59話:――大いなる感謝を。
「『グラーヴ・アークス』――ッ!!」
レタリアの魂の絶叫が、真空の宇宙を震わせる錯覚を全天に轟かせた。
アーデンの右腕から解き放たれた極大のエネルギー刃は、眩い純白の輝きから、猛る劫火のような深紅へ、そして空間そのものを凍てつかせるかのような、底知れぬ蒼穹の青へとフォトンの奔流とともにその色彩を目まぐるしく変えていく。それはまさに、一人の少女の激情が紡ぎ出した、世界の理を書き換える裁きの光だった。
禍々しき魔神『レストフル』へ断頭の光刃がその赤黒い巨躯へと深く、深く喰い込んでいく激動の中、巨神の装甲が超高圧のエネルギーに耐え切れず爆飛する。
弾け飛んだ重装甲の破片は、超高速の弾丸と化してアーデンへと容赦なく降り注いだ。悍ましい金属音がコックピットを揺るがし、紫紺の装甲に深い傷跡を、損壊を刻み込んでいく。
しかし、レタリアは、その限界駆動を続ける両腕の力を決して緩めることはなかった。
「うあああああああぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
もはや雄たけびとも言える彼女の声に応えるように、アーデンのジェネレーターが限界を超え、光を増幅させていく。青きフォトンの刃がレストフルのコアを完全に捉え、その絶対的なエネルギーの渦が、赤黒い巨神の全身を原子レベルで破砕し、分解していった。
崩壊の最中、光の海の向こうから、あの透き通った中性的な声が、どこか満足げな響きを伴ってレタリアの脳裏に流れ込んできた。
『――ルネクトプロトコル、最終シーケンス。……感応ユニット「アーデン」の完全なる完成とともに、本プロジェクトの全行程を完遂。……これより、すべてのシステムを終結する――』
『――大いなる感謝を。……愛しき被検体、「レタリア」――』
その呪わしい声が光の爆炎の中に完全に掻き消えると同時に、あの圧倒的な質量を誇っていた赤黒い巨神の姿は、光の塵となって宇宙の深淵へと完全に霧散した。
……あとに残されたのは、耳が痛くなるほどの、圧倒的な静寂。
すべての光の嵐が止み、常闇の宇宙が静かに戦域を包み込んでいく。
レタリアは、激しい過呼吸のなかで乱れる息を整えながら、急激に冷え切っていく自らの魔力の感覚を頼りに、ある一つの気配を必死に感じ取ろうとした。
「……グレイン……!」
自らの盾となり、直撃を身代わりとなって受け止めた、あの原型すら留めていないほどに損傷したシュエルの姿を探す。グレインは、彼はまだ生きているのか。
「――そこに、いますのね!」
レストフルが最期に放った大爆発の余波により、シュエルの無残な残骸は、すでに戦域の彼方へと激しく吹き飛ばされていた。しかし、レタリアの鋭敏な感覚は捉えていた。不規則に漂う巨大な岩礁の傍らに、辛うじて姿勢制御を失ったまま浮遊している、焦げ付いたコックピットブロックの姿を。
『……ふぅ、どうやら、くたばり損ねてしまったようだな……』
共有回線から、ひどいノイズ混じりの音声が聞こえてきた。グレインだ。その声には隠しきれない極限の疲労と苦痛が混じっていたが、力強い声だった。
『無事で何よりだ。大した男だよ、お前はな』
二人のやり取りを見届け、周囲の警戒を続けていたイーサンの機体『リバスト』が急速接近し、シュエルのコックピットブロックをその頑丈な腕で慎重に回収した。
『俺の長い自警団人生でも、ここまで無茶をしたことはあまりなかったが……。命拾いしたよ。……だが、当のお嬢の方も、随分とボロボロの様子だな』
イーサンがリバストのメインカメラを向け、アーデンの全体像をディスプレイに映し出す。
『気づいているか、レタリア嬢? 君のアーデン、右腕が根元から綺麗に無くなっているぞ』
「――へ?」
言われて初めて、レタリアは自機のステータスモニターと、外部カメラの映像を交互に確認した。
イーサンの言葉通り、最大出力を叩き出したはずのアーデンの右腕は、肩の関節から先が武器ごと完全に消失していた。さらに、左足の駆動関節からも痛々しい火花が散り、装甲が大きく引き裂かれている。
これまで、一度たりとも敵の被弾を許さなかったアーデンが、ここにきて初めて、見るも無残な大ダメージをその身に受けていたのだ。
右腕の消失は、間違いなく先ほどの追加兵器『グラーヴ・アークス』の絶大な余波と、レストフル崩壊のエネルギーに耐え切れなかったためだろう。だが、左足の深刻なダメージについては、彼女自身、あの極限の戦闘の中でいつ受けたものなのか、全く気づいていなかった。それほどまでに、彼女の精神は限界を超えて研ぎ澄まされていたのだ。
「あら、あらあら……? わたくしの、最高に美しいアーデンが、このように痛々しく……」
レタリアは呆然と呟きながらも、どこかやり切ったような清々しさを感じていた。そんな彼女の様子を見て、グレインが回収されたブロックの中から、少しだけ呆れたような声をかける。
『……それに引き換え、あんたは随分と元気そうだな、イーサン』
シュエルとアーデンが満身創痍であるのに対し、イーサンの駆るリバストは、全身がミサイルの迎撃による硝煙で黒く焦げ付いてはいるものの、致命的なフレームの歪みやパーツの欠損はどこにも見当たらなかった。自警団トップの実力者は、伊達ではない。
『これでも運が良かっただけさ。正直、あの化け物の砲撃を間近で見せられた時は、生きた心地がしなかったからな。背中の冷や汗がまだ止まらんよ』
『それに――。ヤツに決定打を与えられたのはレタリア嬢、君だけだった』
イーサンはそう言って、リバストの手を緩めることなく、帰還の針路をセルディアへと向けた。
『兎に角、用は済んだ。……全員で戻るか』
グレインの静かな先導の言葉に、レタリアとイーサンが深く頷く。
アーデンは残された片足のスラスターを慎重に噴射し、バランスを取りながら、リバストの伴走に遅れじとついていく。
戦闘の興奮が完全に収まり、頭脳が冷えていくにつれて、レタリアの脳裏には、セルディアのハンガーで帰りを待っているであろう「女性」の顔が浮かんできた。
「……それにしても、グレイン。これだけの騒ぎを起こして、おまけに『シュエル』を失ったのですから」
レタリアはコックピットの中で、困ったように眉をひそめ、けれどどこか楽しげに口を開いた。
「ミレア、今回は絶対に、ものすごい剣幕でお怒りになっていますわよ?」
その言葉に、イーサンの腕に抱えられたグレインは、目に見えないコックピットの中で、ただただ観念したように肩をすくめることしかできなかった。
暗い宇宙の向こう、彼らの帰りを待っていた自警団達のルードとセルディアの光が、三機を迎え入れるように微かに輝き始めていた。




