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36話:今日は疲れました、ゆっくり休んで差し上げますわよ

 静寂に支配されていたデブリ帯が、一瞬にして鉄と光が交錯する地獄へと変貌した。

 岩礁の影、デブリの裏側、そして肉眼では捉えきれない暗闇から、四つ足の小型自律兵器――その異質なシルエットが、推進剤の光を引いてアーデンたちへと襲いかかる。

 以前廃工場で見かけたあの小型機だ。


「不埒者!わたくしの目は誤魔化せませんわよ!」


 レタリアは叫びながら、スラスターを全開にした。

 先ほど頭の中に響いた謎の声が、彼女の警戒心を最大まで引き上げていた。

 彼女の神経をアーデンと深く同調させている。


『くそ、速すぎる! 捕捉できねえ!』

『うわああ! くるな、くるなああ!』


 仲間のフリーランサー達の声が響く。一機のマキナが、小型機の放った光の刃によって、盾ごと左腕を切り落とされた。

 バランスを崩し、出力の下がった機体を狙い、二機の小型機が同時に牙を剥く。


「させるもんですかーっ! 下がりなさいな、有象無象が!」


 レタリアのアーデンが、まるで空間を跳んだかのような加速を見せた。

 岩礁を蹴り、慣性を利用して鋭角に旋回。迫りくる小型機のど真ん中へ、紫紺の機体が割って入る。


 レタリアはそのまま勢いに任せ、小型機にアーデンの脚部を突き刺した。

 凄まじい衝撃波と共に放たれた蹴りが、小型機の中心核を真っ向から粉砕する。爆炎がデブリ帯を照らし、バラバラになった鉄屑が宇宙に散った。


「一機! さあ、次はどなたですの!?」


『助かる、お嬢! 全機、一度退避しろ! 固まってちゃ的だぜ!』


 ゼインの鋭い指示が飛ぶ。彼は複座式の機体を巧みに操り、戦場を俯瞰していた。


『ファル、右15度! 岩の裏に潜んでる奴を炙り出せ! 火器管制、全部預けるぜ!』


『了解! 親方は操縦に専念して! マルチロック、全門開放!』


 ファルの叫びと共に、ゼインの機体から無数のミサイルが放たれた。デブリを縫うように走る光の尾が、岩礁の影に潜んでいた二機の小型機を正確に捉える。爆発の衝撃で姿勢を崩した敵機に対し、ゼインはフォトンライフルを連射した。


『一丁上がりだ!』


 ゼインとファルの息の合った連携により、さらに二機が沈む。

 だが、残る敵機はさらに速度を上げ、変幻自在な軌道でレタリアたちを翻弄し始めた。デブリ帯という複雑な地形を味方につけ、死角から光の刃を突き立てようとする。


「ちょこまかと……!」


 レタリアは気配を追った、アーデンに迫る感覚――


(……そこですわ!)


 レタリアは機体を強引に反転させた。

 アーデンの拳が繰り出される。

 そこに突っ込んできていた小型機に拳が激突した。


 拳が小型機の胴体を捉える、そのまま背後の巨大な岩礁へと叩きつける。岩が砕け、小型機は原形を留めぬほどに潰れた。


「動きは速いですが、わたくしには及びませんわよ!」


 レタリアの獅子奮迅の活躍に、離脱を開始していたフリーランサーたちからも驚愕の声が上がる。

 残りの小型機も、ゼインの冷静な追撃と、仲間のフリーランサーたちが放った射撃によって、次々と沈黙していった。


 やがて、宙域には静寂が戻ってきた。


『……ふぅ、追ってくるやつはいないな。とりあえず、これ以上の調査は無理だ。一度セルディアへ引き返すぞ』


 ゼインが安堵の溜息を漏らす。

 レタリアはアーデンのハッチ越しに、静まり返ったデブリ帯を見つめた。敵は全滅した。だが、勝利の余韻よりも、あの「声」の正体が彼女の胸をざわつかせていた。


◆◆◆


 数時間後、セルディア宇宙自治区のハンガーは、帰還した機体と整備士たちの怒号で活気づいていた。

 レタリアは、機体を整備班に預け、足早にミレアのラボへと向かった。


「ミレア、ただいま戻りましたわ」


「おかえりなさい。自警団のホットラインから聞いてるわ。またあの小型機が出たそうね」


 ミレアは椅子を回転させ、神妙な表情でレタリアを迎えた。彼女の背後のモニターには、既にアーデンから転送された戦闘データが解析されていた。


「ミレア……あの時――戦闘の直前、不思議な通信がありました」


「不思議な通信……?」


 ミレアの眉がぴくりと動く。彼女は無言で端末を操作し、アーデンの通信ログを再確認した。


「……おかしいわね。アーデンの記録を確認したけれど、確かにその時刻、強力な広域電磁ノイズが記録されているわ。でも、外部からの受信ログは一切残っていない。音声データも、パケットの痕跡すらね」


「そんな……! でも、わたくしは確かに聞いたのですわ! 『危険が潜んでいる、警戒しろ』と……」


「……わかっているわ、レタリア。もしかすると、それが通常の電波による通信ではない可能性が高いってことよ」


 ミレアは顎に手を当て、考え込むように視線を落とした。


(アーデンに搭載された未知のブラックボックスが、彼女の脳波に直接干渉したのか……。何者かが彼女を選んで接触してきたのかもしれないわね)


 黙って考えるミレアを見たレタリアは不安を感じていた。


「今はまだ、推測の域を出ないわね。もう少し詳しくデータを洗ってみるから、あなたは今日、もう自室に戻って休みなさい。……いい、レタリア。あなたはよくやったわ」


 ミレアの珍しく優しい言葉に、レタリアは「……承知いたしましたわ。今日は疲れました、ゆっくり休んで差し上げますわよ」と、いつもの強気な笑みを浮かべてみせた。


 自室に戻ったレタリアは、服を脱ぎ捨ててベッドに身を沈めた。

 目を閉じると、暗闇の中にアーデンと、漆黒の宇宙が浮かび上がる。


(……一体何だったのかしら……)


 答えの出ない疑問を抱えたまま、レタリアは深い眠りへと落ちていった。

 嵐は徐々に、迫りつつあった。

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