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第28話 三商会の思惑

 残るは三商会。

 裏で何かを画策しているライダース商会、切れ者のバルディア商会。

 そして大本命、グレン商会。


 客席の空気が、再び張り詰める。


 ここから先は、もう小細工ではない。

 純粋な資金力と覚悟の勝負だ。


 俺は木箱に手を入れたふりをして、静かに次の順番を選ぶ。


(まずはバルディア商会だ)


 ずっと目で追っていたが、この人はこの場でもっとも冷静だった。

 金の匂いだけで飛びつく男ではない。

 だからこそ、どこまで踏み込むか興味があった。


「次は、バルディア商会様。よろしくお願いします」


 会長ゼルハルトは静かに立ち上がる。

 隣にいた息子のハーケンが、わずかに息を呑んだのが見えた。


 ゼルハルトは一切の無駄なく舞台へ上がり、椅子へ腰を下ろす。

 そして仮契約書を手に取ると、迷いなく金額を書き込んだ。


 その手が止まることはなかった。


(速いな)


 悩んだ様子がまるでない。

 最初から答えを決めていたということだ。


 ノルンが受け取った契約書を、俺は横目で確認する。

 その数字を見た瞬間、思わず目を見開いた。


(金貨六万五千枚……!)


 予想を遥かに超えていた。


 ミスリル級商会とはいえ、この金額は尋常じゃない。

 ほとんど商会の未来を賭けている。


(本気だな……)


 ゼルハルトは何も言わず席へ戻る。

 その背中に、迷いは一切なかった。


 次に俺が選んだのは当然、ライダース商会。


 今この場で最も焦っている男だ。


「続きまして、ライダース商会様」


 名前を呼ばれた瞬間、スモーク副頭取の表情がわずかに歪んだ。

 苛立ちを隠そうともせず、椅子を鳴らして立ち上がる。

 そのまま舞台へ上がる途中、彼の視線がノルンへ突き刺さった。


 完全に殺気だった目だった。


「ひっ」


 ノルンの肩が跳ねる。


「まだ何も言っていないのに、なんで私を睨むんですかぁぁぁ……!」


 涙目で小さく抗議する。

 だがスモークは無視。


 ドカッ、と乱暴に椅子へ座ると、

 仮契約書を引き寄せ、殴り書きのような勢いで金額を記入した。


 ペン先が紙を傷つけそうなほどだった。


(相当イラついてるな)


 まあ当然だ。


 せっかく組み上げた談合の流れを、

 アストレアの暴露と俺の順番操作で完全に壊された。

 しかも味方だと思っていた連中まで揺らいでいる。


 今頃、腹の中では火山でも噴いているだろう。

 ノルンが恐る恐る契約書を受け取る。


 俺は金額を確認した。


(金貨五万五千枚……)


 確かに多い金額だった。

 しかし決定打には届かない。

 強気ではあるが、勝ち切るには足りない。

 クロムニウムの未来が見えずに覚悟が足りていない証拠だろう。

 その不確定な不安がそのまま数字に現れている。


 スモークは席へ戻るなり、

 周囲の商会たちから一斉に詰め寄られていた。


「本当に大丈夫なんだろうな? 共同出資という事を忘れないでくれよ。もし負けたら我々が貸した金は返して貰うからな」


「負けた場合は必ず責任を取ってもらうぞ!」


 仲間に詰め寄られていたスモークの顔は既に血の気が引いている。

 どうやらライダース商会は数社と共同出資で勝負を賭けてきたみたいだが、見込みが甘すぎる。


(自業自得だな)


 さて最後だ。

 

 客席全体が自然と静まり返る。

 誰もが理解している。

 この最後の一枚が、今日の勝者を決める。


「最後にグレン商会様」


 ゆっくりと、ヴァルト副頭取が立ち上がった。

 年老いた獣のような男。

 静かだが、その存在感だけで空気が変わる。


 舞台へ上がった彼は、

 椅子に座る前に、俺へ視線を向けた。


「今回は、我々全員が上手く踊らされたようだな」


 低い声だった。


「恐縮です」


 俺が苦笑すると、ヴァルトは鼻で笑った。


「いや、褒めているんだよ」


 一拍置く。


「今から書く金額は私の誠意だ」


「今後とも、良い付き合いを頼むよ」


 その言葉の重みを、俺は理解していた。

 これはただの挨拶じゃない。


 その言葉の意味を俺は十分に理解していた。


 これはただの挨拶じゃない。

 軽い言葉で済む話でもない。


「こちらこそ、お手柔らかにお願いします」


 俺が頭を下げると、

 ヴァルトは小さく頷き、契約書へ金額を書き込んだ。


 その筆は、迷いなく真っ直ぐだった。

 ノルンが震える手で、その契約書を受け取る。


 隣からでも分かるほど、彼女の指先は小刻みに震えていた。


「だ、大丈夫か?」


「大丈夫に見えますか?」


 涙目で返された。

 うん、全然大丈夫じゃない。

 だが、ここまで来たら最後まで付き合ってもらうしかない。


 ノルンは恨みがましい視線を俺に向けながら、恐る恐る契約書を開いた。


 そして……


「っ!?」


 一瞬、呼吸が止まる。

 目を見開いたまま固まった。

 その反応だけで、客席の空気が変わる。


(やっぱりか)


 俺は内心で小さく息を吐く。

 ヴァルト副頭取。

 あの男が中途半端な金額を書くはずがない。


 ノルンがこちらを見る。

 助けを求めるような目だ。

 だが俺は、にっこり笑って頷いた。


 読め。


 その無言の圧を受け、ノルンは今にも泣きそうな顔になった。


「そ、それでは……」


 ごくり、と喉が鳴る。


「入札結果を発表いたします」


 劇場全体が静まり返った。

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