第25話 商人同士の戦いへ
俺が一度退席を促した、その時だった。
「入札について、幾つか質問してもよろしいかな?」
静かに手を挙げたのは、バルディア商会のバルディア会長だった。
やはり来たか。
この場にいる連中が、曖昧な条件のまま金貨一万枚以上を動かすはずがない。
「構いません。どうぞ」
俺が頷くと、バルディア会長は椅子に座ったまま口を開いた。
「まず最初に、入札の方法を教えて下さい」
「休憩後に説明しようと思っていましたが、質問がでましたので、今ここでご説明いたします」
俺は舞台中央へ歩き、設置してある長机を軽く叩いた。
「入札は、このステージ上で執り行います」
「私が名前を呼んだ商会の代表者様に前へ出ていただき、その場でこの仮契約書に希望金額を記入していただきます」
手にした書類を掲げる。
「なお公平性を保つため、商業ギルドの職員を立会人としてお呼びしております」
「手続きは、基本的に商業ギルドの正式な入札方式に則って進めます」
客席の空気が少しだけ和らいだ。
ギルドが絡むなら、露骨な不正はしにくい。
そう考えたのだろう。
「では入札の順番はどうやって決めるのですか?」
「はい。公平性を期すため、このようなくじを用意しました」
俺は箱を持ち上げて見せる。
「各商会様の名前を書いた紙を、この中に入れてあります。私が一枚ずつ取り出し、呼ばれた順番で入札をお願いします」
ざわめきはない。
全員が静かに条件を飲み込んでいる。
バルディア会長はさらに続けた。
「もし一時間後、ここに戻ってこない者がいた場合は?」
「来なかった者が最低入札と同じ扱いとなり、残った者が金貨一万枚以上を入札していれば、その全員が契約できるのか?」
そこか。
当然、そこを聞く。
だが認める訳にはいかない。
もしこれを認めれば、商会同士で血生臭い事が起こりかねない。
彼等は今護衛という戦力を側に控えさせているのだから。
「来なかった場合は辞退とみなします」
「そして、残った商会で改めて入札を行います」
一呼吸置く。
「その場合でも、最も提示金額が少ない商会とは契約いたしません」
客席の空気がわずかに張った。
「では一商会減った状態から、さらにもう一商会を切ることになる」
「それではエリス商会に入る購入権利金は減るのではないか?」
「それでも構わないのか?」
鋭い。
だが、そこは最初から決めている。
「構いません」
俺は即答した。
「エリス商会は、このクロムニウムという素材に全てを賭けています」
「だからこそ、談合や不誠実な行動で、この入札を軽く見てほしくないのです」
静かに、だがはっきりと言い切る。
「目先の金よりも、信頼できる取引相手を選びたい」
「そういう判断です」
数人の表情が変わった。
金ではなく、覚悟を見せたことで、逆に重みが増した。
「なるほど」
バルディア会長は小さく頷いた。
「では次に、最低金額が同額だった場合は?」
「逆に最高金額が同額だった場合も教えていただきたい」
なるほど。
本当に頭が切れる。
説明不足の箇所を的確に突いてくる。
「最低金額の者が複数発生した場合、ギルドの入札規則に従い、その方々のみで再入札を行います」
「最高金額が同額だった場合も同様です」
「差が出るまで再入札とさせていただきます」
「なるほど」
バルディア会長は満足げに頷いた。
「最後に、提示した金額の支払い期限は?」
「三ヶ月以内とします」
「仮契約成立後、その契約書を担保に商業ギルドから資金融通を受けることも可能です」
「ですので、即日現金をご用意いただく必要はありません」
これで大半の懸念は潰れたはずだ。
「よく分かりました」
バルディア会長はそう言って座り直した。
俺は客席を見渡す。
「こちらこそ、説明不足を痛感しております」
「他の方も質問があれば、今のうちにお受けしますが、いかがでしょうか?」
誰も口を開かない。
それが答えだった。
「では入札の準備に取りかかります」
「出入口にて、我が商会の職員が仮契約書をお渡しします」
「そちらに希望金額をご記入ください」
「契約後の約款も記載しておりますので、必ずご確認をお願いします」
それ以上、異論は出なかった。
俺は改めて、休憩のための退席を促す。
◇◇◇
最初に立ち上がったのは、やはりライダース商会だった。
副頭取スモーク。
椅子を静かに引き、何事もなかったかのように上着の裾を整える。
そのまま、誰よりも早く出口へ向かって歩き出した。
出入口で劇団員が仮契約書を手渡す。
スモークは一瞥しただけで受け取り、そのまま足を止めない。
その背中を見て、他の商会の代表たちも次々と腰を上げた。
誰もが理解していた。
休憩とは名ばかりだ。
ここからが、本当の勝負。
また別の戦いが始まる。
商人たちの戦場は今、まさに幕を開けた。
最後に客席を出たのはアストレア商会だった。
会長のアストレアは仮契約書を受け取ると、そのまま出口へ向かった。
しかし途中でふいに足を止めた。
そして、くるりと踵を返す。
何やら劇団員に声をかけている。
団員が慌てた様子で対応し、何かを手渡した。
アストレアは満足そうに微笑むと、まるで散歩帰りのような軽い足取りで去っていった。
俺はその団員に歩み寄る。
「今のは?」
「あ、レオ様」
団員は少し困ったように頭を掻いた。
「書き損じがあるかもしれないから、もう一枚欲しいと言われまして」
「事前にそういう場合は素直に渡していいと言われていたので…… 渡しましたが、不味かったでしょうか?」
……やはり早い。
こういう動きはあると思っていたが、予想以上だ。
さすがは女狐。
俺は小さく息を吐き、首を振った。
「いいえ。問題ないですね」
むしろ、その反応を待っていた。
もう全員が動き出している。
ならば、こちらも舞台を整えるだけだ。
「入札の準備を進めてください」
「はい!」
団員が駆けていく。
俺は静かになった客席を見渡した。
一時間後。
この場所で、十の大商会が互いの喉元に噛みつく筈だ。
談合も、裏切りも、抜け駆けも。
全て想定内だ。
俺はただ、その中心で利益を拾う。
俺は静かに笑い、舞台裏へと足を向けた。




