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24話:当然ですわ。わたくし、これでも公爵令嬢ですから!

 中継ステーション「クラネア」のドックは、常に金属が擦れる音と、重油の焼けた匂いに包まれていた。

 愛機アーデンを専用のハンガーへ固定し、ようやく一息つこうとしたレタリアのブレスレットが、またしても小刻みに震えた。


『レタリア、聞こえるかしら?』


 通信の主は、言わずもがなミレア・イチノセだ。


「……ミレア。なんですの、わたくしは今からこの未知の地を視察しに行こうとしているところですわよ」


『分かっているわ。だから言っておくけれど、その格好でステーションを歩き回るのはおよしなさい。パイロットスーツでは動きづらいし目立つわよ。

 ……まずはレンタルスペースを借りて、私服に着替えなさい。いいわね?』


 画面越しのミレアは、有無を言わせぬ事務的な口調で指示を飛ばす。


「着替え……、確かにセルディアでは私服でしたわね……」


『そういうこと、ここも同じよ。分かるわよね?』


「……。おーっほっほっほ! わたくしを子供扱いしないでいただきたいわ! ……まあ、宜しくてよ」


 少し唇を尖らせつつも、レタリアは渋々と指示に従った。

 いつの間にやらミレアが手配していたレンタルスペースにパイロットスーツを置き、私服に着替える。

 セルディアで生活をしているときに着ている、『こちらの世界での装い』である。


「さあ、今度こそ視察ですわ!」


 ◆◆◆


 ゲートを潜り、クラネアの市街区へ足を踏み入れたレタリアは、その光景に思わず目を丸くした。

 セルディアが機能美と清潔さを重視した「管理された庭園」だとするならば、このクラネアは、あらゆる欲望と熱量が混ざり合った「混沌の坩堝」だった。


「まあ……。なんですの、この騒がしさは」


 交通の要所であるクラネアには、周辺のあらゆるステーションから物資と人間が集まってくる。

 頭上を見上げれば、巨大な磁気レールに吊るされたコンテナがひっきりなしに移動し、通路の脇では多脚型の作業用マキナが、火花を散らしながら配管の修理を行っている。

 立ち並ぶ店鋪の多くはマキナのパーツを扱うジャンク屋で、錆びついたギアや発光が弱まったセンサー類が、文字通り山積みになって売られていた。


「この鉄の塊が、あんなに優雅に動く機械の部品になりますの? 信じられませんわ……」


 レタリアは物珍しそうに、道行く人々を観察した。

 屈強な傭兵、油まみれのタオルを首に巻いた整備士、そして何処へ向かうとも知れぬ旅人たち。

 ふと視線を向けると、ステーションの中央広場には、クラネアの名物である『星読みの噴水』が見えた。噴水と言っても水が湧いているわけではなく、重力制御によって浮かされた無数の光る砂が、現在の天球図を描き出しているのだ。


「……少しは風情のある場所もあるようですわね」


 感心しながら歩みを進めるレタリアだったが、その美貌は、荒くれ者たちの多いこの街ではあまりに目立ちすぎた。


「おいおい、お嬢さん。見かけない顔だな」


 不意に、目の前を塞ぐようにして一人の男が立ちはだかった。

 派手な黄色いジャケットを着た男は、レタリアを舐めるように眺め、笑みを浮かべる。


「良かったらお嬢さん、うちの店で働かないか? あんたみたいな極上がいれば、客が列をなすぜ」


「……なんですの、貴方は。わたくしは今、視察の最中ですの。道をお開けなさいな」


 レタリアは毅然とした態度で告げるが、男は「まあまあそう言わずにさあ」と、距離を詰めてきた。



 男が強引にレタリアの腕を掴もうとした、その時だった。


「――その方が困っておられますので、やめてあげてください」


 穏やかな女性の声。

 レタリアと男の間に、スッと滑り込むようにして一人の女性が現れた。


 エメラルドグリーンの、艶やかなセミロングストレート。

 穏やかそうな目つきと柔らかな笑み。

 女性は男が差し出した腕を、まるで行儀の悪い子供を窘めるように、しかし確かな力強さで受け流し、静かに外した。


「お姉さん、邪魔されちゃ困るよ」


「彼女は困っているようです。見ず知らずの方にそこまで距離を詰めるのはあまり良くないのでは?」


 女性は私服姿――落ち着いた色合いのシャツとスラックスという、一見すればどこにでもいる市民のような格好――だったが、揉め事で周囲の目を集めるのも良くないと判断したのか、その場を去っていった。


 レタリアは一つ溜息をつき、目の前の女性に向き直った。


「助かりましたわ。礼を言います」


「いえ、当然のことをしたまでです。……貴女のような方が一人で歩くには、ここは少し騒がしすぎますから」


 女性は優しく微笑んだ。非常に落ち着いた穏やかな立ち振る舞い、レタリアは不思議な感覚を覚えた。


「わたくしはレタリア・アーデニアムですわ。貴女のお名前は?」


「私はプリシラ。プリシラ・ハレヴィといいます。……少し、お疲れのようですね。もしよろしければ、近くに落ち着けるお店を知っているのですが、ご一緒にいかがですか?」


 本来なら、見知らぬ誘いに乗るようなレタリアではない。だが、プリシラから漂う高潔な気配が、彼女の警戒心を解いていた。


「……宜しくてよ。わたくしも、ちょうどこの地の食文化に触れてみようと思っていたところですわ」


 ◆◆◆


 案内されたのは、マーケットの喧騒から少し離れた、落ち着いた佇まいのカフェテラスだった。

 提供されたのは、合成肉ではない本物の野菜を使ったサンドイッチと、香りの高い紅茶。


 プリシラは対面に座り、穏やかにレタリアの様子を眺めていたが、ある瞬間、その目つきが微かに驚きに揺れた。


 レタリアの食事の所作。

 カップの持ち方、背筋の伸ばし方、そして一口ごとにナプキンを使う指先の動き。それは、この銀河の果てのステーションでは決して見ることのできない、極めて洗練された「貴族の作法」そのものだった。


「……レタリアさん。失礼ですが、貴女はどちらのご出身なのですか?」


「出身ですか、ええと……」


 異世界から来ました、等と言う事は出来ない、ミレア達にすら話をしていないのだ。


 その様子をみたプリシラは話しづらい事であると察した様だ。


「不躾な質問ごめんなさい、ただ貴女のその立ち振る舞い、一朝一夕で身に付くものではありません。とても、……育ちが良いのですね」


 プリシラの感嘆の言葉に、レタリアは当然だと言わんばかりに、澄ました顔で紅茶を一口啜った。


「あら、当然ですわ。わたくし、これでもアーデニアム家の公爵令嬢ですから」


 異世界から来ていることは伏せても公爵令嬢であることは口走ってしまう、それがレタリアである。


「……公爵、令嬢?」


 プリシラは一瞬、目を丸くして固まった。

 この宇宙時代において、「公爵」という称号は特定の特権階級にしか残っていない古臭い言葉だ。

 それを自称する目の前の少女。普通なら変な人として片付けるところだが、レタリアのその堂々たる姿には、嘘を感じさせない重みがあった。


 プリシラは無言でレタリアを見る、この少女の言動が嘘か誠か、それを測っているようにも見えた。


「面白い方ですね、レタリアさんは。貴女に会えて良かったわ」


「わたくしもですわプリシラさん」


 他愛のない会話。

 だが、その短い時間の中で、二人の間には不思議な紐帯が生まれ始めていた。


 日が傾き、ステーションの擬似夜景が灯り始める頃。

 二人はカフェの前で別れの挨拶を交わした。


「プリシラさん。今日は楽しかったですわよ。……貴女のような御方に出会えたこと、幸運でしたわ」


「ふふ、同感です。またどこかでお会い出来たら嬉しいわ」


 プリシラは丁寧に一礼し、雑踏の中へと消えていった。


 一人残されたレタリアは、夜風にスカートを揺らしながら、広大なステーションの灯りを見上げる。


 そろそろミレアの小言の通信が来る、そんな予感がしていた。

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