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第24話 援護射撃

 会場を満たすざわめきが、一向に収まらない。

 最も多く投資した商会には、五年後、クロムニウムの生産方法と加工技術、その全てを開示する。

 その逆に一番少ない者は時代から取り残される。


 その一言が持つ意味を、ここにいる全員が理解していた。

 これは単なる商談ではない。

 未来の覇権を奪い合う戦争だ。


 誰もが互いの腹を探り、次の一手を計算している。

 俺はその空気を静かに味わいながら、ざわめきが収まるのを待っていた。


 その時だった。

 舞台袖から劇団員の一人が足早に近づき、小声で耳打ちする。


「レオ様、例の方々が到着されました」


 思わず口元が緩む。


(驚いた。本当に来てくれたのか……)


 俺が最後に打った保険。

 運任せではあったが、当たれば大きいとにらんでいた。

 それが今、最高の形で返ってきた。


「予定通り、私の合図でこの場へ通してくれ」


「承知しました」


 団員が静かに下がる。

 しばらくして、会場のざわめきがようやく落ち着いた。

 全員の視線が再び俺へと戻る。


 ここだ。


 俺は小さく頷き、入口へ向かって合図を送った。

 重厚な来客用の扉が、左右同時にゆっくりと開かれる。

 現れたのは、左右それぞれ五人ずつ。


 合計十名。


 ただの護衛ではない。

 その場にいた全員が、一瞬で空気の違いを察した。


 纏う圧、歩き方、傷の数。


 命のやり取りを潜り抜けてきた者だけが持つ、あの独特の威圧感。

 客席の空気が変わる。


「まさか」


 最初に声を漏らしたのは、グランベル商会の副頭取だった。

 普段は余裕を崩さない男の顔が、明確に引きつっている。


「おい…… あれは……」


 隣の商人が息を呑む。


「S級冒険者パーティー…… ダイダロスと、ネプチューンじゃないか……!?」


 再び、ざわめきが一気に広がった。

 この大陸に三組しか存在しない、S級冒険者パーティー。

 北の山脈にいたS級認定魔獣グリズリーロックを討伐した【ダイダロス】。

 西の海を荒らし回っていたS級認定魔獣クラーケンを討伐した【ネプチューン】。


 つい最近、大陸中を騒がせた英雄たちだ。


 そんな連中が、なぜここにいる。

 当然の反応だった。


 そのうちの一人、大剣を背負った男が、ライダース商会の副頭取に気付いて豪快に笑った。


「おっ、副頭取じゃねぇか! あんた、こんな所で何してんだ?」


 ライダース商会の副頭取が、珍しく目を丸くしていた。


「そ、それはこちらの台詞だ。ジャイロ君たちこそ、なぜここに?」


「いやなに、討伐成功の暁には、追加装備について相談にのるって手紙を貰ってな」


 男は肩をすくめる。


「せっかく北から戻ったんだ。面白そうだから来てやった」


 その言葉に、客席の視線が一斉に俺へ向く。

 もう片方の扉から入ってきた一団にも、同じように声が掛かった。


「副会長……!」


 グレン商会の副会長が立ち上がる。


「ネプチューン、お前たちまで来たのか。まさか、クラーケン討伐の帰りか?」


「そうだよ」


 短く答えたのは、蒼い槍を携えた女だった。


「海の方は片付いた。報酬も受け取った。だから今はこっちの用事だね」


「ということは」


 副会長の目が細くなる。


「まさか…… お前達もクロムニウム製の武器を使って倒したのか?」


 女は鼻で笑った。


「役に立った、なんて生易しいものじゃないよ」


 一歩前に出る。


「あれがなければ、腕の一本は持っていかれていたさ」


 会場が、静まり返った。

 その沈黙を破ったのは、ダイダロスの大剣使いだった。


「ああ、気に入ったから来てやったぞ!」


 豪快に笑いながら、俺を指差す。


「状況はいまいち分からねぇが、一人だけこんな良い武器、使ってたら他の奴らが拗ねるからな!」


 ニヤリと笑う。


「言い値で構わねぇ。全員分、寄越しやがれ!」


 ざわめきが爆発した。

 商人たちの顔色が変わる。

 大陸で最も凶悪な魔獣と戦っているS級冒険者が、言い値で買うと言い放ったんだ。


 これ以上の宣伝は存在しない。

 さらにネプチューンの女も続く。


「こっちも同じだよ」


「S級のクラーケン相手に通用した武器だ。金で買えるなら安いものだろう」


 静かに言い放つ。


「命を預ける武器だからな」


 その一言で、商人たちの天秤は完全に傾いた。

 商人たちの中でクロムニウムの価値が更に跳ね上がったのが分かった。

 グランベル商会の副頭取が乾いた笑いを漏らす。


「なるほど。これも貴殿の仕込みという訳か」


 俺は穏やかに微笑む。


「仕込みではありません」


 一拍置いて。


「営業、と言っていただきたいですね」


 俺の冗談に誰も笑わない。

 笑わないのでなく、笑う余裕すらなかったと言った方が正解だろうか。

 商人たちの視線はさらに鋭くなっていた。

 それだけ、今この場で提示された価値が本物だと理解していた。


「ダイダロスの皆様、ネプチューンの皆様。S級指定魔獣の討伐、誠におめでとうございます」


 深く一礼する。


「そして、我々の武器を実戦でご使用いただき、ありがとうございます」


「本日より、エリス商会は専属契約者様からの注文しか受けられない事になります。ご注文は入札後に専属契約店舗さまからのご注文をお願いします。」


「ん? よくわからねぇが、副頭取に任せてたら大丈夫なんだろ?」


 それなりの付き合いがあるのだろう。

 ジャイロは副頭取の方をポンポンと叩く。


「装備一式、全員分。全てオーダーメイドで製作で頼むわ!」


 ライダース商会の副頭取が頷く。


「ああ、もちろんだ、お前達の注文は全て私が引き受けよう」


 グレン商会の副会長も腕を組んで笑った。


「我々も同じだ。最高級品を頼んでやろう」


「そうかい。そりゃありがたい。期待しておくよ」


 ネプチューンの女冒険者は笑顔を返す。


 ここで十分だ。

 これ以上は蛇足になる。


 大商会の副頭取が引き受けると大勢の前で太鼓判を押したんだ。

 もう引き下がる事はできない。

 俺は客席を見渡し、静かに告げた。


「それでは、説明は以上となります」


 会場が息を呑む。


「一旦、休憩を取らせていただきます」


 誰も口を挟まない。


「お忙しい大商会に属する皆様がこれだけの人数、再び集まるのは困難でしょう」


「ですので」


 俺はゆっくりと言葉を置いた。


「一時間の休憩後、この場にて入札を執り行います」


 空気が張り詰める。

 その言葉に、誰もが立ち上がるタイミングを失った。

 もう休憩ではない。

 これは戦争前の、最後の作戦会議だった。


「入札の準備に入りますので、皆様は一度退席をお願いします。そして休憩の間、クロムニウムにいくらの価値があるのか」


「今一度、じっくりお考えください」


 そう告げて、俺は静かに合図を送った。

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