第23話 投資
ここまでの実演で、クロムニウムの有用性は十分に伝わったはずだ。
これで理解できないようなら、商人失格と言っていい。
よって、ここからは攻めに入る。
俺はゆっくりと客席を見渡し、静かに口を開いた。
「クロムニウムの説明は、このくらいにして、次にエリス商会からのご提案に移りたいと思います」
観客席の全員の視線が、まっすぐ俺に注がれている。
良い緊張感だった。
「大旦那様も仰っていましたが、エリス商会の目的はクロムニウムを大陸中に広めることにあります」
一呼吸置く。
「ですが、クロムニウムの採掘、研究、加工技術の確立、そこに予想以上の資金がかかりました」
「その結果、生産ラインの増築にまで手が回っていないのが現状です」
ここまで言えば、頭の回る者ならもう理解しているだろう。
俺が何を求めていて、何を売ろうとしているのか。
俺は、はっきりと言い切った。
「大商会の皆様には、エリス商会のクロムニウム事業への投資をお願いしたいのです」
一瞬の静寂が訪れた後、ざわめきが会場を支配した。
「投資していただいた資金で、我々は生産ラインの増築を行います」
すぐに一人の男が静かに手を挙げた。
ライダース商会、副頭取。
やはり最初に動くのはこの男だ。
「商会長に一つ尋ねたい」
「なんでしょうか?」
「もし我々が投資するにあたって、その見返りをどう考えている?」
当然の質問だ。
金を出す以上、利益がなければ話にならない。
俺は微笑を浮かべ、堂々と答えた。
「分かりやすく投資と言いましたが、厳密には少し違います」
客席の空気が変わる。
「皆様にお声掛けした理由は、大陸を代表する大商人であり、この事業に最も貢献できる方々だと判断したからです」
「なので、言い換えましょう」
俺はゆっくりと言葉を置いた。
「クロムニウム商品の購入権利を買っていただけませんか?」
視線が一気に鋭くなる。
「購入権利?」
「はい。権利を購入していない商店にクロムニウムの商品が入ることはありません。権利を持つ商店からの注文をだけをエリス商会は受ける事になります」
「それは武器、防具、魔道具、加工素材の全てです」
数人が椅子に深く座り直した。
完全に商談の顔になった。
「ふむ…… なら最初からそう言えばいい」
低く笑ったのはグレン商会の副会長だった。
「それで、その購入権利はいくらだ?」
俺は右手を上げ、指を一本立てた。
「最低、金貨一万枚」
ざわめきが走る。
「高すぎる!」
「ふざけるな!」
俺は動じず、一本の剣を掲げた。
「では質問します」
「この鉄の剣。普通に売ればいくらですか?」
グレン商会の副会長が答える。
「金貨一枚から二枚だ」
「では、クロムニウム加工を施した場合。我々の卸値は金貨三枚を想定しています」
俺は一歩踏み出す。
「皆様なら、この剣をいくらで売りますか?」
沈黙。
そして誰かが呟く。
「五枚」
別の商人が言う。
「いや、十枚でも売れる」
俺は笑った。
「一本で利益七枚」
「防具も、魔道具も同じです」
「商品が良ければ簡単に大金が動きます。それでも、金貨一万枚は高いですか?」
会場が静まり返る。
「本当に、クロムニウムは儲からないとお考えですか?」
完全に空気が変わった。
先ほどまで怒っていた者たちが、今度は黙り込んでいる。
計算を始めたのだ。
その時、別の商人が口を開いた。
「先ほど、最低金貨一万枚と言いましたな」
「その最低とは?」
いい質問だ。
俺は内心で笑いながら答える。
「ええ。今回、皆様に購入していただく権利の総額から割合を算出し、その比率で出荷量を決めるつもりです」
「比率? 出荷量だと?」
「はい。皆様から出資して頂いた資金で生産ラインを増築したとしても生産速度には限界があります。生産出来る数に限りがある以上、求められるだけ出荷する事が難しいというのです」
「つまり」
「多く資金提供していただいた商会ほど、多くの商品が届くということです」
響めきが、ぴたりと止まった。
全員が、互いの顔を見み合っている。
誰がいくら出すつもりなのか?
誰が本気なのか?
探り合いが始まる。
空気が一気に戦場へと変わった。
ここだ。
俺は最後の一枚を切る。
「そして……」
わざと、ほんの少しだけ間を置く。
その一瞬で、会場中の視線が完全に俺へと集まった。
「最も多くの金額を提示していただいた商会には……」
全員が息を呑む。
「五年後、クロムニウムの生産方法と加工技術、その全てを開示いたします」
その言葉だけでも十分すぎる爆弾だった。
だが、まだ終わりではない。
俺はさらに続ける。
「そして……」
再び静寂が落ちる。
「最も少ない金額を提示した商会様には、申し訳ございませんが…… 今回はご縁がなかった、という形を取らせていただきます」
その瞬間。
今夜最大の衝撃が、会場を飲み込んだ。
椅子から立ち上がる者。
思わず息を呑む者。
必死に表情を消そうとする者。
露骨に隣の商会を睨みつける者。
ざわめきは、先程までとはまるで質が違っていた。
もはや驚きではない。
唐突な焦りと危機感に襲われ、誰もが動揺を隠せずにいる。
そして相手を見る目が敵意を含んだものに変わる。
これでもう、全員が理解したはずだ。
すでに商談などではない。
自分の商会の利益を少しでも増やそう、などという生ぬるい話ではない。
半端な覚悟では喰われる。
ここで負ければ、自分の商会は次の時代から締め出される。
これから始まるのは、未来の覇権を奪い合う戦争だ。
しかも敵は、俺たちエリス商会ではない。
客席に座る、同じ十の大商会。
隣に座るそいつこそが、最大の敵になる。
観客が、突然舞台へ引きずり上げられた訳だ。
(さぁ…… どう演じてくれるんだ?)
そしてその台本を書いたのは、この俺だ。
海千山千の商人たちの視線が、明確に変わっていく。
もう誰も、投資などという甘い言葉では考えていない。
談合しようとしても、相手を信じることはできない。
生き残るか。
脱落するか。
それだけだ。
(盤面は整った)
誰が誰を裏切るのか。
誰が最初に牙を剥くのか。
誰が最後に笑うのか。
ここから先は、商人同士で勝手に潰し合ってくれる。
俺はただ、その中心で利益を拾えばいい。
これが俺の作った舞台。
クロムニウムという餌をぶら下げ、大陸中の怪物たちを同じ舞台へと引きずり上げた。
あとは喰い合いを待つだけだ。
俺は誰にも気付かれないよう、ほんの僅かに口元を緩めた。
(俺の勝ちだ)




