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第31話 その後のエリス商会

 入札が終わってから、半年が経過した。

 ハイド工房は鍛冶師を大量に雇い入れ、生産ラインの増設と技術向上に努めている。

 かなりの発注量をこなせるようになってきたが、まだ顧客に満足してもらえる程の出荷量ではない。


 クロムニウム加工の武器や防具、それに魔道具が街に流れ出し始めた。

 冒険者の中ではその価値が認められ、飛ぶように売れているらしい。


 クロムニウム製の武器が売れれば、魔石も必要となる。

 魔石の需要が上がるのは自然の流れだった。

 ライダース商会は元々、魔石や鉱石の流通に強い商会だ。


 クロムニウム武器が売れれば、当然製品を可動させるための魔石需要も跳ね上がる。

 結果として、入札騒動で大きな傷を負ったはずのライダース商会も、少しずつ息を吹き返していた。


「本当に小悪党ほど運がいいよな」


 スモーク副頭取は大物では無いが、それなりの運は持っているようだった。


 低ランクの魔石も良い値で買い取りされるようになり、冒険者の財布も潤っている。

 その潤った金を冒険者が街で散財していくので、街も活気にあふれていた。

 いま大陸は未曾有の好景気に突入しようとしていた。


 今日はハイドを連れて、町外れの平地まで来ている。


 目の前には大きな川が流れていた。

 以前から河川工事を進めていた場所だが、今では川幅も整えられ、水量も安定している。大型の船が停泊できるよう桟橋まで整備され、周囲では何十人もの職人たちが慌ただしく働いていた。


 木材を運ぶ荷車。

 石材を積んだ馬車。

 怒鳴り声を上げる現場監督。


 そこには、まるで新しい街が生まれているかのような光景が広がっていた。


「レオさん、ここに一体何があるんですか? 街を作ってるみたいですが……」


 隣でハイドが呆然と呟く。

 まあ、そうなるよな。


「完全に出来上がるのは、もう三ヶ月くらい先らしいが…… お前にも見ておいてもらおうと思ってな」


「だから、何が出来上がるんですか?」


 本気で分かっていない顔だった。

 俺は笑いながら、建築中の広大な土地を指差した。


「そうか、まだちゃんと説明してなかったか」


 俺は建築中の広大な土地を見渡した。


「ハイド、お前の工房だ」


「…………」


 ハイドが固まった。

 視線がゆっくりと、俺の指差す先を追っていく。


 武器棟。

 防具棟。

 魔道具棟。

 研究棟。

 職人たちの宿舎。

 資材倉庫。

 商談用の会館。

 大型搬入口。

 そして、それらを繋ぐ広い道。


 その広さは、もはや工房ではない。

 本当に小さな街そのものだった。


「ええええええええええええええっ!?」


 盛大な悲鳴が青空に響いた。


「そ、そんな大事なこと、もっと早く言ってくださいよ!!」


「すまん。ハイドがずっと忙しそうだったから、言うタイミングが無かった」


「ありましたよ!? いくらでもありましたよ!?」


 うるさい。


 だが、その反応が見たかったので満足だ。


「ここなら平地で地盤もしっかりしてる。大量生産を前提にするなら、街中の小さな工房じゃ話にならないからな」


「工房や建物は十棟以上あるし、必要なら増築も可能だ。あとそれぞれの建物に役割を分けるつもりだ。武器、防具、魔道具、研究、加工、保管……全部だ」


「それに……」


 俺は川を指差した。


「工房街の中心に川を通す」


「え?」


「材料を運ぶにも、完成品を出すにも、水運の方が圧倒的に早い。荷車だけじゃ限界があるからな。船で直接搬入搬出できるようにする」


 ハイドは完全に言葉を失っていた。


「そこまで考えてたんですか」


「当たり前だろ」


 俺は前を見た。

 ここは未来を守る為の軍事施設だ。

 クロムニウムを扱う以上は小さくまとまる気はない。


「俺が基盤を作る」


「だからお前は、その上でクロムニウムをこの大陸中に広めてくれ」


「僕が…… クロムニウムを……」


 ハイドが小さく呟く。

 その目には、不安と覚悟が混ざっていた。


「この工房街が完成したら、忙しくなるぞ。今の比じゃない」


「覚悟しろよ」


 しばらく黙っていたハイドだったが、やがて小さく笑った。


「正直、規模が大きすぎてまだ実感がありません」


「でも、精一杯頑張ってみます」


「言質はとったぞ、絶対に逃がさないからな」


「はい。父さんを助けてくれた時から覚悟は出来ています」


「俺の専属鍛冶師はお前だ。今さら逃げようって思ってももう遅いからな」


「怖いこと言わないでくださいよ……」


 苦笑しながらも、ハイドの表情はどこか嬉しそうだった。


「流石に僕一人じゃ無理ですよ」


「そりゃそうだ。だから今のうちに若手を育てろ。あと、お前の右腕になる奴も必要だな」


「右腕…… ですか」


「ああ。お前を支える人材が必ず必要だ」


 クロムニウムの注文は、今も山のように届いている。

 若手に経験を積ませる場はいくらでもある。

 今やるべきは、未来を支える人材作りだ。


 その後、俺たちはガバルディ工房へ向かった。

 理由は簡単だ。

 この新しい工房街の一角に、ガバルディ工房にも入ってもらうつもりだからだ。


 扉を開けた瞬間。

 床に転がる死体があった。


「兄さん、何してるの?」


「どうしたじゃねぇぇぇぇ!!」


 ガルドが床から叫んだ。


「毎日毎日毎日! 大量の剣の注文を入れやがって! 俺が何日休んでないと思ってる!!」


「馬鹿者!!」


 背後から雷のような声が飛ぶ。


「お前の仕事が遅いのが原因じゃろうが!!」


 現れたのはガバルディだった。

 目を引く筋骨隆々の身体。

 病人だった頃の面影は完全に消え去っている。


 巨大なハンマーを肩に担ぎ、どう見ても現役最前線だ。


「父さん、最近の体調は?」


「絶好調じゃ!」


 豪快に笑う。


「エルフの薬を飲んでから病気一つせん! 三徹くらいなら余裕じゃ! 急ぎの仕事があればいくらでも持ってこい!」


 元気すぎる。

 むしろ前より強そうだ。


「実は相談があるんだ」


「ほう?」


 ハイドが事情を説明する。

 新しい工房街のこと。

 一緒に来てほしいこと。

 話を聞き終えたガバルディは、腕を組んだ。


「なるほど。工房を貸すから移動しろと言うわけか」


「近くにいてくれた方が、仕事も頼みやすいし……」


「よし、いいぞ」


 即答だった。


「一度その工房とやらを見せてみろ」


「父さん、ありがとう!」


「ほら行くぞガルド!」


「え?」


「お前は今日のノルマが終わるまで寝かせん」


「確か、ハイドにロングソード二十本を五日で作らせておったな?」


「お前も同じだけやれ」


「待って待って待って!!」


 首根っこを掴まれ、そのまま工房の奥へ引きずられていく。


「ハイドぉぉぉ!! 俺が悪かったぁぁぁ!! 助けてくれぇぇぇ!!」


 哀れな悲鳴が工房に響いた。


 後日。


 ガルドとガバルディは、建設中の工房街を見て本当に腰を抜かすことになる。


 ◇◇◇


 エリス商会の職員となったノルンは、死にかけていた。


「レオ商会長ぉぉぉ…… 私もう無理ですぅぅぅ……」


「ああ、大丈夫だ。人間っていうのは、すぐには死なないから。もう少し頑張れるぞ」


「励まし方が雑すぎません!?」


 今日も俺の足にしがみついて泣いている。

 今でも思う。

 こいつ、本当に商業ギルドの有望株だったのか?


 そんな疑問を抱かせるほど残念な女なのだが……


 仕事は、本当に優秀だった。

 それに人を見る目もある。


「商会長、この三人は駄目です」


「なんでだ?」


「笑顔は良いですが、目が笑ってません。絶対横領します」


「怖いな」


「こっちの人は優秀です。数字に強いですし、口も堅いです」


「なんで分かる?」


「靴が綺麗です」


「分からん」


 だが、実際に当たる。


 書類仕事は常人の倍以上。

 支店配置も完璧。

 人を見る目まである。


 ただ、性格だけが壊滅的に残念だった。


 俺はノルンを【残念エリート】と呼ぶことに決めた。


 今、各地にクロムニウム受注用のエリス商会の支店を作っている。

 これが完成すれば、エリス商会はブロンズ級から一気にゴールド級へ昇格する。


 数年以内にミスリル級。


 そう言われるほどの勢いだった。

 その採用面接を仕切っているのがノルンだ。


 理由は簡単。

 本人が本気でエリス商会を辞めた瞬間に消されると信じているからだ。

 入札の日のトラウマが、まだ消えていないみたいだった。


 昼寝中に「アストレア様が怖い……」


 と寝言を言うくらいには重症だった。

 だからノルンは、自分の盾になる人材を日々集めている。


 実に必死だ。


 そして、その結果として優秀な人材がどんどん集まっていた。

 他よりも給料を高く設定したので集まりやすかった。

 

 順調に有能な人材を確保し、周りを固めているノルンだが、何故かたまに壊れる時がある。 


「おい、こいつは本当に事務仕事できるのか?」


 俺が指をさした前にはマッチョが立っていた。

 俺に気付き、得意げにポーズをとり、筋肉をアピールしはじめる。

 

「商会長、何を言っているのですか!!」


「この人こそ私が求めていた人材、最高の肉壁なんです! ナイス二頭筋してますから」


「採用理由が最低すぎる」


「彼は私の側近としてアストレア様に遭遇した時、私の前に立ってもらいます」


「本人の意思は!?」


 ったく、この残念エリートは物理的な壁を雇って何をする気なんだ。

 

 ここまで順調に事が運ぶとは思っていなかったが、無事当初の目的の資金は手に入れた。

 工房街も作っているので、資金が枯渇する事はないだろう。

 そして新しい仲間も増えた。

 各方面で勇者様の助けになると俺は思っている。

 しかしそれでも足りない。


 今から二年後、魔王軍との戦争が始まり勇者様たちが日の目を見る事になる。

 この国にとって辛く苦しい戦いの始まりだ。

 だが、敵は魔王軍だけではない。

 仲間同士での権力争い。

 貴族たちは保身や利権の確保に走る。

 価値のない命を駒として使う政治が加速していく。


 俺は未来を知っている。

 あの戦争が、どれだけ多くの人間を踏み潰したのかを。

 だからこそ、まだこの程度で満足する訳には訳にはいかない。

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