61話:遂に、聞かなければならないわね
慌ただしい副隊長選出の儀式を終え、ミレアとレタリアはいつものシンセ・フィブラの個人ラボへと戻っていた。
大きな強化ガラスの向こうに見えるのは、広大な共同ハンガーの片隅に鎮座する、修繕中のアーデンの姿だ。普段なら専属メカニックや優秀な整備班が総出で取りかかるはずの紫紺の機体だが、今は回収された『レストフル』とその無人機群の残骸解析にほぼすべてのリソースが割かれていた。そのため、アーデンの修復は数台の自動修理Botによる自律プログラムへと一任されており、火花を散らすアームが欠損した右腕の結合部をゆっくりとスキャンしている。
そういえば、機体だけでなくレタリアの専用パイロットスーツである『ノーブル・ロータス』も、先日の極限の戦闘における負荷で完全に限界を迎えていた。
帰還後にそのボロボロになった繊維や亀裂の走った外装を確認したソラは、怒るどころか、むしろ「ここまでレタリアさんを完璧に守り抜いてくれたんですよ!」と感動の涙を流し、満足そうに深く頷いていた。そして、今回の騒動が完全に片付いた暁には、データを反映した『さらなる改良型』を死に物狂いで仕立て上げるのだと息まいていた。
物事には、絶対に動かせない優先順位というものがある。
それを、レタリアはこの数日間で嫌というほど学んでいた。一刻も早く愛機を完璧な状態に戻したいという焦りはあったが、今はセルディア全体の安全と、あの遺物の解析こそが最優先なのだ。
「はぁ……」
深く椅子に腰掛け、溜まっていた疲れを吐き出すように大きく息を吐きながら、ミレアは淹れ立てのコーヒーに口を付けた。隣のレタリアには、温かいハーブティーのカップが手渡される。
「お疲れですわね、ミレア。けれど顔色は以前よりは良くなってますわよ」
レタリアが気遣わしげに声をかけると、ミレアはカップを見つめたまま、小さく微笑んだ。
「そうね、一先ずは今回の件が片付いたと思っていいからかも」
レタリアはハーブティーを一口含み、その香りを楽しみながら、あの戦場での最後の記憶を厳かに手繰り寄せた。
「『ルネクトプロトコル』、確かに声はそうおっしゃっていましたわ。完遂したとも」
レタリアの言葉に、ミレアは手元のホログラムディスプレイを立ち上げ、複雑なログデータを展開しながら、少し考える素振りを見せた。
「『レストフル』の中にデータが残っていたわ、一部だけ。その中にもあったわ」
そこでミレアは一瞬、次の言葉を口にすべきか迷うように視線を泳がせたが、覚悟を決めてそのデータを読み上げた。
「『ルネクトプロトコル』の感応ユニット『アーデン』および被検体『レタリア』と記されたログ……」
「わたくしがあの魔神を討伐した時に聞いた声の内容と同じですわね」
レタリアは淡々とそう告げた。自身の名前が記されているのに、彼女の表情にはさほどの動揺は見られなかった。ミレアはその様子を見て、胸を少しだけ撫で下ろした。
「このログの『レタリア』という個体名が登録されたのは、数日前、ブラングたちをあなたが救出した時よ。いえ、正確には『アンノウン』から『レタリア』へ書き換わっていて、その元となる『アンノウン』が登録されたのは――あなたたちが無人機と初めて遭遇した日だったわ」
ミレアはここで少し視線を下に向ける。
「これは推測なのだけど――」
ミレアはコーヒーをデスクに置き、真剣な眼差しでレタリアを見つめた。
「あの『レストフル』の中にあったAI、人工知能は『ルネクトプロトコル』というプロジェクトを進めなければならなかった。『アーデン』はそのある意味完成品であり、レタリア、あなたはその適合者として選ばれた」
そこで一度言葉を切り、ミレアはコーヒーに口を付ける。
「その『ぷろじぇくと』に選ばれたらどうなりますの? わたくしには心あたりがありませんし、アーデンは悪い子だと思えませんわ」
「そうね、生み出されたものに善悪は無いわ。きっと、AI、いえ、『レストフル』は『アーデン』の中にあるものを完成させたかった、いえ、完成を見届けたかったのよ。あなたがアーデンに選ばれたのは、きっと偶然」
ミレアは復元されたログのさらに深い階層の中に、かつてブラングが乗っていた旧型機に関する記述――『共振型ユニット:ゾダン』という文字列を見つけていた。回収した記録を照合するに、この『ゾダン』とは、ブラングがデブリ帯で見つけ出したあの『ディエン』の本来の名称に違いない。
つまり、あのAIはアーデンとはまた違うアプローチ、違う形でプロジェクトの完成を目指していたのだ。おそらく、過去にはアーデンやゾダン以外にも、数多くの実験機が存在していたのだろう。
「『レストフル』はきっと、長い間このテストを終わらせるために繰り返してきてた。あなたがアーデンに乗ってそれを終わらせたのよ。『レストフル』を破壊する事こそが、プロジェクトの終わりとなっていた」
語るミレアの目は、レタリアに対する温かい労りに満ちていた。
だが、レタリアは未だに胸の奥に燻る違和感を拭いきれず、小首を傾げた。
「……? 良く分かりませんわ、わたくしはあれを『魔』であると感じました」
禍々しき魔神であり、赤黒き巨神、レストフル。あの時、彼女の直感が告げた恐怖と禍々しさは本物だった。だが、不思議なことに、最後の一撃で破砕されたあの瞬間、レストフルから放たれた最後の言葉には、純然たる『感謝』の響きがあった。
自分は、あの恐るべき魔神の目的を達成するために、結果として力を貸してしまっていたということなのだろうか。
深く考え込み、眉をひそめるレタリアの様子を見て、ミレアはフッと緊張を解くように小さく笑った。
「ふふ、これに関してはわからなくても良いわよ」
そして、ミレアは深く息を吐き、吸い込む。
それは、これまでの他愛のない会話を切り裂き、空気の密度を一瞬にして変えてしまうような、明確な『決意』を秘めた間だった。
ミレアの瞳が、レタリアの瞳と、正面から真っ直ぐに交錯する。
「遂に、聞かなければならないわね」
「?」
「貴女が、何者であるかを」
ラボの静寂の中で、逃れられない問いかけが、レタリアの目の前に突きつけられた。




