64話(1章最終話):わたくしは『この世界』で、大切な皆を守るために戦います
手狭なベッドの上で、レタリアは一枚の折り畳まれた紙をそっと開いた。
この星の海に流れ着いた時、ドレスのポケットに唯一残されていた、懐かしい元の世界の温もり。今はもうここにはいない、かつて自らに寄り添い続けてくれた唯一の侍女――キアラからの手紙だった。
小さな種が零れ落ちた。
以前ミレア達に渡したものと同じ花の種が、手紙に挟まっていたのだ。
見慣れたキアラの丁寧な筆跡が、人工の常夜灯の光に浮かび上がる。
『レタリアお嬢様へ。
お嬢様が周囲からの心無い言葉に傷つき、お部屋に引きこもってしまわれてからも、私は知っておりました。お嬢様が本当は誰よりも優しく、気高い心のままの少女であることを。
それなのに、無力な私はお嬢様の力になることができず、このような不条理な追放を止めることも叶いませんでした。本当に、申し訳ございません。
この手紙と共に、小さな花の種を同封いたします。どうか、行き着いた先の地でこの花を咲かせ、お嬢様らしく強く生きてくださいませ。
本来、この追放の儀から戻られた方は歴史上おりません。ですが、万が一にもお嬢様がこの地に帰還された時のために、私は生涯を賭けて、お嬢様の居場所を守り続けてみせます。
たとえどれほど遠い地の空の下であろうとも、私はお嬢様の幸せを、ずっと、ずっと想い続けております――』
「キアラ……」
読み終えたレタリアの目から、一筋の涙が静かに頬を伝い、シーツへと染み込んでいった。
元の世界では「感じるだけ」の無能だと罵られ、家族にすら見捨てられた。けれど、すべてを失ったと思っていた自分の背中には、こんなにも温かく、命を賭けるほど深い愛が遺されていたのだ。
レタリアは涙を拭うこともせず、花の種をそっと両手で包み込み、自らの胸へと強く押し当てた。
その瞬間、彼女の内に眠る『魔力』が優しく波打つ。種の中に眠る小さな、けれど確かな生命の鼓動が、彼女の感覚を通してはっきりと伝わってきた。
いつか言っていたキアラの言葉を思い出す。
(お嬢様……わたしはいつでもお嬢様の味方です、わたしが忠誠を誓うのはレタリア・アーデニアムお嬢様、ただ一人でございます)
レタリアは、静かに瞳を閉じた。
◆◆◆
翌日、セルディアの人工太陽が昇ると同時に、レタリアはいつもより幾分か引き締まった表情で、ミレアの個人ラボの扉を叩いた。
自動ドアが開くと、そこにはすでに数枚のホログラムディスプレイに囲まれ、徹夜明けを感じさせない鋭い眼差しでキーボードを叩くミレアの姿があった。
レタリアはラボのデスクへと堂々たる歩調で進み出ると、その瞳を真っ直ぐにミレアへと向けた。
「ミレア、わたくしは決めましたわ」
一呼吸、ラボの清浄な空気を吸い込み、凛とした声で宣言する。
「わたくしには、アーデンがありますわ。……この子を駆り、わたくしは『この世界』で、大切な皆を守るために戦います!」
それは、異世界の令嬢としての過去に囚われず、この星の海で一人の『マキナ乗り』として生きていくという、彼女なりの誇り高き誓いだった。
その言葉を聞いた瞬間、ミレアはキーボードを叩く手を止め、ゆっくりと顔を上げた。そして、どこか誇らしげな、慈愛に満ちた笑みをその唇に浮かべた。
「ふふ、そう言うと思っていたわ」
ミレアは椅子に背を預け、ガラスの向こうでBotたちが火花を散らすアーデンを視線で指し示す。
「あなたが先日の戦闘で使った『グラーヴ・アークス』ね。これは元々他の支部から取り寄せたプレリリース品だったのだけれど、『予備の規格パーツ』があって良かったわ。機体の修復が終わり次第、アーデンに正式な兵装として積み込んでおくから、楽しみにしておきなさい」
ミレアは悪戯っぽくウインクをして見せ、それから、レタリアの目を見つめて力強く言葉を紡いだ。
「私が、あなたがこの星の海で『最強の騎士』となるのを、サポートしてあげる。……あの『レストフル』みたいな化け物が現れても、あなたとアーデンで、簡単に一蹴できるようにね」
その心強い言葉に、レタリアは胸を高鳴らせ、いつもの不敵で気高い笑みを浮かべてみせた。
「ええ、楽しみにしておりますわ、ミレア! ――でしたらまずは、わたくしの愛しいこの子を、一刻も早く完璧に修理してくださるかしら!?」
前のめりになってガラスに手を当てるレタリア。しかし、ミレアは途端に困ったような苦笑いを浮かべ、手元のデータパッドを指でトントンと叩いた。
「……それに関しては、もう少し待ってちょうだい。まだレストフルのコア解析の順番待ちが山積みなのよ」
ラボには、再び二人の明るい笑い声が響いていた。
◆
「わたくしは、この世界でも全力で生きてみせますわ。ここでみんなを助け、アーデンと共にこの星の海を駆け巡り……そしていつか、必ずあなたの元へと帰って差し上げます。その時は、最高に大層なお土産をたくさん携えて、腰を抜かさせてやりますわ!」
遠い異世界の空にいる大切な友へ、届くはずのない誓いを宇宙へと紡ぐ。
レタリアの心は、もう追放された哀れな令嬢のものではなかった。彼女は、自らの足でこの星の海に立ち、未来を切り拓く気高き騎士として、確かに覚醒していた。
ここまでお読み頂きありがとうございました!
レタリアの物語は一旦ここで区切りとなります。
また続編を構想中ですので、固まりましたら続きをお出しできれば良いかと考えています!




