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第12話 専属契約

 その後、俺は袋からクロムニウムのインゴットを三本取り出し、特性を詳細に記したメモと共にハイドへ手渡した。

 ハイドの手は興奮で震えていた。


「……じゃあ、よろしく頼むよ」


「はい! 全身全霊をかけて、最高の一品に仕上げてみせます」


 俺たちが固い握手を交わした、その時だった。

 ノックもなしに、先ほどの放蕩息子が乱暴に部屋へ踏み込んできた。


「おいハイド! 優秀なこの俺様が、また仕事を取ってきてやったぞ。両刃剣二十本、納期は五日だ。ありがたく拝聴しろ」


「なっ…… 両刃剣二十本を、たった五日で!? 無茶だ、そんな納期でまともな剣が打てるわけないだろ。ガルド兄さん、あんたにだってそれくらい分かるはずだ!」

 

 ハイドの口から出た名に、俺の思考が一瞬フリーズする。

 ハイドは今、この馬鹿の事をガルドと呼んだのか?

 ……ということは、この目の前に立つ酒と博打の匂いを撒き散らす男こそが、未来で歴史に名を刻むはずのガバルディ・ガルドだった訳だ。


「心配するな。何も完璧に造れなんて言ってねぇよ。適当な仕上がりで形になってりゃいいんだよ、形になっていれば!!」


「適当な仕上がりでいいって……!? そんな不良品をお客様に売れるわけないじゃないか!」


「お前、自分が誰に口を利いてるか分かってるのか?  親父が死ねば、この工房を継ぐのは長男であるこの俺様なんだぞ。俺の言うことが聞けねぇなら、今すぐこの工房を叩き出してやろうか!」


「兄さんはそれを本気で言っているのか?」


「フン、つべこべ言わずにこの二十本、さっさと仕上げろよ!」


 ガルドは苛立ちを隠そうともせず、俺の存在など歯牙にもかけない様子で乱暴にドアを閉めて去っていった。

 

 静まり返った室内で、ハイドが力なく椅子に身を沈める。


「レオさん…… すみません。さっきの依頼の納期を少し延ばして欲しいんですが……」


「延ばすって、どの程度だ?」


「一ヶ月、それくらいは頂かないと、兄の押し付けた仕事が片付かなくて。父が元気なら、こんなことには……」

 

 ハイドが口惜しそうに唇を噛む。

 その姿を見て、俺はすべてのパズルが組み合わさる感覚を覚えた。

 十年後の未来、たぶん二人の父親はすでにこの世にいないだろう。

 そうなればさっきのやり取りから見て、工房は長男のガルドが継いでいる。

 つまり未来でガバルディ・ガルドの発見と称えられたクロムニウムの功績は、すべて弟であるハイドから奪い取ったものだという事だ。


(……なるほどな。反吐が出る。よし、邪魔なガルドは殺すか)


 脳内で最速の殺害プランを構築しかけたが、ふとハイドの呟きが意識に引っかかった。

「なぁ、ハイド。ガバルディ氏、君の父親に今から会うことはできるか?」


「父に、ですか? ですが、今はベッドから身を起こすことすらままならない状態で……」


「俺は旅の道中、薬学についても多少の知識を得ている。病状次第では、力になれるかもしれないぞ」


「本当ですか……!?」


 縋るようなハイドの瞳。

 ガルドという不純物を取り除くためにも、現当主の復活は不可欠だ。

 俺はハイドの案内に従い、重苦しい空気が漂う当主の寝室へと足を踏み入れた。


◇◇◇


 寝室のベッドに横たわっていたのは、白髪の男性だった。

 不厚い胸板と引き締まった筋肉、腕には鍛冶師特有の無数の火傷痕が見て取れた。

 病魔に蝕まれながらも、かつて鋼を打ち続けてきた強靭な名残を感じさせる屈強な男だった。

 

 

 肺の病に冒され、高熱に浮かされながら荒い息を吐いている。

 話を聞けば街の医者も匙を投げ、この絶望的な状況のまま数ヶ月が過ぎているという。

 俺は枕元に寄り寄り添い、その胸の鼓動と呼吸の深さを確認した。


(呼吸は浅いが、根源的な生命力はまだ潰えていない)


 数ヶ月も病に耐え抜くとは、流石は伝説の工房主の父親と言った所だ。


(今の状態なら、あの薬さえあれば病に打ち勝つ事もできる)


 俺は記憶に残るある霊薬に一縷の望みを託す事にした。


「まずは、これ以上病状を進行させないことが先決だ」

 

 俺は小袋から一束の乾燥した薬草を取り出した。

 リンガー鉱山での隠遁生活中に、俺が自ら調合しておいたものだ。

 

 通称【エルフの万能薬】。

 

 あらゆる病魔の初期症状を抑え込む効能がある。

 その製法はかつての仲間だった大狩人シトの故郷を訪れた時、薬師であった彼の姉から特別に伝授されたものだった。

 弟シトを助ける為に役立てて欲しいと言われた事は今でも覚えている。


「ハイド、もし俺を信じられるなら、これを飲ませてみてくれ」


 俺が差し出した薬を手に取るかハイドは迷っていた。

 しかし覚悟した様子で大きく息を吐くと、俺から薬を受け取る。


「その薬を…… 分かりました。 医者からも見放された身です。父に何が起こっても責任は僕が取ります」

 

 ハイドは震える手で薬を水に溶き、父親の乾いた唇へと慎重に注ぎ込んだ。

 数分後、ガバルディの荒い息が嘘のように静まり、苦痛に歪んでいた父親の表情が、凪いだ海のように穏やかなものへと変わっていった。


「凄い……! 医者でも匙を投げた父さんの呼吸が…… 父さんの呼吸が楽になってる!  ありがとうございます、レオさん!」


 俺に抱きつきそうなほどハイドは喜んでいた。


「落ち着け。安心するのはまだ早い。この薬はあくまで進行を止める対症療法に過ぎないんだ。根治させるには、俺が材料を揃えて別の特効薬を作る必要がある」


「本当…… 本当に父の病気が治るんですか……?」


 ハイドは感激のあまり、目に一杯の涙を浮かべている。


「ああ。だが栗を作るのには一つ条件がある」


 俺の声のトーンを落とした。

 ハイドが、言葉を待つようにゴクリと唾を呑み込む。


「もし俺が作った治療薬で父親の病を完治させたら、君は俺の専属鍛冶師になってもらう」


 ハイドにとって虚を突かれた意外な提案だったのだろう。

 口を開けたまま固まっている。


「専属鍛冶師……?」


「そうだ。いかなる権力者、いかなる英雄からの依頼よりも、俺の注文を最優先する。君の技術のすべてを、俺のために捧げてもらう」


 部屋に沈黙が降りた。

 ハイドは一度だけ眠る父親に視線を向け、それから絞り出すような覚悟を瞳に宿して俺を見つめ返した。


「……分かりました。父さんの命を救ってくれるなら、僕は貴方の専属になります」

 

 これで契約成立だ。

 未来の歴史を塗り替える技術者を俺は必ず手に入れる。


「交渉成立だな。では、俺は一度街を出て薬の材料を確保してくる。その間、一日に一回、必ずこの薬を飲ませておいてくれ」


 俺は予備の万能薬を数包手渡し、足早に寝室を後にした。

 

 それにしてもまさか兄が弟の功績を盗んでいたとは思いもしなかった。 

 ガバルディ・ガルドという偽物は、もう排除してもいいだろう。

 そして本物のガバルディ・ハイドを手に入れる。


 そのためにはあの霊薬が必要だ。

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