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第30話 勝者と敗者と被害者と……

 長い一日が、ようやく終わりを迎えた。

 劇場の灯りは順番に落とされ、先ほどまで怒号と歓声で満ちていた客席にも、静かな余韻だけが残っている。


 この一日で、人生を大きく変えた者たちがいた。

 それを分けるなら、まずは勝者だろう。

 

 その筆頭は間違いなく俺だ。

 一日にして金貨数十万枚を手に入れた。

 前回の旅で高貴族や王族とも交流があったが、これ程の資金を持っている人物を俺はしらない。。


 クロムニウムという未来の覇権を握る金属が全てを変えた。

 その利権を使い、俺は一気に資金基盤を手に入れた。

 これで勇者様との旅が始まったとしても、もう資金不足に悩むことはないだろう。

 

 次に勝者として挙げるべきは、最高入札者となったグレン商会だ。

 クロムニウムの優先購入権。

 それを最も多く手にするのは、グレン商会になる。

 金貨十万枚という狂気じみた金額を即断できる時点で、あの副頭取ヴァルトの格は別物だった。


 あの人はこの先の未来が見えているんだろう。

 十年後。

 クロムニウムが武器となり、防具となり、国家を動かす資源になる未来を。

 だからこそ、あの金額を書けたのではないのか。

 あれは無謀な賭けではない。

 未来への投資だ。


 そして同じく、バルディア商会とアストレア商会も勝者に分類できる。

 

 バルディア商会はミスリル級商会だが、今回の決断で一気に頭角を現した。

 金貨六万五千枚。

 あれは覚悟の額だ。

 あの会長ゼルハルトなら、この先オリハルコン級まで駆け上がる可能性が高い。

 

 そしてアストレア商会。

 あの女狐は相変わらず性格が終わっていたが、その分だけ商人としては強い。

 敵に回したくない女だと感じた。

 いや本気で。

 できれば一生、正面から戦いたくない。

 

 次に人生を大きく変えた敗者たち。

 一番の敗者は、クロムニウム事業に参加する権利を失ったグランド商会だろう。

 最低入札者となり、完全に蚊帳の外へ弾き出された。

 あの副会長が机に突っ伏した姿は、少し気の毒ですらあった。

 だけど商売に情けはない。


 ライダース商会の口車に乗った時点で、泥船で船旅をするようなものだ。

 その事に気付かない時点で、負けるべくして負けたのだ。

 この先、勢いを増すバルディア商会に追い抜かれるのは、きっとグランド商会になる筈だ。

 

 そして次の敗者はライダース商会、そして副頭取スモークだ。

 小さな欲から余計な悪知恵を回し、談合を仕掛け、多くの商会を巻き込んだ。

 結果として、その全てが自分に返ってきた。

 自業自得というやつだ。

 今頃、囲まれた商会連中から責任を追及されているだろう。

 しばらく胃薬が手放せない生活になるに違いない。

 利権が大き過ぎるだけに少しだけ同情する。

 

 そして敗者では無く、明確な被害者が一人だけ存在していた。

 そいつは今も俺の足にしがみついて、盛大に泣き喚いている。


「貴方のせいで私の人生終わりましたよぉぉぉ!!」


「絶対もう職場でヒソヒソされます!! あの子がアストレア様に喧嘩売った子よって!!」


「一体、どう責任を取ってくれるのですか!!」


「次に出社したら辺境送りです!! 雪しかない町で一生帳簿を付けるんですぅぅぅ!!」


「私の玉の輿計画が!! 商業ギルドに出入りするイケメンでお金持ちの素敵な男性と結婚する予定だったのにぃぃぃ!!」


 床に突っ伏しながら叫ぶその姿は、もはや悲劇のヒロインではなく完全に駄々っ子だった。

 これが本当に商業ギルドの有望株なのか?

 真面目で優秀と評判だったミレイア・ノルン。

 その姿がこれである。


「言っておくが、お前を俺に紹介した上司が一番悪いんだからな」


「ぐぬぬぬぬ……!! あの上司ぃぃぃ!!」


 拳を握りしめて天を睨む。

 いや、だからここ劇場だから天井しかない。

 本当に面白い子だ。

 とはいえ、ここまで泣かれるとさすがに少し申し訳なくなってくる。

 いや、本当に少しだけだが。


「……はぁ。仕方ない」


 俺は頭を掻きながら言った。


「なら、俺の店で働くか?」


「……へ?」


 ぴたり、と泣き声が止まる。


 涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、ノルンがこちらを見上げた。


「知ってると思うが、今日一日でエリス商会の資金はかなり潤沢になった」


「流石に可哀想だからな。今もらってる給料よりも色を付けて雇ってやるぞ」


「…………本当ですか?」


「あぁ」

 

 俺は肩をすくめる。


「それに、これからエリス商会は十大商会とも本格的に取引していく」


「ノルンがエリス商会にいる間は、十大商会たちもそう無茶はしないだろう」


「アストレア商会長にいじめられたり、辺境に左遷されたり、見知らぬ冒険者に首を絞められる心配は減ると思うぞ」


「それ大事です!!」

 

 食いつきがすごい。

 よほど怖かったらしい。

 まあ、確かにあれは怖いかもな。

 俺でも引いたくらいだ。


「どうする?」


 少しだけ間を置いて。

 ノルンは袖で涙を拭き、姿勢を正した。

 さっきまで床にしがみついていた人間とは思えないほど、真面目な顔だった。


「はい」


「商会長。明日から、よろしくお願いします」

 

 深々と頭を下げる。

 その姿に、俺も少しだけ表情を緩めた。


「多少こき使うかもしれないが、給料は弾むから頑張ってくれよ」


「えっ……!?」


 ノルンの顔が引きつる。


「こき使うって…… もしかして今日みたいな事が、これからも続くんですか?」


 さっきまでの食いつきが嘘のように止まり、一歩後退しはじめる。


「それは知らなかったなぁ…… う~ん、どうしようかな」


「今さら悩んでも、もう遅いだろ! お前に選択肢はないと思うぞ」


「だって今日、命の危機を五回は感じましたもん!!」


「慣れだ。慣れたら大丈夫になる」


「絶対慣れたくないです!!」


 そんなやり取りをしながら、俺たちは劇場を後にした。

 こうして。

 商業ギルドの有望株、ミレイア・ノルンのエリス商会就職が決まった。

 たぶん本人の意思とは、少し違う形で。

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