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第18話 新しい工房 その2

 俺たちが寝室へ駆け込むと、そこにはすでにガルドがいた。

 数ヶ月もの間、生死の境を彷徨っていた父親が目を覚ましたというのに、その顔には喜びの色など微塵もなく、ただ不快そうに眉をひそめて立っていた。


「父さん!」


 ハイドが真っ先に駆け寄る。


「心配をかけたな、ハイド。どういうわけか分からんが、もの凄く身体が軽い。きっともう大丈夫だ」


 やはり霊薬がその真価を発揮し、細胞の奥底にある病魔を焼き尽くしたのだ。

 俺は確信を持って、ハイドの目配せに深く頷き返した。


「しばらくまともな食事を摂っていなかったはずだ。数日間は粥などの柔らかいものから口にして、削げ落ちた体力を戻した方がいい」


「分かりました、レオさん」


「けっ、親父にも困ったもんだぜ」


 その時、吐き捨てるようなガルドの声が室内に響いた。


「突然倒れて、残された俺たちがどれだけ苦労したか分かってんのか?  親父が寝ている間、俺が外で必死に頭を下げなきゃ、この工房はとっくに潰れてたんだぞ」


「兄さん、嘘を言わないでくれ! あんたは博打に明け暮れて、勝手な納期を押し付けてきただけじゃないか!」


「嘘じゃねぇ! 親父が寝込んでる間、仕事を引っ張ってきたのは間違いなく、この俺様だ!」

 

 ガルドは近くの椅子を荒々しく蹴り飛ばし、ハイドを威嚇する。


「いい機会だ、はっきり言ってやるよ」


 ガルドはベッドで腰を上げた状態の父親の元に近づき、指を指しながら声を荒げる。


「親父、あんたのやり方はもう古臭いんだよ!」


 まるで自分こそが正しいと言わんばかりに、ガルドは胸を張った。


「貴族も商人も性能なんて見ちゃいねぇ! 見ているのは見栄えと値段なんだよ。時間をかけて剣を一本打つより、簡単に造れる程度の品を大量に捌く方が遥かに儲かるんだ」


 身振り手振りを交えて、流暢に話すその様子は間抜けにしか見えない。


「せっかく病気が治ったんだ。さっさと引退してどこかで隠居した方が長生きできるぜ」


 最後に勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「兄さん…… 本気で、そんなことを……っ!」


 激昂したハイドが詰め寄ろうとした瞬間。

 その肩をベッドから這い出した大きな手のひらが静かに制した。


「おい。ガルド、言いたいことはそれだけか?」


 立ち上がったのは、工房主ガバルディだった。

 足取りこそ緩やかだが、その一歩には大地を揺らすような力強さが宿っている。

 数ヶ月の絶食で痩せ細っているはずの肉体は、霊薬の神秘によって鋼のような肉体を取り戻していた。

 彼はガルドと真正面から向き合い、歩みを止めた。


「わしが寝ている間、この部屋でお前たちが話していたことは、すべてこの耳に届いておったぞ」


「なんだって!?」


 ガルドが驚愕の表情を浮かべる。


「貴様、わしが寝ているのをいいことに、この部屋から金品を盗みだしていたな? 全部売ってしまったのか? それに工房が貴様の物だと? 誰が、いつ決めた?」


「えっ!? それは……」


 ガルドが目を泳がせ言い訳を始める。


 その刹那。


 ガバルディの拳が、ガルドの顔面を真っ向から捉えた。

 凄まじい衝撃音が響き、ガルドの巨体が壁まで吹き飛んで激突する。

 ガバルディは迷いなく歩み寄り、再びガルドの襟首を掴み上げガルドを片手で持ち上げた。

 地に着かない足をばたつかせながら息苦しそうに身もだえるガルド。


「武具は仕上がり一つで持ち主の生死を左右する。それを適当でいいだと? そんな腐った考えを持つ奴を、鍛冶師とは呼ばん。職人ですらない、ただの汚物だ!」


 再びの鉄拳が、ガルドの鼻面を砕く。


「ぐぁっ、や、親父、許してくれ、頼む……っ!」


「いいや、許さん。教えてきたはずだ。鍛冶師を名乗るなら、常に『最高の一振り』を目指せとな!」


 一撃、また一撃。

 それは父親としての教育であり、職人としての断罪だった。

 意識を失い、ぐったりと床に崩れ落ちたガルドを見下ろし、ガバルディは荒い息を吐きながらも、その瞳には王者の如き峻烈な光を湛えていた。


「父さん、病み上がりで、そんな無茶をして大丈夫なのか!?」

 

 ハイドが慌てて駆け寄るが、ガバルディは自分の掌を何度も握り締め、驚きに目を見開いていた。


「なに問題ない。理由は分からんが、まるで二十年前の肉体に戻ったかのように調子が良いんじゃが…… ん? ちょっと待て!! さっきから口の中にあるこの違和感は何じゃ?」

 

 そう言いながら、ガバルディは口をゴモゴモと動かすと、指を突っ込んで一本の歯を抜き取った。


「前から気になっていた虫歯が抜けおった。おい、ハイド、見てみろ。下から瑞々しい新しい歯が生えてきておるぞ」


「えっ……嘘だろ!?」


  ガバルディ自身も唖然としている。


「それに霞んでいた目が恐ろしいほどよく見える。長年悩まされた指先の震えも、今は岩のようにびくともせん。……こりゃ、一体どういうことじゃ」

 

 驚愕する親子に、俺は静かに告げた。


「霊薬が病魔を焼き尽くすだけではなく、親父さんの身体そのものを再構築したんだよ。それが、エルフが数千年の歴史の果てに辿り着いた【自己治癒力の極致】だ」


 俺の説明にガバルディがポカンと大きな口をあけた。


「はっはっは! こりゃ凄まじい! まさかこの歳になって、全盛期の力を取り戻せるとはな!」


 活力を取り戻した伝説の男へ、俺はハイドが打ち上げたばかりの長剣を差し出した。


「見てやってくれ。これは、あんたの息子が鍛えた新しい時代の剣だ。属性付与を可能にするこの武器は、いずれ戦場の常識を塗り替えることになる」

 

 ガバルディは慎重に剣を受け取ると、鋭い眼光で刃先をなぞり、そのまま近くの木製椅子を、撫でるような一閃で切り裂いた。


「ハイドが、これほどの剣を。いつの間に、これだけの腕を……」


「俺は、あんたの病を完治させることを条件に、ハイドと専属契約を結んだ。今後、ハイドはこの技術を磨き、俺の依頼する武具を打つことになる」


 ガバルディが問いかけるように視線を向けると、ハイドは誇らしげに、力強く頷いた。

「ハイド。わしが寝込んでいる間、苦労をかけたな」


「いいんだ。父さんが元気になってくれた、それだけで十分だよ」


 ガバルディは静かに頷き、今度はゆっくりと俺へ視線を向けた。


「礼を言いわせてくれ。お前はわしの命だけじゃない。この工房の未来まで救ってくれた」


 低く、重い声だった。

 だがそこには、職人としても、一人の父としても、偽りのない感謝が込められていた。


「大袈裟だな。俺は欲しいものを手に入れるために動いただけだ」


「それでもだ。恩は恩として返す。ガバルディ工房は、お前の借りを忘れん」


 その言葉には、金貨よりも遥かに重い価値があった。


「それにわしも今後は現場に復帰させてもらう」


「お父さん、本当なのか!」


 ハイドが喜びの表情を浮かべた。


「この調子ならガバルディ工房はあと二十年は安泰じゃ。……だからハイド、お前はこの工房から独立し、自分の工房を持つんだ。これだけの才をわしの影に隠しておくのは、世界の損失じゃからな」


「父さん……」


「後、工房から腕のいい職人を二人連れていけ」


「えっ、それでは父さんの方が回らなくなるんじゃ……」


「心配するな。わしが現役に戻ると言っておるんじゃぞ! それに、戦力ならもう一人おる。……なぁ、ガルド?」


「お、親父……?」


 いつの間にか意識を取り戻していたガルドが、床に這いつくばったまま目を白黒させていた。


「お前の望み通り、この【ガバルディ工房】はいずれお前にくれてやる。……だがな、それはお前が一人前の職人になったとわしが認めた後の話じゃ。それまでは、ハイド工房の【下請け】として泥水を啜ってでも学べ。二度と兄貴面するんじゃないぞ、わかったな?」


「……っ」


「わかったな、と聞いておるんじゃ!!!」


「は、はいぃぃっ!!」


(この親父さんが睨みを利かせている限り、ガルドも心を入れ替えて働くしかないだろう。ある意味、死ぬより辛い修行になるかもしれないが…… 自業自得だな)

 

 意外な展開だったが、協力者が増えたこの結果は悪くない。

 自分でも気付かないうちに満足げな笑みが浮かべていた。

 こうして俺は歴史に名を残すべき天才鍛冶師ハイド、そして彼を支える最強の生産ラインを同時に手に入れた。


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