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60話:平穏はもう少し先ですわね

 魔神『レストフル』が虚空の塵と消えた翌日から、セルディア管理局、そしてシンセ・フィブラは歴史的な大忙しの日々を迎えていた。

 未曾有の機動兵器の出現と、その最深部で回収された膨大なデータ。平和に慣れきっていた鉄の街の機構は、その全容を把握し、処理するためにてんてこまいの大騒ぎとなったのだ。


 そんな中、自警団隊長であるグレインは、帰還後すぐに管理局直属の総合病院へと緊急入院することになった。

 リミッターを完全に強制解除したシュエルでの常軌を逸した機動、そして何よりも、最後にレタリアのアーデンを庇って直撃を浴びた際の衝撃は、彼の肉体に深刻なダメージを刻み込んでいたのだ。内臓の微細な損傷や全身の筋肉断裂。医師からは「命があったのが奇跡だ」と告げられ、まずは絶対安静、最低でも二週間の完全な静養を義務付けられた。


 一方、機体を大破させられたステシアはといえば、幸いにも脱出時の激しいGによる全身の打撲だけで済んでいた。

 彼女の頑丈さと悪運の強さには誰もが呆れたが、本人は至って元気なもので、翌日には早くも医師から出歩く許可が下りていたほどだった。


 レタリアの脳裏には、グレインが一通りの応急処置を終え、本格的な無菌病室へと搬送される直前の「あの光景」が、今も鮮明に焼き付いて離れずにいる。


「……すまんな、ミレア。俺の手だけで、何とか出来たらよかったんだがな」


 全身を医療用包帯と固定ギプスで固められながらも、どこかバツが悪そうに、多少おどけてみせるグレイン。その不敵な態度が、待機していた天才研究員の導火線に完全に火をつけた。


「――勝手に出て行って、このバカ! バカ! バカバカバカ! アホ! 本当に大バカ!!」


 普段の冷静沈着な姿はどこへやら、ミレアは今にも寝台のグレインに殴りかからんばかりの勢いでまくし立てていた。その怒髪天を突く姿は、周囲の医療スタッフが止めに入るのを躊躇うほどに圧倒的だった。


「……ふふ。普段はあんなに落ち着いてるのに、本当に怒ると罵倒の語彙が少なすぎるわね、あの博士」


 その隣に立っていたメリーが、どこか呆れつつも、少しだけ笑っていたのが印象的だった。

 なお、グレインの今回の独断専行に対する処分は、彼が命を賭してセルディアの危機を未然に防いだという厳然たる事実、そして何よりも自警団や管理局内での彼の圧倒的な人望を鑑みて、上層部によって「一旦見送り」という形で落ち着いていた。


 そうして、レストフルが眠っていた該当宙域に散らばる残骸や無人機の破片を回収し、解析するための特別チームが編成された。シンセ・フィブラはセルディア管理局の全面協力の元、夜を徹して作業を迅速に進めていき、嵐のような忙しさの中で数日が過ぎていった。


◆◆◆


 ……そして数日後。場所は自警団の本部会議室。

 大きな楕円のテーブルを囲むようにして、レタリア、ミレア、イーサン、メリー、ステシア、レッタ、アランド、そして他にも十数名の自警団主要メンバーが一堂に集まっていた。


 全員が席に就いたのを見届け、中央に立ったミレアが、冷徹な響きを伴う短い言葉を放った。


「――これより、自警団の『副隊長』を正式に決定します」


 その唐突な宣言に、会議室の空気が一瞬で凍りつく。


「理由は……ここにいる全員、お分かりですね?」


 ミレアの射抜くような瞳が全員をなぞる。そのあまりの迫力に、前線で共に戦ったイーサンとメリーが、ひどく気まずそうに揃って視線をあらぬ方向へと逸らした。


「いや、あのー……イチノセ博士。大変申し上げにくいんだが、あなたはシンセ・フィブラの主任であって、自警団の構成員ではないはずでは……」


 イーサンが頬をかきながら、恐る恐るもっともな正論を口にする。しかし、ミレアはそれを一瞥で切り捨てた。


「だまらっしゃい!」


 「うおっ」と、百戦錬磨のイーサンが思わず首をすくめる。


「すべてをアイツ(グレイン)一人に任せっぱなしにしていたことが、今回の無茶な独断専行を招く要因になったの! 私はすでに管理局の上層部に直接掛け合い、自警団の指揮系統を複数化する今回の提案を、直々に承認させて通してきました!」


 いつもなら淡々と理論を並べるはずのミレアだが、ここまで感情を剥き出しにして語気を荒げるのは……思い直せばここ数日ずっとのことだった。

 レタリアは隣の席でそれを黙って見つめる。今のミレアに下手に口を挟むほど、レタリアも空気が読めないわけではない。


「平時であれば、グレイン隊長一人の統率でも問題は起きないでしょう。ですが、今回のような緊急事態においては、指揮官の補佐、および不在時の代理権限を持つ人間がどうしても必要です」


 ふぅ、と小さく息を吐き、いつもの落ち着きを取り戻したトーンに戻って話を続けるミレア。その正論に、ぐうの音も出ない団員たちが静まり返る中、一人だけ空気を読まずに勢いよく手を挙げる者がいた。


「はいはーい! 私、私がやってもいいですよーーーっ! 副隊長ステシア、悪くない響きです!」


 元気よくアピールするステシア。しかし、その瞬間にレッタやアランド、そして周囲の年長団員たちから「お前がやったら組織が崩壊する」と言わんばかりの冷たい視線が一斉に突き刺さり、ステシアは「うへぇ」と声を漏らして即座に小さくなった。


「私はね――」


 ミレアは一度言葉を区切ると、視線を円卓の端へと向けた。


「一時は、レタリアにその大任を務めてもらうのが最も合理的だ、と思ったこともあります」


「――へっ?」


 不意に名前を呼ばれ、レタリアは端正な顔をマヌケに歪めて声を上げた。


「ですが、彼女はあくまで外部の協力者であり、フリーランサー。……したがって、副隊長の選出は、あくまでこの自警団の生え抜きの内部メンバーの中から行います」


 ミレアの視線が、再び確定的な軌道を描いて二人の人物へと向けられた。

 それは、イーサン、そしてメリー。


「あははは……。やっぱり、そうなっちゃうわよね……」


 メリーは完全に諦めたような、困り果てた苦笑いを浮かべて頬を引きつらせる。その隣でイーサンもまた、観念したように大きな溜息を吐き出した。


「もし他に『我こそは適任だ』と名乗り出る者がいる、あるいはグレイン隊長が復帰した後に相談の上で変更したいというのであれば、後から変えていただいても結構です。ですが――現状の緊急体制としては、そのお二人に副隊長として団を引っ張ってもらいます」


 ミレアが端末の決定書を机に叩きつけるようにして提示する。

 その正論と、何よりも彼女の背後に渦巻く圧倒的な怒りのオーラを前にして、異を唱えられる者は、会議室には誰一人として存在しなかった。

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