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65話:人間の枠に収まっている自覚はあるのかしら、ですわよ

 セルディア管理局直属の総合病院。

 二週間の絶対安静という退屈な静養期間も終わりに近づいた頃、白を基調としたグレインの病室には、手元にデータパッドを携えたミレアの姿があった。

 入院当初の一週間は、脳波の安定と内臓の微細な修復を最優先するため、流石のミレアも通信すら厳しく控えていた。しかし、セルディアが誇る最先端のナノマシン医療技術と、何よりもグレイン自身の化け物じみた驚異的な身体回復速度が合わさり、今ではベッドから立ち上がって病室内を軽く歩くことすら可能になっていた。


「レタリアも大概だけど、あなたも相当ね。人間の枠に収まっている自覚はあるのかしら」


 窓際で軽く背伸びをするグレインの後ろ姿を見ながら、ミレアは心底呆れたように口にする。


「正直、俺自身が一番驚いてるさ」


 グレインは苦笑しながら振り返り、ベッドの縁に腰掛けた。


「いや……レタリアが持ち込んだという植物が治療効率を上げたとか聞いた、彼女には感謝してもしきれんな」


 その話についてはミレアも聞いていた、レタリアから譲り受けた『フルーア』という異世界から持ち込まれた花の種の事を。

 今このセルディアのバイオ農場で極秘裏に栽培され始め、美しい花を咲かせている。


 グレインは自らの腕へと視線を移す。


「……セルディアが落ち着きつつあることは、ここのニュースと、管理局の定期連絡からも確認している。それと――」


 グレインは少しだけ視線を落とし、自嘲気味に口元を綻ばせた。


「驚くことに、俺の『独断専行に対する処分』が、完全に白紙撤回になったようだな」


「そうね、残念ながら」


 少し皮肉っぽく、しかしどこか安堵したようにミレアが力なく答える。

 ミレア自身、裏ではグレインの減刑を求めるために管理局の各方面へ熱心に働きかけようとしていた。

 しかし、彼女が行動を起こすよりも早く即座に正式に取り下げとなった。突如現れた機動兵器『レストフル』を命懸けで食い止め、セルディアの崩壊を未然に防いだというグレインの戦果は、軍事規定の違反を帳消しにするにはあまりにも十分すぎたのだ。

 ミレアはその安堵した本心を見せないようにしていた。


「体が完全に動き次第、すぐに隊長職にも戻ってもらうわよ。現在進行形でメリーさんとイーサンが、山のような書類仕事と体制の立て直しに悲鳴を上げているわ」


「くくく……。そいつは傑作だな」


 グレインは申し訳なさそうにしながらも、実に愉快そうに笑った。


「だが、俺が復帰したとしても、あの二人の副隊長体制はそのまま続けさせたいところだな。特にイーサンは現場のまとめ役としても非常に優秀な男だ。ただ、あの実力者を事務方に固定しちまうのは、自警団の最大火力という面でも少々もったいない。……人員配置は、復帰後に少し考え物だな」


 グレインは顎に手を当てて「案外、エネルギーだけは有り余ってるステシアを、メリーの補佐に直接据えてみるのも悪くないかもしれん……」などと、すでに復帰後の組織図を真剣に思い描き始める。

 ミレアはその仕事中毒な様子を見て、やれやれと小さく肩をすくめた。


「ところで――」


 ふと表情を真面目なものに変え、グレインがミレアへと向き直る。


「俺のこれまでの愛機だったシュエルは、流石にもうフレームごと消滅しちまった。自警団に都合よく予備のルードなんて転がっちゃいないし、シンセ・フィブラが持っていた予備パーツも、今回のレストフル戦で完全に使い切っちまったんだろ? ……なぁに、俺はいよいよお払い箱、一線を退く時が来たか?」


 グレインはわざとおどけた調子で言ってみせる。自警団のトップである自分が、この状況でお払い箱になるわけがないと分かった上での、彼なりの軽口だった。


「安心しなさい。あなたをただの事務職で腐らせるほど、私たちは余裕じゃないわ」


 ミレアはデータパッドの画面をグレインへと向け、不敵に微笑んだ。


「現在、うちの会社シンセ・フィブラの本社マキナ開発部門から、『最新試作機』がこの支部に届く予定になっているから」


 その言葉に、グレインは目を見開いて絶句した。


「試作機……だと……!?」


「今回あんな無茶な機動はするし、せっかく提供した特製のフォトンライフルも綺麗に壊してくれたわね。……『実験台になってやる』って、前に私に言ったわよね? その約束、これからも這ってでも果たしてもらうわよ」


 ミレアは悪戯っぽく、しかし技術者としての口調で語った。


「届くのは、軍用試作機『リーズ』のプロトタイプよ。機体の基本安定性は本社で確認済みだけど、今回あなたに渡すにあたって、安全用のリミッターは一段階かけてあるわ。それでも、ただの汎用機ルードどころか、現行の軍用機『ルザム』をあらゆる面で凌駕する、文字通りの最新鋭機よ。……まぁ、仮にリミッターを解除したとしても、設計上のカタログスペック以上の性能は出ないようにガチガチにロックしてあるけれどね」


 釘を刺されたグレインは、苦笑しながら肩をすくめた。だが、すぐに疑問が頭をもたげる。


「軍用……? そんな最高機密の代物、いくら自警団の隊長とはいえ、民間の組織に回せるはずがないだろう」


「今回は特別よ。あの『レストフル』のケースがあった以上、今後も類似するケースが起こる可能性があると判断して、掛け合ったのよ。だから、十分に信頼できて、かつあの性能を御せるパイロットに限って、実戦データを兼ねて払い下げても良いって、上の上から正式に許可が出たわ。それに、これはまだ軍へ正式に納品する前の『社外秘のテスト機』という扱いだからね」


「なるほどな、開発部門の特権というわけか……。相変わらず大した政治力だ」


 ミレアの手回しの良さに、グレインは感心したように深く納得した。


「それだけじゃないわ。一般団員の主力機であるルードに関しても、次世代汎用モデル『ラスタ』のプロトタイプを同時に一機、この支部に導入することが決まったの」


「おいおい、随分な大盤振る舞いじゃないか。シンセ・フィブラはいつからボランティア団体になったんだ?」


 グレインの指摘に、ミレアは少しだけ不満そうに整った眉をひそめてみせた。


「不本意ではあるけれど、今回の騒動でルードの稼働データと、限界駆動時の破損データが山ほど揃ってしまったのよ。本社としても、これから先の不穏な情勢を考えれば、さらに多くの実戦フィードバックを得る機会があると踏んだのね。『ラスタ』の開発にはうちのセルディア支部も深く関わっているから、ここで運用すればデータのフィードバックも非常にスムーズに行えるわ」


「なるほどな。君がそこまで太鼓判を押して勧める新型なら、操作性も安定性も疑いようがない。……で、その記念すべき新型の汎用機には誰を乗せるつもりだ? 順当にいけば、イーサンあたりか?」


 グレインが挙げた候補は、極めて真っ当なものだった。新型のプロトタイプという不安定な機体を預けるなら、自警団最高峰の技術と経験を持つベテランに任せるのが定石だからだ。

 しかし、ミレアは首を横に振った。


「いいえ。私は『ラスタ』のパイロットに、ステシアさんを候補として考えているわ。彼女、先日の戦闘で自分のフロードを完全に喪失して、今は乗る機体がなくて暇にしているし、ちょうど良いでしょう?」


 その意外な名前に、グレインは怪訝そうに眉をひそめた。


「確かに、前線に空いた穴を埋めるにはちょうど良いかもしれんが……。うーむ、ステシアは別に操縦の腕自体は悪くないんだが、自警団の中ではそこまで突出した経験があるわけじゃない。プロトタイプのテストパイロットとしては、少々荷が重いんじゃないか?」


「だからこそ、よ。グレイン」


 ミレアは確信に満ちた笑みを浮かべ、データパッドの画面を切り替えた。


「あなたに使ってもらう『リーズ』は、超高性能な軍用機。だからこそ、あなたのような腕を持つトッププロのパイロットによるデータが必須になるわ。……けれど、次世代汎用機である『ラスタ』は、あくまで将来的にルードに代わって民間や一般の自警団員にも広く出回るはずの『汎用機』よ。だからこそ、プロフェッショナル過ぎない、良くも悪くも『平均的で一般的な操作レベル』のパイロットが乗った時、どんな挙動を見せるかのデータが欲しいのよ」


 本人のあずかり知らぬところで、「平均的で一般的なパイロット(要するに普通の人)」という、非常に実用主義的かつ少々雑な評価をされてしまっているステシア。とはいえ、その人選の合理性には、グレインも「確かに一理あるな……」と納得せざるを得なかった。


「話の筋は通っているな。ステシアなら新しいオモチャを渡されれば、泣いて喜んでデータを集めてくるだろう」



「ふふ、そうね。……それで、肝心のアーデンに関してなんだけど――」

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