第21話 大博打
準備を終えてからの一ヶ月間、俺たちはクロムニウム加工の技術向上を目指し、各種クロムニウム製武具の製作に没頭していた。
剣、短剣、槍の穂先、防具の一部。
加工方法を変え、魔力伝導率を測り、耐久性を確かめる。
まだ試作段階ではあるが、確かな手応えはあった。
街もまた最近の大きな話題に沸いていた。
北の山脈に巣食っていたS級認定魔獣グリズリーロック。
また西の海を荒らし回っていたS級認定魔獣クラーケン。
その二体が討伐されたのだ。
この大陸にわずか三組しか存在しないS級冒険者パーティーが成し遂げた偉業だった。
新たな英雄譚の誕生に少年たちは目を輝かせ、大人たちは酒場でその話を肴に盛り上がる。
そんな喧騒に身を委ねながら、俺たちは静かに準備を進めていた。
そして手紙に記した約束の日が、ついにやってきた。
◇◇◇
今夜十時。
場所はロイド中央劇場。
普段は芝居を上演するこの場所が、今日だけは商談の舞台となる。
マルコ団長とは今日まで何度も合わせ稽古を重ねてきた。
立ち振る舞い。
間の取り方。
声の響かせ方。
ただの演技ではない。
これは一癖も二癖もある大商人たちを騙すための戦いだ。
慎重に慎重を重ねても看破される恐れがある。
劇場の特別会場。
この会場を借りている名義は、もちろんエリス商会。
仮に後から誰かがこの催しを調べても、最後に辿り着くのは俺だけだ。
それでいい。
最初から隠れるつもりなどない。
最後に今日のために用意した舞台を見渡す。
重厚な赤いカーテン。
照明を極限まで落とした薄暗い空間。
舞台中央に設置された特注の椅子。
そして、その椅子を囲うように設置された、さらに厚い別幕のカーテン。
そこに座るのは、姿を見せない“大旦那様”。
病により人前に姿を晒せない大物という設定だ。
それが今夜の主役。
「完璧だ」
思わず笑みが漏れる。
十人全員か。
半分か。
たった一人か。
それでも構わない。
最初の一人さえ喰いつけば、あとは勝手に連鎖する。
大商人とは、そういう生き物だ。
希少性に群がり、勝者の匂いに誰よりも敏感に反応する。
俺は劇場を見上げ、小さく笑った。
「今日はきっと、面白いことになる」
後に王国中の商人たちが奪い合うことになる、新時代の武具市場。
まだ誰も知らない、この小さな劇場から。
静かにその幕が上がろうとしていた。
◇◇◇
今夜は劇団員たちが来客の案内役を引き受けてくれている。
定刻の二時間前には、すでに開門を済ませていた。
どの商会が何人くらいを連れて何分前に現れるか。
それだけでも、相手の本気度は見えてくる。
俺は物陰に身を潜めながら、その全てを観察していた。
入場時には記帳を義務付けている。
誰が来たのか、その情報はすぐに俺の元へ届く仕組みだ。
そして最初に現れたのはやはり、あそこだった。
ライダース商会。
オリハルコン級に分類される七大商会の一角。
魔石、希少鉱石、鉱山利権を握る巨大商会。
未知の金属など、放っておくはずがない。
開始一時間前。
ロイド地区代表支配人、副頭取、そして護衛五名。
予想以上だ。
(……やはり来たか)
あの狸の顔を忘れたことはない。
前回は世話にはなったが、それ以上にこき使われた。
利益の匂いに最も敏感で、最も早く牙を剥く男だ。
執事服に身を包んだ劇団員が丁寧に出迎え、胸元に識別用の徽章を付けて案内していく。
五百人収容できる劇場に、招待客はたった十組。
一組十人連れてきても、席は四百以上余る。
普通に考えれば無駄の極みだ。
正気の沙汰ではない。
しかしこの異常さこそが重要なのだ。
大物は大物らしく扱われることで、自分の価値を再確認する。
それもまた舞台装置の一つだった。
二番手は開始四十分前。
バルディア商会。
ミスリル級。
穀物、保存食、食料流通を支配する大商会だ。
現れたのは商会長本人とその隣には若い青年。
跡取り息子か。
護衛は三名。
(なるほど。勉強のつもりで連れてきたか)
悪くない判断だ。
三番手、四番手は同時だった。
ノルフェルト商会。
そしてセレスティア商会。
どちらもオリハルコン級。
物流と街道利権を握るノルフェルト。
高級布、絹、貴族衣装を扱うミストラル。
すでに廊下で会話を交わしている。
つまり裏である程度繋がっている。
(こういう情報が一番ありがたい)
開始十五分前には、残りも一気に流れ込んできた。
建材を扱うグランド商会。
魔道具のクローディア商会。
宝石と贅沢品のアストレア商会。
薬品最大手、ゴーダイ商会。
海を支配するフェイト商会。
そして…… 定刻ぴたり。
最後に現れたのは、グレン商会だった。
武具、防具、軍需品。
王国の武装を裏から支える最大手。
現れたのは副会長。
護衛の数は六。
誰よりも遅く、誰よりも堂々としている。
その男の視線は、入場と同時に真っ直ぐ舞台へ向いていた。
無駄な会話もない。
ただ静かに、品定めをするような目。
(あの短剣はもう鑑定済みって事か)
間違いない。
クロムニウムの価値を、この場で最も正確に理解しているのはあいつだ。
(本命は、やはりお前だな)
俺は小さく息を吐いた。
これで全員が揃った。
俺は静かに舞台袖からステージへ向かう。
扇形の客席。
誰が誰の隣に座るのか?
逆に何席分、距離を空けているのか?
それだけで友好関係や警戒心。
そしてクロムニウムへの期待値すら見えてくる。
商談はもう始まっていた。
◇◇◇
ステージ上に魔石灯の光が注がれる。
来場者たちの視線が、一斉にこちらへ向けられた。
執事服に身を包んだ俺が、静かにステージ中央へ歩いていく。
そこで立ち止まり、貴族の作法に則って優雅に一礼を捧げた。
前世の俺は、王族や貴族との交渉役も担っていた。
だからこそ、こうした所作や言葉遣いは自然と身に付いている。
今日、俺は身分を隠した高貴な存在に仕える執事役。
この一礼だけでも、相手に様々な想像をさせる。
「本日は、我々エリス商会の招待を受けていただき、誠にありがとうございます」
静かに、よく通る声で告げる。
「この場をお借りして、改めて御礼申し上げます。
私はエリス商会、商会長のレオと申します。
今後とも、よろしくお願いいたします」
再び一礼。
「本日は、私がお送りした未知なる金属クロムニウムについて、ご説明とご提案をさせていただきます。
皆様にとって必ず有益なものになると確信しておりますので、どうか最後までお付き合いください」
そして、俺はゆっくりと舞台奥のカーテンへ向き直った。
姿勢を正す。
さぁ、ここからが本番だ。
「実は私はエリス商会の仮の代表に過ぎません。本当の代表はこのカーテンの奥にいらっしゃいます」
その瞬間。
客席にざわめきが走った。
「顔も見せないだと?」
「そんな奴、信用できるのか?」
だが騒いでいるのは、ほとんどが護衛たちだった。
各商会の責任者たちは、むしろ静かに観察している。
(やはり、頭が回る奴は気付く)
この世界では、正体を隠して商売を行う王族や上級貴族は珍しくない。
表に立つのは執事や代理人。
裏で利権を握るのは、もっと上の存在。
そして今夜のこの舞台は、まさにそれを連想させる。
だからこそ、誰も軽々しく踏み込めない。
「訝しむのも当然でございます。ですが、大旦那様はおいそれと姿を見せられる御方ではありません。加えて、病により人前に出ることも困難な身でございます」
深く一礼する。
「実務はすべて私が取り仕切りますので、どうかご安心ください」
各商会の責任者たちが視線だけで護衛を黙らせた。
静寂が戻る。
俺はカーテンの奥へ向かって恭しく頭を下げた。
「大旦那様。一言、お願いいたします」
場が完全に静まり返る。
そしてカーテンの向こうから、低く響く男の声が流れた。
その声が響いた瞬間、空気が変わった。
まるで長年、人の上に立ち続けてきた者だけが持つ圧。
客席の空気が、一段階張り詰める。
「今日は、我がエリス商会の招待を受けてくれて感謝する」
威厳に満ちた声。
誰もが自然と、その言葉に耳を傾けていた。
「説明もあったと思うが、今はまだ皆の前に姿を晒すことができない。この場をもって、まずは謝罪させてほしい」
謝罪の言葉と同時に、俺は一瞬だけ制止するような素振りを見せた。
それもまた、演技。
「エリス商会は、未知の金属クロムニウムを発見し、採掘に成功している。この金属の価値は計り知れない。私はこの国が発展するため、人々の暮らしがより良くなるため、この金属を大陸中へ広めるつもりだ」
客席が、さらに静かになる。
「そなたたちにも、その協力をお願いしたい」
一拍。
「実務のことは、すべてレオに任せている。いずれ別の場で会うこともあるだろう。その時は…… 今夜のことには触れぬよう、頼みたい」
そして最後に。
「レオ。今後のことは任せるぞ」
「かしこまりました。大旦那様」
俺は深く頭を下げた。
会場は静まり返っていた。
誰もがカーテンの向こうにいる正体を探っている。
そして最も辿り着きやすい答え。
それは…… 王族。
王族といっても数は多い。
中には個人的な小遣い稼ぎとして、裏で商売をしている者も珍しくない。
だからこそ、この推測は自然だった。
俺が欲しかったのは、この【王族が後ろにいるかもしれない】という疑念。
それだけでいい。
それがある限り、どれほど巨大な商会であっても、力ずくでは動けない。
証拠を固め、完全に否定できるまでは静観せざるを得ない。
その間に俺は全てを手に入れる。
さぁ俺は一枚目のカードを切った。
次はお前たちの番だ。




