58話:我がレタリア・アーデニアムが、その傲慢をここで裁きますわ!
禍々しき巨神にして無慈悲なる魔神『レストフル』へと、紫紺のアーデンが猛然と星の海を突き進む。
適合率の異常な跳ね上がりにより、レタリアの金色の瞳には世界が過酷なまでにクリアに映り出されていた。レストフルがその致命的な光条を放つよりも早く、その巨体の各部から一斉に複数の「影」が飛び出すのを、彼女の網膜は確かに捉えた。
「――見えておりますわ!」
レタリアの叫びと共に、アーデンが極限の制動で身を翻す。一切の無駄を削ぎ落とした最短の軌道で放たれた鋼鉄の拳が、迫りくる影の一つを正面から爆砕した。
火花を散らし、胴体を粉砕されて力なく闇へと沈んでいくのは、これまで幾度となくレタリア達を脅かしてきたあの『無人機』だ。レタリアはその残骸を一瞥もせず、ただ前だけを見据えて加速する。
だが、さらに十数機もの無人機がレストフルの装甲の隙間から這い出してきた。
一方は質量兵器を携えて接近戦を挑み、一方はマシンガンやガトリングの凶悪な弾幕を撒き散らし、また一方は精密なフォトンライフルとミサイルの嵐を浴びせてくる。あらゆる射線と殺意が、突入する三機へと集中した。
しかし、今の前線に立つ者たちは、その程度の包囲網で足を止めるタマではなかった。
激情に身を委ねながらも人外の動きを魅せるレタリア。そして、肉体の限界を超えてシュエルを狂気的な高機動で御するグレイン。さらには自警団ナンバーワンの実力を誇るイーサン。歴戦の闘士たちは、襲いかかる無人機の猛攻を呼吸をするかのように平然と裁き、逆に一機また一機と確実にスクラップへと変えていく。
「貴方がわたくしを謀り、愚弄したこと!」
アーデンが宙返りの遠心力を乗せ、迫る無人機の脳門へ向けて苛烈なかかと落としを叩き込む。装甲を引き裂き、ジェネレーターまで一気に貫かれた機体が光となって沈黙した。
そのすぐ横を、頭部を失ったグレインのシュエルが並走する。一瞬の交錯の間に、シュエルのフォトンセイバーが別の無人機を流麗な一閃で両断した。
「それはわたくしの寛大で海より深い心で、特別に許して差し上げましょう!」
激しい爆風の中をアーデンが駆ける。レタリアは次に待ち構えていた重武装機が放つ両腕のマシンガンの豪雨を、ジグザグの機動で完璧にかいくぐり、瞬時に間合いを詰めた。アーデンの右腕から放たれたフォトンセイバーの光刃が敵の胸元を深く突き刺し、そのまま十字に引き裂く。
背後で爆散する炎を道標に、レタリアはさらにレストフルの喉元へと肉薄する。
殿を固めるイーサンのリバストは、押し寄せるミサイル群を頭部バルカンで正確に迎撃しつつ、腕部の実体ソードを敵のジェネレーターへと鋭く突き立てていた。爆発の余波をシールドで力強く受け流しながら、すぐさま次の敵へとライフルの容赦ない連射を浴びせていく。
「ですが――っ!」
アーデンが突進の勢いのまま、前方の一機の頭部を巨大なマニピュレーターで鷲掴みにした。そのまま力任せに振り回し、背後から迫っていたもう一機の無人機へと強烈に投げつける。
二機が激突し、姿勢を崩したその刹那、グレインのシュエルが放ったマシンガンの集中砲火がピンポイントでその交差点を撃ち抜いた。轟音と共に二機が同時に爆発四散する。
「その、弱き者たちを蹂躙した数々の蛮行、断じて許し難し!」
レタリアは叫びながら、立ち塞がる大型無人機の無骨な胴体へ向けて、魂の乗った回し蹴りを叩き込んだ。衝撃で大きくよろめいた大型機へ、左右からグレインとイーサンのフォトンセイバーが同時に突き刺さり、完全に機能を停止させる。
「――お覚悟、なさいませ!」
無人機の防壁を完全に突き破り、レタリアはついに赤黒い巨神『レストフル』の眼前にたどり着いた。
その瞬間、再びあの冷徹なシステム音声が、彼女の脳内に直接響き渡る。
『――「レタリア」、感応型ユニット「アーデン」への精神感応率:242%を確認。「ブラング」における共振型ユニット「ゾダン」への適合率36%を大幅に凌駕。……「アーデン」のシステムは完全な領域に達したと判断――』
声の終末と共に、レストフルの全身の砲門がまばゆい光を放ち、二度目の極大の光の嵐が吹き荒れた。
だが、すでに極限まで肉薄しているレタリアたちにとって、懐に入ってしまえば後は砲台の射線を読むだけの盤面だった。レタリア、そしてグレインも、相手の挙動から予測される死線を苦も無く紙一重で回避していく。
しかし、その光の幕を割って、予期せぬ無数の影が急速接近してきた。
「ミサイルか……!?」
イーサンの鋭い警戒の声が響く。それは通常のミサイルではなかった。速度ではなく、物理法則を無視したかのような「きわめて高い運動性」を有する、高機動型の対マキナ自衛ミサイル。迎撃を回避し、確実に標的を道連れにするために設定された、レストフル自身の自衛兵器だった。
無数の光の尾が、死角からレタリアのアーデンへと急速に迫る。
「行け、レタリア――ッ!」
イーサンのリバストが前に出た。頭部バルカンで正確に狙いをつけ、アーデンへ迫るミサイルの群れを眼前で次々と叩き落としていく。
その熱い叫びに触発されるように、レタリアはさらに操縦桿を引き絞り、レストフルへと深く踏み込んだ。
「受けなさい、フォトンセイバー――!」
レタリアの言葉と共に、アーデンの右腕から限界出力の光の刃が突き出された。それは、レストフルの赤黒い胸部装甲を確かに捉え、凄まじい火花を散らした。だが――。
(……届かない……!?)
手応えはあった。装甲を削り、確実なダメージを与えたはずだった。しかし、刃が深部まで届かない。巨神の駆動は止まらず、致命傷には程遠かった。
その刹那、レストフルの巨体が、これまで見せていた鈍重さを完全に嘲笑うかのような「凄まじい速度」で移動した。
残像すら残すバックステップ。これまでまともな機動を見せず、ただの巨大な固定砲台のように鎮座していた機体が、突如として次元の違う高機動を見せたのだ。
「……置物じゃ、ないってのかよ……!」
迫るミサイルを間一髪のマシンガン掃射で迎撃しながら、グレインが驚愕の声を漏らす。
瞬く間に距離を空けられてしまった。
◆
「来ます……!」
レタリアが叫んだ。それだけで十分だった。
三機から大きく距離を取ったレストフルが、その巨大な胸部を展開し、これまでとは比較にならない密度の、巨大な光の束を正面へと解き放った。宇宙を二つに引き裂くような絶対的な熱量が押し寄せる。
「くおぉぉぉぉっ!」
グレインとイーサンは、レタリアが事前に発した警告のおかげで、間一髪のところでその光から文字通り飛び退いた。
距離を取られたものの、まだ追いつける。
レタリアは無言のまま、アーデンの機体をレストフルへと傾けた。コクピットのトレースモードを限界を超えて引き上げる。
元々高い耐久力を持つレタリアの肉体と、それに適した最高規格の「ノーブル・ロータス」を着ていたとしても、今のアーデンからフィードバックされる精神的・肉体的負荷は、完全に異常な領域に達していた。ミシ、ミシと不穏な音が響き、レタリアのスーツの所々に強い負荷による亀裂が入り、白い煙が吹き出し始める。
「――魔の者よ!」
レタリアの激昂に呼応するように、アーデンの左腕の強化装甲が凄まじい風圧と負荷で弾け飛び、右足の関節部から激しい火花が散った。機体もまた、限界を迎えている。
「我がレタリア・アーデニアムが、その傲慢をここで裁きますわ!」
再度、レストフルへと突撃を敢行するアーデン。イーサンのリバストが放つ支援射撃が、無人機の壁を穿ち、レタリアのために唯一無二の進路を切り開く。
だが、弾幕の隙間を縫って、レタリアの背後から再び死角を突く高機動ミサイルが肉薄していた。
「――っ!?」
回避は間に合わない。レタリアが衝撃に備えたその瞬間、アーデンのすぐ傍らで凄まじい爆炎が炸裂した。
しかし、その爆炎を浴びて引き裂かれたのは、アーデンではなかった。
「グレイン……!」
視界に映り込んだのは、ボロボロになりながらもアーデンの盾となって身を挺した、グレインのシュエルだった。左腕を失い、頭部を失い、今の爆撃によって脚部の大半を吹き飛ばされ、最後の命を燃やしているシュエル。
それでも、機体はまだ辛うじて息をしていた。通信回線から、途切れ途切れの、だが確かな意思を持ったグレインの声が響く。
『……やれ……、レタリア……! お前なら……いける……!』
その言葉が、レタリアの胸の奥の最後の導火線に火をつけた。
グレインの覚悟、受け取った想い、即座に前を向き直した。レストフルの赤黒い巨体が、再び眼前に迫る。
その瞬間、レタリアの脳裏に、出撃前にミレアから告げられたあの言葉が鮮烈に蘇った。
(――レタリア、実はね、アーデンに一つだけ『新しい武器』を追加しておいたわ。そうね、これは……『切り札』。あなたのトレースモードのパターンに組み込んである。使い方は、フォトンセイバーと同じ。……起動の仕方はね――)
「――ミレア、しかと受け取りましたわ!」
レタリアの意思に反応し、アーデンの右腕のマニピュレーターに、これまでのフォトンセイバーとは比較にならないほどの、極大のフォトンエネルギーが収束し始めた。
それは、単なる光の剣ではない。空間そのものを圧壊させるかのような質量を持った、巨大な『光の断頭刃』。
全エネルギーを右腕に捧げ、アーデンがその巨大な光の刃を大きく振り上げる。
「打ち砕きなさい――『グラーヴ・アークス』――ッ!!」
レタリアの魂の叫びと共に振り下ろされた極大の光刃が、レストフルの赤黒い巨躯を真っ二つに切り裂いた。
直後、魔神の身体から、すべてを押し流すかのような圧倒的な破砕の光が解き放たれ、深淵の戦域を真っ白に染め上げていった。




