57話:この暗い星の海の中で、塵となるまで後悔しなさいな!
『ステシア――!』
メリーの引き裂かれるような悲鳴が宇宙に響き渡った。
直後、大穴の空いたフロードの巨体が、内部回路の暴走によって眩い白光の球体に包まれていく。
「ステシア……さん……?」
レタリアはアーデンのコックピットの中で、呆然と目の前の光景を見つめていた。
あまりにも一瞬の出来事。その瞬間、レタリアの内に眠る『魔力』の感覚に、かつてない強烈な異変が生じた。
世界が静止したかのようにクリアに視える。怒りと悲しみ、そして剥き出しの激情が引き金となり、自らの魂とアーデンのシステムが境界線を失っていく。四肢が機体のフレームへと溶け込み、己とマキナが完全に一体となる悍ましくも絶対的な感覚が、凄まじい濁流となって彼女の全神経を支配していった。
――だが、その爆炎のはるか後方から、一筋の高速な信号が飛来した。
自警団の識別コードだ。
『――遅くなってすまん。だが、結果的にそれが功を奏したようだな』
低く重厚な声が回線に割り込んでくる。
『曹長……!』
アランドの声に、レッタが絶望の淵から弾かれたように振り向く。
そこにいたのは、自警団の古参、イーサンの駆る重装機『リバスト』だった。その逞しい両腕には、フロードから爆発の寸前に射出された脱出ポッドが大切そうに抱えられていた。
『おいおい、あれは……拠点防衛用兵器か何かか? エスカドの規格で間違いないんだよな。あの企業の連中、戦争でも始めるつもりだったのか?』
イーサンはレストフルの巨体を睨み据えながら、素早くレッタとアランドを呼び寄せた。
『し、死んだかと思いました……。危なく、あの世の門を叩くところで……』
脱出ポッドの生命維持装置越しに、ステシアの弱々しい、けれど確かに生きている通信が入る。
『なんだよ……っ、生きてたのかよ、人騒がせな……っ!』
レッタの声が、一瞬にして安堵の涙混じりの怒声に変わった。
『もう……本当に、良かった……!』
メリーもまた、通信の向こうで完全に涙声になっていた。だが、イーサンのリバストはすでに冷静に次の布陣を敷いていた。
『ステシアはレッタ、お前に預ける。そしてお前たちは下がれ。メリー、お前もだ』
イーサンはリバストの巨腕を器用に動かし、ステシアの入った脱出ポッドを丁寧にレッタの機体へと手渡した。レッタは壊れ物を扱うように、大事に、しっかりとそれを抱え込んだ。
『待って、曹長! 私の機体の火力なら、アレに有効打を与えられるかも知れません!』
メリーの必死の食い下がりに、イーサンは冷静に事実と、それ以上の重要な任務を突きつけた。
『さっきのアレの砲撃を見た。あれの有効射程は、お前の機体の最大射程を遥かに凌駕している。真正面から狙われたら次はないぞ。……だが、お前の機体には火力ならある。残った団員をまとめて最終防衛ラインを形成し、そこに下がれ。俺たちがしくじったら、次はお前たちの仕事だ。……奴を撃ち抜く準備をしろ』
一分の隙もない、戦術家としての判断。
少しの重苦しい静寂の後、メリーはく、と唇を噛み締め、深く応じた。
『……分かりました。全機、撤退するわよ! 』
メリーの号令により、ステシアを抱えたレッタとアランド、そして周囲の隊員たちが一斉に反転。全速力でこの地獄の戦域からの退避を開始した。
赤黒い怪物――レストフルが、次の排除行動へ移るまで、あとわずか数秒。
『グレイン。お前もその満身創痍の機体だ、大人しく下がれ』
イーサンの言葉に、頭部を失ったシュエルのコックピットから、グレインは不敵な笑みを漏らした。
『できない相談だな、イーサン。この状況で、現役の隊長が背中を見せられるかよ』
二人のベテランが死線を見据える。
だが、その中心で、レタリアの中で渦巻く激情は、すでに周囲の誰の手にも負えない領域へと達していた。
「ふふ、ふふふふっ……!」
アーデンのコックピットに、レタリアの笑いが響き渡る。
だが、その声に宿る圧力は、今までとは次元が違っていた。ディスプレイの光に照らされたレタリアの瞳は、まるで燃え盛るかのような、鮮烈な金色の輝きを帯びている。アーデンの全システムが彼女の脳波と完全に同期し、機体のスラスターが紫紺の炎を狂ったように噴き上げた。
「グレイン、イーサン様。……やりますわよ。禍々しき魔神よ、わたくしは貴方を許すことが出来ません!」
レタリアはレストフルを正面から見据えた。
「わたくしの、大切な友を傷つけたこと――この暗い星の海の中で、塵となるまで後悔しなさいな!」
レタリアの怒りに応えるように、紫紺のマキナが、レストフルへ向けて猛然と突き進んだ。




