第11話 ガバルディ工房
ロイドの街は大都市と呼ばれるにふさわしく、圧倒的な規模を誇っていた。
かつていた街に比べれば人の数は倍以上。
露店が建ち並ぶ通りを歩くときは、まるで人並みをかき分けて進むような有り様だ。
俺はまずは衛兵に聞いた冒険者ギルドを目指す。
そこで提携の宿を確保し、街の詳細な地図を手に入れた。
同時に、この街で名の通った鍛冶屋をいくつか紹介してもらうことも忘れない。
宿を決めると、俺はギルドで教わった地図を頼りに目的の店を目指す。
実は最初から向かう先は決まっていたのだが、余計な勘繰りを避けるカモフラージュとして複数の鍛冶屋の場所を聞いただけだ。
俺が目指すのはガバルディ工房。
今日から十年後、世界を塗り替える新金属クロムニウムを発見することになる工房である。
「クロムニウムを大陸中に広めた功労者だ。今回もこの素材を見ればきっと飛びついてくるはずだが……」
クロムニウムの利権は俺が握り、加工技術の第一人者としての名声はガバルディ工房に譲る。
十年も前倒しされる新素材の発見に、この工房がどうお祭り騒ぎになるのか?
今から少しだけ楽しみですらあった。
◇◇◇
ガバルディ工房の看板を掲げた建物は、職人街のなかでもひと際重厚な佇まいをしていた。
扉の隙間からは、真っ赤に熱された炉の余熱が陽炎となって逃げ出している。
ガァン!
ガン!
ガン!!
俺がそっとドアを開けると、鉄を打つ硬質な槌音がまるで鼓動のように工房全体へ響き渡る。
(ここがのちに大陸全土へクロムニウムを広める聖地か。ガバルディ工房の天才ガバルディ・ガルド。一体どんな男か楽しみだ)
未来の最先端工房を訪れた感慨にふけりながら中へ足を踏み入れたが、作業に没頭する五人ほどの職人たちは俺に気付く素振りすらなかった。
「いい工房だ!」
鉄を鍛えるリズミカルな音に感心しながら視線を泳がせていると、工房の最奥の窓際に設定されている応接テーブルから場違いな笑い声が聞こえてきた。
そのテーブルの上にはカードが投げ捨てられていた。
どうやら三人の男たちが仕事もせずにカード遊びに興じている様子だった。
勝ち負けに一喜一憂し、下卑た笑い声を上げる彼らの姿に俺は思わず眉をひそめた。
「あの…… うちに何かご用でしょうか?」
背後からかけられた声に振り返る。
そこには、煤けた作業着と耐熱エプロンに身を包んだ、穏やかな風貌の青年が立っていた。
「ああ、ガバルディ工房で作ってもらいたいものがあるんだが」
「なるほど、オーダーの依頼ですね。それではあちらのテーブルで話を…… あっ、……今は駄目そうですね。すみません、母屋の方で伺います」
青年が困ったように視線を向けた先では、応接テーブルが賭博場と化していた。
母屋へ案内される道すがら、俺は先ほどの男たちのことを尋ねてみる。
「あの男たちは何なんだ? 仕事もしないで」
「あはは、兄が失礼を…… 父が体調を崩して工房に出てこなくなってから、あんなふうに遊び始めてしまって。僕が注意しても聞き流されるばかりで、情けないですよ」
どうやらあの馬鹿騒ぎしていた男が兄で、目の前の真面目な青年が弟らしい。
(ぼんくらな兄に、出来た弟というわけか)
「兄も昔はあんなじゃなかったんです。いつの間にか悪い連中と付き合うようになってしまって……」
案内された室で、青年は丁寧に一礼をした。
「自己紹介が遅れました。僕はガバルディ・ハイド。父が不在の間、僕が御用を承ります」
(ハイド…… なら父親が未来に名を残すガバルディ・ガルドという訳だな。まだ本人には会えていないが、この工房で間違いないだろう)
「レオだ。今回はこのインゴットを使って、いくつか武器を作ってほしい」
俺は小袋から鈍い銀光を放つクロムニウムの塊を取り出した。
見たこともない未知の金属に興味を引かれ、ハイドの瞳に鋭い光が宿る。
「この色、この質感。見たことがありませんね。これは一体?」
「【クロムニウム】という最近見つかった特殊な金属だ。特性を説明するから、よく聞いてくれ」
俺がクロムニウムの特性の説明に入った。
他種金属と結合する事、軽量化をもたらす事、魔導伝導率が跳ね上がる事などを簡潔に語っていく。
ハイドの呼吸が、目に見えて浅くなっていく。
未知の金属を前にした職人の瞳だった。
ハイドは食い入るように話に聞きいていたが、自然と独り言のようにブツブツと呟き始めた。
「凄いぞ……! これなら既存の武具の性能を底上げできる。いや、それだけじゃない。表面に微細な魔法陣を刻んで魔力を流せば、属性の付与まで……!」
途中から思考の渦に飲み込まれ、ブツブツと革新的なアイデアを吐き出し続けるハイド。
俺は無言でそれを聞きながら、心中で深く頷いた。
彼の口から出る言葉は、すべて未来での常識となる技術ばかりだったからだ。
(未来の技術と全てが一致している。もしかして…… 未来のクロムニウム加工における第一人者はこのハイドなのかも知れないな……)
「……ハイド、そろそろいいか? このクロムニウムで、剣を一振りと、短剣を十本作ってほしい。細部の設計はあんたの判断に任せる」
「い、いいんですか!? ぜひ、やらせてください!」
顔を紅潮させて快諾したハイドと、具体的な契約の話に入る。
未知の素材ゆえ、作業時間は通常より必要だろう。
俺はそれを見越し、相場より上乗せした前金を提示した。
ハイドはそれを二つ返事で了承する。
こうして時代を十年先取りする歴史的な契約が結ばれた。




