第26話 十大商会たちの会合
一番最初に劇場を出たスモークが、ロビーで他の商会を待っていた。
「皆様、少々よろしいでしょうか」
その一声だけで、全員の足が止まる。
「このすぐ近くに、我がライダース商会の系列店があります。せっかくですし、一杯お茶でもいかがです?」
言葉は柔らかい。
だがその意味を理解できない者は、ここにはいない。
全員で一度話をしよう。
つまり、そういうことだ。
誰も断らなかった。
護衛に先導され、一行は劇場から数件先にある高級茶館へと移動する。
通されたのは、円卓が置かれた奥の個室だった。
各商会の代表と補佐役のみが着席し、護衛たちは扉の外で待機となる。
完全な密談の場。
専属のメイドが静かに茶を注いで回る。
「先日取り寄せた一級品の茶葉です」
スモークが微笑む。
「この店の看板商品にしようと思っていまして。ぜひ皆様の感想を……」
「茶葉の感想などどうでもいい」
吐き捨てるように言ったのは、グレン商会の副会長ヴァルトだった。
「時間もない。早く本題に入れ」
他の者たちも無言で同意する。
スモークは肩をすくめ、小さく笑った。
「ええ、仰る通りですね」
探り合いだけで時間を浪費するのは愚かだ。
それは全員同じ考えだった。
スモークはカップを置き、円卓をゆっくり見渡した。
「では率直に申し上げます」
一拍。
「今回の入札、全員が金貨一万枚以上を入れるのは、馬鹿です」
空気が一瞬で冷えた。
クローディア商会の副会長セリングが、鋭い目を向ける。
「ほう。馬鹿とは、我々に対して随分と攻撃的ですね」
「そこまで言うなら、貴方が入札しなければよろしいのでは?」
怒気を含んだ声だった。
だがスモークは微笑みを崩さない。
「失礼。言葉が悪かったようです」
「ですが、誤解しないでいただきたい。私は皆様の利益のために言っているのです」
ゆっくりと指を組む。
「どうでしょう」
「クロムニウムを取り扱う代表を、一つに絞りませんか?」
沈黙が落ちた。
誰もすぐには口を開かない。
だからこそ、皆が真剣に考えていることが分かる。
「どういう意味だ?」
ゴーダイ商会の副頭取ゴイックが真意を問う。
「我々といえど、金貨一万枚は大金です。副頭取の私でさえ、簡単に決裁できる額ではありません」
全員が小さく頷く。
「ならばこうするのです」
「我々の中で代表を一人決め、その者が金貨一万枚で入札する。他の者は辞退する」
流れるように言葉を続ける。
「そうすれば最高額も最低額も同じ商店となります。流石にその場合は契約しないとは言わないでしょう」
「代表者が支払う金貨、一万枚はこの場にいる全員が千枚ずつ出し合う」
「そしてクロムニウム事業は、共同で運営するのです。こうすればたった金貨千枚でクロムニウム事業に係わる事ができます。」
理屈としては賢いやり方だった。
「それを信じろって言ってるのかい?」
苦言を呈したのは、アストレア商会の会長アストレアだった。
代々一族経営を続ける女狐。
この大陸で、その名を知らぬ商人はいない。
「ここに集まっている者で、あんたの戯れ言を本気で信じてる奴なんて一人もいないよ」
スモークは即座に返す。
「だからこそ、この場で全員に提案しているのです」
「誰かが裏切れば、ここにいる全員が敵に回る」
「それほど重い約束になる」
正論だった。
だからこそ、胡散臭い。
「では代表商会が、全ての発注権を握るわけか」
ゴイックが眉をひそめる。
「他の商会は、その顔色を窺って商売をしろと?」
「いえ」
スモークは首を振る。
「各商会から職員を出向という形で代表商会に入れるのです」
「クロムニウム関連事業の発注権も持たせる」
「完全な独占にはしません」
確かに、筋は通っている。
真剣に考え込む者も現れた。
損をしない方法があるなら、人はそちらに傾く。
しばしの沈黙。
そしてスモークは、勝ちを確信した。
「代表者については、私が決めるべきではありません」
「この場で最も信用される商会が担うべきでしょう」
「私は…… 皆様が選んだ者に従います」
善人の仮面。
その場にいる全員が理解していた。
お前は自分が選ばれるつもりだろう。
その時だった。
「悪いが、私は降りない」
グレン商会の副頭取ヴァルトが即答した。
「クロムニウムの利権は大きすぎる」
「辞退して、権利そのものを手放すなどあり得ん」
全員の視線が集まる。
「金額が一番低い商会は権利を得られない」
「一人でも降りれば、この話は最初から成立しない」
誰もが思っていたことだった。
誰もが欲しい。
だからこそ、まとまらない。
スモークの眉が僅かに動く。
その時、アストレアが静かに手を上げた。
「さっきの提案はグラン商会が降りた時点でご破算ね。残された未知は全員での叩き合い」
アストレアは妖艶な笑みを浮かべる。
「全員クロムニウムの購入権利だけは確保したいでしょ? なら私が最低入札者になってあげるわ」
全員が彼女を見る。
「……何?」
バルディア商会の会長が目を細めた。
アストレアは優雅に脚を組み、微笑む。
「私の主力商品は宝石、香料、贅沢品」
「クロムニウムの利権は確かに惜しい。でも長年付き合いのある皆様が血眼になって争うのも、美しくないでしょう?」
「この場では、私が引くのが一番綺麗だと思っただけよ」
誰も信じていない。
当然だ。
この女が、そんな殊勝な理由で退くはずがない。
疑惑の視線を一身に受けながら、アストレアは涼しい顔で笑った。
「信用していないご様子ね」
「なら、こうしましょう」
彼女は懐から仮契約書を取り出した。
さらさらと、迷いなく書き記す。
金貨一万枚。
全員がその金額を見つめた。
「はい、金貨一万枚。私は最低額を書きましたよ」
「後の判断は、皆様にお任せします」
立ち上がる。
「私はこれで失礼するわ」
そのまま、颯爽と部屋を出ていった。
残された者たちの空気が、明確に変わる。
しばしの沈黙。
「そこまで言うなら」
最初に口を開いたのは、ゴーダイ商会の副頭取ゴイックだった。
腕を組み、低く唸るように言う。
「確かに、全員で潰し合うよりはまだ建設的かもしれん」
「少なくとも、無駄に金貨を積み上げて消耗するよりはな」
その言葉に、数人の視線が動いた。
「私も、条件次第では乗ってもいい」
クローディア商会のセリングが、静かに口を開く。
「代表商会の権限を明確に縛るなら、十分交渉の余地はある」
他の商会も互いに視線を交わす。
完全な否定ではない。
空気が、確かに揺れた。
スモークはその変化を見逃さなかった。
(いける!)
口元が、僅かに緩む。
まだ終わっていない。
むしろここからだ。
スモークは即座に口を開く。
「おお、アストレア商会は英断されました」
「ならば全員、金貨一万十枚ほどで統一し……」
喉まで出かかった、その時。
「悪いが、私も失礼する」
グレン商会副頭取ヴァルトだった。
「私は降りない。だが、ここで答えを出す気もない」
「他人の腹を探るより、自分の計算をした方が早い」
椅子を引く。
「それに…… 女狐が素直に降りていると思うほど、私はもうろくしとらんよ」
振り返りもせず言った。
そのまま退室。
沈黙が場に満ちる。
スモークが手に仕掛けていた流れは完全に崩れた。
(くそ……!)
スモークは表情だけは崩さず、内心で歯噛みする。
まだ一番良い形は潰れた。
せめて次善策を、そう思った矢先だった。
筋書きが、音を立てて崩れていく。
「ここまで拗れてしまった以上、この話は難しそうですね」
バルディア商会のゼルハルト会長は椅子から立ち上がる。
「申し訳ございませんが、私達も失礼させて頂きます。ハーケン行くぞ」
「はい、父上」
バルディア商会の親子も退席した。
他の商会も席を立とうとした時、スモークがある提案をする。
「皆さん、お待ちください。こうなったら仕方ありません」
スモーク副頭取が最後の賭けにでる。
「我々だけで組んでクロムニウムの利権を掌握してしまいましょう。一人で勝てると思っている者から、順番に潰される商売とはそういうものです。今回の提案に乗らなかった事を後悔させてやりましょう」
スモークは自分の最終案を語り始めた。




