62話:星の海に届いた異世界の声
レタリアの瞳が、大きく見開かれた。
このセルディアに流れ着いてから今日に至るまで、一度たりとも正面から問われることのなかった、自身の出自。
元より、自分がこの世界とは異なる場所から来た「異世界人」であることを、頑なに隠し通すつもりなど最初からなかった。だが、その問いを突きつけられたこの瞬間、レタリアは初めて理解したのだ。グレインも、ミレアも、自警団の誰もが――彼女の超人的な能力や浮世離れした言動に違和感を抱きながらも、これまでは「敢えて」その核心に触れずにいてくれたのだということに。
「わ、わたくしは……」
喉の奥が乾き、言葉が綺麗に紡げない。レタリアは思わず言葉に詰まった。
静寂に支配されたラボの中で、永遠にも思える重苦しい間が流れる。
いつものミレアなら――いや、今までのミレアなら、仮にこうした踏み込んだ問いを口にしたとしても、レタリアがここまで狼狽える素振りを見せれば、すぐにそれ以上の追及をやめてくれたはずだった。なんとなく、そんな気がしていた。
だが、今回はその救いの手が差し伸べられる時は訪れない。それを、レタリアの内に眠る『魔力』が、直感として感じ取っていた。
ミレアは視線を逸らさず、静かに、しかし確定的な事実を並べるように口を開いた。
「ブラングが乗っていた旧型機『ディエン』……いえ、『ゾダン』の残骸にあったブラックボックスにはね、外部からの特殊な信号を強制受信する機構が、物理的にもプログラム的にも組み込まれていたの。けれど――アーデンの中に積み込まれていたブラックボックスには、解析の結果、そういった受信機構が一切存在しなかったわ」
「?」
「だから、私はずっと疑問だった。なぜ、あなたがレストフルの『声』を頭の中で聞くことができたのかが、科学的にはどうしても説明がつかなかったのよ。機体の通信システムにも、脳波リンクのログにも異常はなかった。そして……少なくともこちらで調査させてもらった限りのあなたの生体データからも、そういった未知の電波や信号を受け取るための『機構』なんて、体内のどこにも見当たらなかったわ」
ミレアの言葉が、ラボの空気に溶けていく。
アーデンに受信機はなく、自分の身体にもそんな機能はない。それでも、確かにあの魔神の声は、自分の頭脳へと直接響いてきたのだ。
それから、しばらくの沈黙が流れた。
ハーブティーから立ち上る湯気が消えかけるほどの時間の後、レタリアはついに、意を決してゆっくりと口を開いた。
――自身が、この世界とは全く異なる次元、異なる場所から訪れた迷い人であるということ。
元居た世界には「マキナ」のような鉄の巨兵などは存在せず、代わりに生身の人間と凶悪な魔物が血を流して争う世界であるということ。
その世界には剣で鉄を裂く、拳で岩を砕く人間が普遍的に存在し、同様にそれほどの力を耐えうる肉体を持つ人間も珍しくない。
エルフやドワーフといった、人間以外の種族が数多く当たり前のように存在すること。自然の理として「魔法」が存在し、今自分たちがいるような「宇宙」という概念そのものが存在しない世界であることを。
そして、自らが持つ「魔力」や「魔法」の力は、元の世界では何の役にも立たない、ただ周囲の気配や流れを「感じるだけ」の無能な烙印を押されていたことも、包み隠さず打ち明けた。
その世界で高貴な令嬢として生を受けていた自身は、ある時、自らの積み重ねてきた行いによって両親の逆鱗に触れ、家を追放されてしまったこと。そして、気づいた時には何故かこの、星の海へと行き着いていたのだということを。
すべてを話し終えて、レタリアは力なく視線を落とし、静かに俯いた。
およそ科学を信奉するシンセ・フィブラの主任研究員に対して語るには、あまりにも荒唐無稽で、まるでお伽話のような告白。軽蔑されるか、あるいは狂人の戯言だと笑われる覚悟は、とうにできていた。
だが、その説明をじっと聞き終えたミレアは、ただただ黙っていた。
驚きのあまり瞳は見開かれていたかもしれない。だが、レタリアが予想していたよりも、その反応は遥かに小さく、どこか静粛なものだった。
どれだけの時間が流れただろうか。
ミレアは、俯くレタリアの姿をじっと見つめていたが、何かを深く思案している様子でもあった。
「……信じがたいわ。お伽話か、質の悪いSF小説のプロットのようね」
ぽつりと、ミレアが呟いた。
「――けれど。納得できてしまうわ」
ミレアの言葉に、レタリアはハッと顔を上げた。
ミレアの脳内では今、これまで彼女を悩ませていたすべての『謎』が、一本の強固な鎖となって完璧に繋がっていたのだ。
「あなたの生体データを調べたときに検出された、既存の人類規格からは完全に逸脱した異常な脳波のニューロパターン。私たちよりも遥かに頑強でアーデンの加速のGにも耐えうる強靭な肉体。マキナ搭乗時に、迫りくる死線をまるであらかじめ知っていたかのように躱す、あの予知めいた動きも……すべてが、その『魔力』とやらで空間の歪みや殺気を感じ取っていたのだとすれば、すべてに説明がつくわ」
ミレアはデスクに両手を突き、確信に満ちた熱い眼差しをレタリアへと向けた。
「そして――だからこそ、アーデンの『感応システム』は、既存のパイロットではなく、あなたという存在にだけ異常なまでのシンクロ率を示したのよ。アーデンはあなたのその『感じる力』を機体の神経網として増幅し、それを介したからこそ、本来は受信できるはずのないレストフルの意思……ルネクトプロトコルの『声』を、あなたの脳へと直接拾い上げたんだわ」
ミレアの言動には、もはや一抹の疑念すら残っていなかった。
異世界の令嬢、レタリア・アーデニアム。その存在こそが、エスカドの狂気の遺物から生み出された無垢なる騎士、アーデンを真に目覚めさせた、唯一無二の奇跡だったのだ。




