらできずに震える。
俺は躊躇なくその首を跳ね飛ばした。
「……お前らが生きていたところで、人間側の戦力が削れるだけだ。ここで死んでおけ」
返り血を拭い、俺は何事もなかったかのような顔で馬車に乗り込んだ。
理不尽な死は前世で嫌というほど見てきた。
弱者が強者に食われ、快楽のために子供が殺される。
そんなクズどもに情けをかける道理はない。
もしここに心優しい勇者様がいたら、この男たちを許したかもしれない。
だが俺は違う、容赦する気は無い。
御者も乗客も俺を見る目に恐怖を浮かべている。
得体の知れない怪物を見るような怯えた目で俺を見ていた。
「もう大丈夫だ。早く馬車を出してくれ」
「は、はいッ! すぐに!」
震え声で応じた御者が、馬車を急かすように発進させた。
しばらくの静寂の後、ようやく落ち着きを取り戻した身なりの良い初老の乗客が、子供を連れて消え入るような声でお礼を告げる。
「さきほどは…… 本当に、ありがとうございました」
「気にしなくていい。俺は早くロイドに行きたいだけだ。あんたたちも、助かった命を大切にしろ。その子供にも今後は剣術でも覚えさせるんだな」
「あっ、はい……! 肝に銘じます」
俺が言い放つと、他の乗客たちも感謝を伝えようとしたが、俺が一度冷たく睨むと全員が縮み上がって下を向いた。
(……それでいい)
俺はこれからロイドの街で、絶対に成し遂げなければならないことがある。
そのためには俺を知る者は少ない方が都合がいい。
俺は自分の英雄譚など求めていない。
俺が欲しいのは金と力、そして勇者様を救うという未来だけだ。
その後の旅は順調に進み、二日後。
巨大な城壁を誇る大都市ロイドの門が俺の視界を覆い尽くした。
ここから俺の本当の闘いが始まる。




