第17話 新しい工房
翌朝。期待と緊張を胸に、俺は再びガバルディ工房の門を叩いた。
俺の姿を認めるや否や、一人の職人が母屋へと飛んでいく。
しばらくして、呼吸を乱したハイドが全速力で走って戻ってきた。
「レオさん、……待っていました!」
「親父さんの容体はどうだ?」
「はい。レオさんが言った通り、昨夜は凄まじい熱と汗に襲われましたが…… 今は嘘のように落ち着いています。先ほど、穏やかな寝息を確認しました」
「それは霊薬が効いている証拠だ。あとは時間が親父さんの身体を癒やしてくれるだろう」
「はい。本当にありがとうございます。……ですから、今度は僕の番ですね。レオさん、こちらへ」
ハイドに案内された客間。
少しして戻ってきた彼の傍らには一台の荷車があった。
荷台の上には俺が依頼した一本の長剣と、十本の短剣が整然と並べられていた。
鈍い銀の光沢が目を引く。
どれもがクロムニウム加工が施された新時代の武器だった。
「ずいぶんと早いな。納期は一週間も先だったはずだが?」
「……三週間前、死を待つばかりだった父を救ってくれたのはレオさんでした。
僕はあの時、確信したんです」
俺の目を見つめてくる。
「この手だけは絶対に離してはいけないと。だからあの後、寝る間を惜しんでレオさんの依頼を最優先で仕上げました。どうか確認してください」
どうやら俺はハイドの心を完全に掴んでいたらしい。
彼の声には、恩義だけではない、技術者としての誇りと高揚感が入り混じっていた。
俺たちは武器を携え、中庭の試し斬り場へと向かった。
工房の裏手にある中庭は、普段から試し斬りの場として幾度となく剣が振るわれてきたらしく、地面は深く踏み固められ、無数の傷跡が刻まれた丸太や鉄板が並んでいる。
朝の冷たい空気の中、職人たちも仕事の手を止め、ぞろぞろと様子を見に集まってきていた。
「……では、まずはこの剣から試させてもらう」
俺が長剣を手に取ると、周囲の視線が一斉に集まる。
「はい。説明通り、まずは柄頭の取付金具に魔石を設置してください」
ハイドから手渡されたのは、拳大ほどの赤い魔石だった。
魔力を多く蓄えた上質な品だ。俺は慎重に柄頭の蓋を外し、その中へ魔石を収める。
カチリ。
精緻な金属音が響いた瞬間、剣全体がわずかに震えたような感覚が手に伝わった。
「ベースは鉄製ですが、刃先にはクロムニウムを結合させています。まずはそのまま、振ってみてください」
俺は軽く息を吐き、剣を正眼に構える。
(……重い。だが、不思議と鈍さはない)
普通なら、この重量は取り回しを著しく損なう。
だが刃に宿る異様な安定感が、その常識を覆していた。
目の前には、分厚い丸太が三本並べられている。
俺は一歩踏み込み、腰の回転を乗せて一閃した。
ズバァッ!
手にほとんど衝撃が返ってこない。
それなのに、丸太はまるで最初から切れていたかのように滑らかに上下へと分かれ、そのまま重々しく地面へ崩れ落ちた。
見守っていた職人たちから、小さなどよめきが漏れる。
「素晴らしいな」
思わず本音が漏れた。
「ただの鉄の剣では、この重さでこの切れ味は出せない。強度が格段に跳ね上がっている。刃こぼれの気配すらない」
メッキではないクロムニウム加工の真骨頂。
素材そのものの格を引き上げる。
それがクロムニウム加工の真骨頂だ。
「いい仕上がりだな」
ハイドの頬がわずかに紅潮する。
「次は、柄のダイヤルを回してください」
「あぁ、これか」
鍔のすぐ下。
小さな金属製のダイヤルを指でつまんだ後、右に回す。
カカカッ、と内部で歯車が噛み合う感触。
直後。
剣身に刻まれた複雑な魔方陣が青白く発光し、柄頭の魔石から溢れ出した魔力が一気に刃へと奔流した。
ゴオォォッ――!
凄まじい熱量と共に、刀身が紅蓮の炎を纏う。
空気が揺らぎ、熱波が頬を打った。
「うぉぉっ……!?」
思わず声が漏れる。
前世では、自身のスキルで属性武器を振るう英雄たちは何度も見てきた。
だが自分の手の中で武器そのものが属性を宿す感覚は初めてだ。
剣が、まるで生き物のように唸っている。
「火属性の付与です。そのまま、もう一度」
炎の尾を引く一閃。
丸太は再び分断されたが、今度はその断面が赤々と燃え上がり、一瞬で炭化していく。
「丸太が跡形もなく燃えやがった……!」
「ありえねぇ……!」
「こんなの、騎士団が喉から手が出るほど欲しがるぞ……!」
職人たちの驚愕が広がっていく。
俺は剣を見つめながら、静かに息を吐いた。
「恐ろしいな。一度傷を負わせれば、追加でダメージを与え続けられるのか。対魔獣戦では決定打になる」
「魔石の残量には注意が必要ですが、魔方陣の耐久性はこれまでの比ではありません。短剣の方も同様の加工を施してあります」
ハイドは瞳を輝かせ、さらに言葉を続けた。
「しかもこれはまだ試作段階です。改良案はすでにいくつも浮かんでいます。今回は属性の付与だけですが、改良を重ねれば火を飛ばす事も出来るかもしれません」
ハイドの瞳は完全に未来を見ていた。
「レオさん、僕は楽しみで仕方ないんです。この金属なら、今まで不可能だったアイデアをすべて形にできる!」
その声に迷いはなかった。
ハイドの職人としての魂が完全に覚醒した。
その確信に俺が満足げな笑みを浮かべる
その時だ。
一人の職人が、顔を真っ赤にして走り寄ってきた。
「ハイドさん! お、おやっさんが…… 親方様が、目を覚ましました!」
その言葉に、空気が一変した。
ハイドの顔から血の気が引き、次の瞬間には弾かれたように駆け出していた。
「父さん……!」
俺もすぐにその背を追う。
ついに来たか。
エルフの霊薬が本当に奇跡を起こしたのか。
そして、この工房の未来を決める瞬間が。
胸の奥で、静かに鼓動が高鳴っていた。




