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第27話 波乱の入札舞台

 一時間後、客席には十大商人たちが戻ってきていた。


 彼らが一度外に出ている間に、大旦那様役のマルコを移動させたり、ステージ上に入札台を用意したりと、こちらもそれなりに忙しかった。


 そして今、ステージの上には、俺と商業ギルド職員のミレイア・ノルンが立っている。


 彼女は商業ギルドへ入札立会人の依頼をした際、ちょうど良い経験になると上司から名指しで送り込まれてきたギルド職員だ。


 肩まで伸びた金髪に、白い肌。

 大きな瞳が印象的で、可愛らしい部類に入るだろう。

 商業ギルドの女性制服もよく似合っている。


 就職して三年目。

 まだ初々しさが残っているが、ギルド職員曰く、真面目で優秀と太鼓判を押された人材であった。


 そこまで言われたのなら、しっかり頑張ってもらうしかない。


 もっとも。

 現在、ノルンは俺の隣でガチガチに震えていた。


「聞いてませんよぉぉぉ!! 何なんですかこのメンバーは!! 全員雲の上の人物ばかりじゃないですかぁぁぁ!!」


 入札参加者の一覧を見て、涙目で叫ぶ。


 そういえば、俺は入札の立会をお願いしたい。

 くらいしか伝えていなかった気がする。


「お母さん…… ミレイアは今日、きっと消されてしまいます…… さようなら」


 涙を浮かべながら、遠くの空を見つめる。

 ここは劇場なので、空は見えない。


 さて。

 全員揃っていることだし、そろそろ始めよう。


「定刻になりました。それでは、ただ今より入札を開始します」


 客席の空気が静まる。


「最初にギルド職員のノルン氏から、入札における注意事項を説明してもらいます。ノルン氏、どうぞ」


「はっ、はい!! わ、私は商業ギルド職員の、ミレイア・のっ、ノルンと申しますっ!!」


 盛大に舌を噛みながら、ノルンは手順書を広げた。

 普段なら歯牙にもかけてもらえないような大商会の重鎮たち。

 その全員の視線を一身に浴びているのだ。


 今にもその場にへたり込みそうになっていた。


 それでも震える足で立っている。

 商業ギルド職員としてのプライドなのだろう。

 震える声で、何とか最後まで説明を終わらせた。


「以上ですっ!」


 小さな拍手すら起きない。

 だが、それでいい。

 この場では、それが普通だ。


「説明も終わりましたので、早速入札に入ります」


「私が今からくじを引きますので、呼ばれた商会の代表者様から順に入札してください」


 俺は名前を書いた紙を木箱へ入れる。

 そして、その箱の中で【収納】を発動した。

 手の中に握っていたくじは、腰に付けた小袋の中へ収納される。

 一度手を抜き、箱を振ってよく混ぜるふりをする。


 そして再び手を入れ、【取出】を使って目当ての商会のくじを手の中へ戻した。


 この方法なら、入札順は好きに操作できる。

 最初に舞台へ上げるべき相手は、決まっていた。


「最初に入札する方はアストレア商会様です」


 ざわり、と空気が揺れた。

 取り出したくじを全員に見せ、ステージへ促す。


 アストレアはすでに仮契約書を手にしていた。

 妖艶な笑みを浮かべたまま椅子に座り、何の迷いもなくそれをノルンへ突き出す。


 金額が書かれた契約書を怯えながら受け取るノルン。

 その腰あたりを、俺は軽くツンツンと突いた。


 言えと合図を送る

 アストレアが契約書を二枚持っていることを俺は事前に伝えていた。


 ノルンは涙目でこちらを見る。


 嫌です。

 わたし死にたくありません。


 そう言いたげな顔だった。

 必死に首を横に振って抵抗しようとしている。


 だが俺も首を横に振る。


「私じゃなきゃ駄目ですか!?」


「駄目です」


「もし怒らせたら、今ここで私の商業人生が終わっちゃいますよ!!」


「それが仕事です」


 絶望した。


 本当に絶望した顔だった。


 だが職員である以上、逃げられない。

 ノルンはぷるぷる震えながら、アストレアへ向き直った。


「あ、あのぉ…… アストレア様……」


「何よ?」


 鋭い視線が飛ぶ。


「何か文句でもあるの? 金額ならちゃんと書いてあるでしょう?」


「ひぃっ!」


 小さな悲鳴を上げながら、それでもノルンは続けた。


「アストレア様は、入札書を二枚お持ちだと聞いております……」


「入札時には、残りの一枚も回収する決まりですので…… ご返却を……」


 バッ!!!!


 アストレアが勢いよく立ち上がった。

 今にも首を絞めかねない迫力だ。


「ひぃぃぃっ ほらっここにっ! ここに書いています!! わたし悪くないです!!」


 本に記載された場所に指をさしながら、わたしのせいじゃない。

 悪くないと必死に、本当に必死にアピールしていた。

 ノルンと同時に、客席側も大きくざわめく。


「あの女狐が!」


「最初から我々を騙すつもりだったんだな!」


 怒号が飛ぶ。

 実際、俺は入札金額を見た。

 あれは本気で利権を取りにいく金額だ。


 この反応を見る限り、相当うまくブラフを張っていたのだろう。

 俺の視線に気づいたアストレアは、苛立ちを隠そうともせず、ゆっくりと懐へ手を入れた。


 そして二枚目の仮契約書を取り出した。

 客席から、今度は怒号に近いざわめきが起こる。


「ただではおかんぞ、覚悟しろ!」


「我々を騙した罪は重いぞ!」


「ふざけるな!!」


 アストレアは、まるで子供の悪戯が見つかった程度の顔で肩をすくめる。


「商人の言葉を真に受けるなんて、随分と可愛らしい方が多いのね」


 そう言って、二枚目の契約書を睨みつけながらノルンへと突き出した。


 可哀想なことにノルンの顔は、はっきりと覚えられている。


 睨まれたノルンの顔は完全に死んでいた。

 きっと本人の中では、商業ギルドでの平穏な人生が今終わったのだろう。

 ノルンはもはやダウン寸前だった。


 ノルンには申し訳ないが、これはいい流れでもある。


 入札書を二枚手に入れた時点で、俺はアストレアが二枚舌を使うと確信していた。

 だから最初に舞台へ上げ、全てを白日の下に晒した。


 これで残る者たちの計画は大きく崩れるだろう。

 この後、この場は相当荒れるに違いない。


 アストレアは怒気を纏ったまま、一番遠い席へ戻る。

 ドスン、とわざとらしい音を立てて腰を下ろした。

 何本もの視線が刺さっているが、まるで気にしていない。


 あれほど図太くなければ、大商会の会長など務まらないのだろう。


 俺は別の席へ視線を移した。


 一番ざわついているのは、ライダース商会とその周辺だ。

 ほとんど間を空けずに座っている。

 関係性は一目瞭然だった。


(あいつら、組んでやがるな)


 ならば考えをまとめる前にさらに崩す。

 その方が早い。

 俺は今まさに必死で相談している二人組の片方を狙った。


「次はミストラル商会様。よろしくお願いします」


「えっ、はい!?」


 椅子から飛び上がる。

 どうやら自分が呼ばれるとは思っていなかったらしい。

 立ち上がると、小声でライダース商会のスモーク副頭取に何かを告げた。


 聞き間違いでなければ……


「前提が崩れた以上、あの話は無かったことにさせてもらう」


 そう言った。


 ……なるほど。


 ライダース商会、かなりまずい立場になっているな。

 ミストラル商会の代表は、汗だくのままステージへ上がった。


 椅子に座ってもなお、ペンを持つ手が震えている。

 しばらく悩み。

 ようやく決意したように金額を書き込んだ。


 席へ戻る時には、ライダース商会から明確に距離を取っていた。

 その後、一切目を合わせようとしない。


(仲違いしたな)


 なら今が最大の好機だ。

 話しをまとめる時間など、与えるつもりはない。

 俺はライダース商会の周囲にいる商会を、次々と順番に狙い撃ちしていった。

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