第20話 劇場
魔王との大戦が始まる以前、この国は比較的平和な時代を過ごしていた。
大きな戦争もなく、人々には娯楽を楽しむ余裕があった。
その中でも人気を集めていたのが演劇だ。
大都市には複数の劇団が存在し、貴族たちが通う豪華な大劇団もあれば、庶民向けの小劇団もある。
今回俺が目を付けたのは、その小劇団だった。
小さいながらも役者の質は高い。
だが経営は苦しい。
だからこそ、交渉の余地がある。
今日の演目は【ローズマリア帝国建国記】
腐敗した旧王家を打倒し、新たな帝国を築いた初代皇帝の物語。
よくある英雄譚だが、演技は見事だった。
特に皇帝役。
堂々とした立ち振る舞いと、威厳ある声。
観客を惹き込む力がある。
(やっぱり、あの男だな)
劇が終わると、俺はそのまま劇団員の控室へ向かった。
コンコン、と扉を叩く。
「失礼します」
中に入ると、団員たちが談笑していた空気が一瞬で止まった。
「あんた誰? ここ関係者以外立ち入り禁止だよ」
訝しげな視線が刺さる。
たまに熱狂的な観客が押しかけることもあるのだろう。
警戒されるのも当然だ。
「団長さんはいますか?」
「団長? 何の用?」
「ええ、仕事の依頼がありまして」
その言葉に、団員たちの視線が一斉に奥へ向く。
そこにいたのは、金髪で彫りの深い顔立ちをした三十代の男。
先ほど皇帝役を演じていた人物だった。
(やはり、あの人か)
促されるように、男がこちらへ歩いてくる。
「私はこの劇団の団長をしています。マルコです。仕事の依頼、と聞きましたが?」
「俺はレオと言います。ずっと劇を観させてもらっていました」
軽く頭を下げる。
「実は、小さな商会を経営していまして。近々、大商人たちとの大きな商談があるんです」
「それが劇団と何か関係が?」
当然の疑問だ。
俺は余裕の笑みを浮かべた。
「ここで話すのも何ですので、少し場所を変えて詳しく説明させていただけませんか?」
マルコは少し警戒しながらも頷き、控室横の応接間へ案内してくれた。
扉が閉まり、二人きりになる。
俺は本題を切り出した。
「実は大旦那様の代理を、お願いしたいんです」
「代理…… ですか?」
マルコが静かに眉をひそめた。
「はい。私は雇われ店長という立場なのですが、今回の商談はどうしても大旦那様が同席しなければならないんです」
「ですが、その大旦那様本人では駄目なのですか?」
「確かに、本来ならそうあるべきです」
俺は少しだけ困ったような表情を作る。
「ですが大旦那様は長く病を患っていて、外に出ることが難しい。今回の商談は命を懸けた勝負だと言っておられます。どうしても成功させたいんです」
マルコは腕を組み、慎重に言葉を選ぶように問い返す。
「なるほど。ですが、それは商談相手を騙すことになりませんか?」
やはりそこを突いてくる。
役者として当然の矜持だろう。
だからこそ、俺は最初からこの男を選んだ。
「あなた方の仕事は、人を騙すことではない。夢を見せることだ」
俺は真っ直ぐにマルコを見た。
俺の言葉にマルコも頷く。
「今回お願いしたいのも同じです。病気で人前に出られないだけで、大旦那様は確かに存在しているのです。私は今回の商談を成立させたいだけなんです」
マルコは黙って聞いている。
もう一押し。
「商談相手と直接顔を合わせることもありません」
「顔を合わせない?」
「ええ。大旦那様は病の影響で顔に損傷があり、人と会う時は常にカーテン越しなんです。声と雰囲気だけで十分成立します」
「なるほど……」
完全に嘘ではない。
少なくとも、大物の後ろ盾があるという事実はこれから作る。
商売とは、時に先に信用を演出するものだ。
マルコはまだ迷っていた。
だから俺は最後の切り札を切る。
「報酬は金貨二十枚!」
その瞬間、空気が止まった。
控室の外にいた団員たちですら、息を呑んだ気配がした。
金貨一枚で、一人が宿をとり食事をして一ヶ月は暮らせる。
金貨二十枚。
それは日々節約を強いられている小劇団にとって、数ヶ月どころか半年近くを支えられる大金だった。
マルコの表情が僅かに揺れる。
当然だ。
俺だって痛い。
今回これを払えば、手持ち資金のほとんどが吹き飛ぶ。
足りなくなれば、自分で魔獣を狩りに行くしかない。
だが、それでも払う価値がある。
ここで作る舞台はそれ以上の金を生む。
「随分と思い切りますね」
「私達もそれだけ賭けているということです」
俺は即答した。
「この商談を成功させれば、金貨二十枚どころの話じゃなくなる。だからこそ、最高の役者が必要なんです」
しばらくの沈黙。
やがて、マルコは深く息を吐いた。
「分かりました」
静かに、しかしはっきりと告げる。
「ですが条件があります。団員たちに迷惑が掛からないこと。そして、絶対に犯罪に関わるような話ではないこと」
「もちろんです」
俺は即座に頷いた。
「むしろ成功すればあなた方にも、継続して仕事を依頼することになるかもしれません」
「それは…… ありがたい話ですね」
ようやく、マルコの表情が少しだけ柔らかくなった。
「それで、演じるのは誰を?」
俺は迷わず答えた。
「あなたです」
「……私?」
「ええ。今日の皇帝役を見て確信しました。あれだけ自然に威厳を纏える人間はそういません」
マルコは少し驚いたように目を瞬かせ、それから苦笑した。
「観察されていましたね」
「商人ですから」
俺も笑って返す。
これで一応の駒は揃った。
クロムニウム加工の武器。
オリハルコン商会への招待状。
そして、大物を演出するための舞台。
「最後にもう一手だけ保険に打っておくか、この手は運任せにはなるが、当たったときはデカいからな」
俺は大きな木箱を抱え、冒険者ギルドに赴いた。
これで会合へ向けての仕込みは全て終わった。
今日から一か月後。
大陸全土の商人たちを巻き込む、大博打が幕を開ける。




