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第15話 ユニコーンの涙

 エリシカは、エルフには珍しい筋金入りの肉食系美食家だった。


「……もう、なくなっちゃいました」


 空になった皿を見つめ、この世の終わりかというほど絶望的に肩を落とすエリシカ。

 その様子は、先ほどまでの清楚で神秘的な美しさを持つ彼女の面影を木っ端微塵にするほどに、無防備で愛らしかった。


 俺は内心でほくそ笑みながら、【収納】から新しい燻製肉の塊を取り出して見せた。


「お気に召したのなら、お売りしましょうか? こう見えても商人ですので、対価をいただければ御用命を承りますよ」


「本当ですか!? 欲しい、絶対に欲しいです! …… あ、でも、お金…… 私、森の外の通貨はあまり持っていなくて……」


 今度は金銭事情に打ちひしがれる彼女。

 俺は追い打ちをかけるように、わざとらしく肉の袋を揺らした。


「金貨がないのなら、物々交換でも構いません。ですがこの肉は先ほどのものよりさらに希少な部位を加工した、いわば超高級品でして……」


「さっきのより高級!? ううっ、食べたい…… あの、薬ならいくつか融通できます! 秘蔵の薬でも、これとは釣り合いませんか?」


「薬ですか…… とても魅力的な提案ですが、実は今、どうしても探し求めている特定の材料があるんです」


「……何でしょう。この森にあるものなら、大抵のものは把握していますが」


「【ユニコーンの涙】……流石に、持ってはいないですよね?」

 

 俺の問いに、エリシカは少し困ったように眉根を寄せた。


「ユニコーンの涙……。確かに、この上なく貴重な材料ですね。……少し前までは少量だけ残っていたのでづが、調合で使い切ってしまって。今はちょうど在庫が切れているところなんです」


(嘘だろ、まさかの在庫切れ!? これは不味い……)


 計画の根底が崩れ去る感覚に襲われた、その時だ。


「あっ、でもそういえば、そろそろ一年経つかしら。なら、今から分けてもらいましょう」


 エリシカは事もなげに言うと、唇に指を当てて鋭く指笛を鳴らした。

 澄んだ音が森を駆け抜け、深淵の霧の中へと吸い込まれていく。

 直後、森の空気そのものが張り詰めた。

 鳥のさえずりが止み、風すら息を潜める。

 地を揺らすような蹄の音が響き、森の奥から純白の閃光が飛び出してきた。

 額に一本の鋭い角を掲げた、巨大なユニコーン。

 現れたユニコーンは、俺が前世で知っていたどの聖獣よりも大きく、猛々しかった。

 その巨躯は俺の二倍を軽く超え、毛並みの下でうごめく鍛え上げられた筋肉は、一蹴りで大木を粉砕し、角一つで岩盤を穿つであろう破壊力を秘めている。

 現れたユニコーンは猛烈な勢いで、侵入者である俺を排除せんと突進してくる。

 その瞳には【不浄な者を許さない】という冷徹な怒りが宿っていた。


(でかいのに速い!!)


 反射的に剣を出そうと身構えてしまった。

 だがその瞬間。


「ライル、落ち着いて」

 

 エリシカの鈴を転がすような優しい声。

 すると、先ほどまでの狂気的な殺気は嘘のように消え失せ、ライルは甘えるように彼女の肩へ鼻先をすり寄せた。


(……とんでもない。こりゃ地上最強の守護者だ。魔王軍の幹部だって、こいつを突破するのは骨が折れるだろうな)


 前世でも、エリシカがユニコーンを呼び出す場面は見たことがなかった。

 彼女が何故、数年に一度人間の迷い込むこの森で女一人、安全に暮らしていられたのか。

 その答えを俺は初めて目の当たりにした。

 エリシカが慈しむようにライルの頭を撫でると、ライルは嬉しそうに尻尾を振りながらその場にしゃがみ込んだ。


「ライル、今年も少しだけお願いしてもいいかしら?」


 ライルが静かに頷くのを確認し、エリシカは家から二つの小瓶を携えて戻ってきた。

 瓶を地面に据えると、ライルは自らの角を小瓶の口へと差し込む。

 すると、角の先端から、銀色に輝く神秘的な液体が雫となって溢れ出してきた。


「……これが、ユニコーンの涙」


 初めて見る実物のそれは、魔力そのものが液状化したかのような神々しさを放っていた。

 小瓶の八分目ほどまで満たされたところで、雫は止まる。

 この量がこれほど大きなユニコーンが一年という歳月をかけて、体内で精製する限界量。

 エリシカはその半分をもう一つの瓶に丁寧に分け、俺に差し出した。


「私も、自分の分を残さなきゃいけないから……この量でどうかしら?」


「……十分すぎます。これだけあれば、幾人もの命を救う薬が作れます」


「良かった。なら早く、その高級肉と交換しましょう!」


 交渉成立。


 俺は安堵と共に、約束の霜降り肉を取り出し、今度はさらに腕を振るって最高の焼き加減でエリシカに供した。

 

 エリシカは、俺が差し出した肉を今度は本当に目に涙を溜め、美味しそうに口へと運んでいた。

 その恍惚とした表情は薬師としての彼女を完全に超え、ただ一人の少女のようでもあった。

 

「おいしい……っ 幸せって、こういうことを言うのですね……!」


(知っているさ。貴方はいつもそうだった)


 食事が終わり、俺が別れを告げようとした時。

 エリシカがさっきとは形状の違う、不思議な模様が刻まれた小枝を手渡してきた。


「こっちの小枝を辿れば、いつでも私の家に来れるから。また美味しいお肉が手に入ったら、……絶対に持ってきてね。約束よ?」

 

 彼女は有無を言わせぬ勢いで、俺の手の中にその枝を握らせた。

 もはや取引相手ではなく、美味しいものを運んでくる者として認識された感じだ。


「分かりました。最高のお肉を手に入れたら、真っ先にここへ運びますよ」


「ふふ、楽しみにしてるわ。……あ、私の名前を言ってなかったわね。エリシカよ。これでも一人前の薬師だから。もし何か、薬のことで困ったら力になるわ」


「レオです。……こちらこそ、よろしくお願いします」


 俺は未来の薬学の先生と出会い、肉の香ばしい匂いが残る森の中、再会の約束を交わして別れた。


◇◇◇


 俺は今回、シトと顔を合わせるつもりはなかった。

 前世の記憶が、彼にこれから降りかかる凄惨な運命を呼び起こす。

 シトは近く、人生を根底から覆すような、あまりに過酷な試練に直面することになる。


 けれど今の俺には、まだその運命の歯車をねじ伏せるだけの力も、守り切るための地盤も足りていない。


 中途半端な覚悟で再会し、情を交わすことはできない。

 それは救いではなく、ただの無責任な介入に過ぎないからだ。


「……今回は狩猟期で助かったな」


 今も森のどこかで、獲物を追っているであろう未来の仲間の姿を思い浮かべる。


「シト。お前と会うのは、もう少し先だ」


 届くはずのない言葉を、静かに吐き出した。


「その時が来たら、俺がお前を助けてみせる」


 手元の小瓶には、銀色の希望が揺れている。

 これでエルフの霊薬を作りハイドの父親の病気を治す。

 そして俺はクロムニウム加工の第一人者ハイドを必ず手に入れる。

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