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23話:宜しくてよ、精進なさいな!

 レイダーとの交戦を終え、輸送船『アイリス号』を伴って中継ステーション「クラネア」への最終アプローチに入った頃。

 アーデンのコックピットに、聞き慣れた電子音が鳴り響いた。

 それは通常、管理局や自警団が使用する公的な回線とは異なる、極めて秘匿性の高い特殊周波数。


「あら? この回線は……」


『ごきげんよう、レタリア。初仕事の首尾はどうかしら?』


 モニターに映し出されたのは、いつものラボを背にしたミレア・イチノセの姿だった。


「ミ、ミレア!? なぜ直接通信を!?」


『アーデンにあなた専用に直通の暗号化回線を用意しておいたのよ』


 さらりと言ってのけるミレアに、レタリアは頬を引きつらせた。

 用意周到という言葉では足りない。これはつまり、四六時中自分の居場所と通信を把握されているということではないか。


「……ミレア。さては、わたくしの監視をしておりますわね? 一応はわたくしの監視は解かれた筈です。四六時中見張られているというのは、少々心外ですわ」


 不満を呈するレタリア。しかし、ミレアは全く動じることなく、母親が子供を諭すような声音で返した。


『心外だなんて。あなたをたった一人で宇宙に放り出して、もし迷子になったらどうするの?

 自分の現在地も分からなくなって、泣きながら助けを求めるレタリアを見捨てるわけにはいかないでしょう?

 あなたは一人で帰って来られるかしら?』


 ちょっと意地悪な言い方にも思えるミレアの口調。


「そ、それは……」


 レタリアの言葉が詰まる。

 このステーション構造の複雑さ、そして広大な宇宙の航路。未だに「マップ」の操作すら覚束ない部分がある今の自分に、完璧に自力で帰還できる自信があるかと問われれば、答えは窮する。


「……う。おーっほっほ! わたくしに不可能などありませんわ! ……ありませんけれど、まあ、道案内があるに越したことはありませんわね」


『いい子ね。安心なさい、アーデンにも、あなたの腕のブレスレットにも発信機は仕込んであるわ。何かあれば、補助してあげる』


「ブレスレットにまで……」


 レタリアは苦い顔をしながらも、了承せざるを得なかった。

 監視なのかお節介なのか、判断に困るのだった。


 ◆◆◆


 アイリス号がクラネアの第8ドックに接舷し、アーデンをハンガーに固定する。

 ハッチを開け、タラップを降りたレタリアを待っていたのは、安堵の表情を浮かべたアイリス号の船長と、先に機体を降りていたゼイン、ファルの二人だった。


「アーデニアムさん、本当にありがとうございました! あなたのような腕利きの護衛がいなければ、今頃鉱石は身ぐるみ剥がされていた。これはお礼です」


 依頼主から報酬の電子チップと、ささやかな謝礼品を受け取る。レタリアは淑女の微笑みを湛えてそれを受け取った。


「当然のことをしたまでですわ。わたくし、レタリア・アーデニアムの名に懸けて、依頼は完璧に遂行いたしますの」


 依頼主が去った後、ゼインが長い足を投げ出してコンテナに腰掛け、レタリアをまじまじと見つめた。


「しかし、近くで見ると凄まじいな。その……『パイロットスーツ』。まるでお姫様だ」


 ゼインはレタリアが身に纏う『ノーブル・ロータス』を感心したように眺める。


「わたくしはお姫様ではありませんわ。ですが誉め言葉として受け取っておきましょう」


 ファルもまた、まだ興奮が冷めやらぬ様子でレタリアに歩み寄る。


「……正直、最初はただの悪趣味な衣装だと思ってた。でも、さっきの動きを見せられたらね……。あんな無茶苦茶な機動、普通のスーツじゃパイロットが死んじゃう。

 それだけの性能があるってこと、認めざるを得ないわ」


 ファルは悔しそうにしながらも、その瞳にはレタリアへの純粋な好奇心が宿っていた。ゼインがレタリアを労うように肩をすくめる。


「よくやってくれた、お嬢さん。おかげで俺たちの取り分も減らずに済んだ。……ところで、一つ聞いてもいいか?」


「何かしら?」


「どうやって、あんな風に機体を動かしてたのよ!」


 ファルが食い気味に尋ねる。


「あんなに宙域を素早く、鋭く動くことなんて並みの腕前では不可能よ。そのテクニックを教えて」


 レタリアは少し考え、身振り手振りを交えて説明を始めた。


「テクニック、と言われると難しいですわね。わたくしはただ、こう、機体の感覚を自分と一体化させて……『とれーすもーど』というのでしたかしら? それを最大にして、思い描いた通りに体を動かしているだけですわ」


 右手を突き出し、空を斬るような動作。

「敵の弾を避けたいと思って体を動かしますの。そうすると機体がわたくしの思った通りに動く……分かりますかしら?」


 その言葉を聞いた瞬間、ファルは口を半開きにして絶句した。ゼインもまた、目を見開いて硬直する。


「……お嬢さん、今、なんて言った? 『トレースモード』、だと?」


「ええ、そうですわよ。少しばかり負荷が強いですが、まあ耐えられないほどではありませんわ」


「……うそでしょ」


 ファルの声から力が抜けていく。

「人間業じゃないわ、そもそもマニュアル操作じゃないのならマネしようがないじゃない」


「何だか以前もそんなこと言われたような気がしますわ。でもわたくしはトレースモードしか使えませんわよ」


「参考にならないじゃない……全然、参考にならないわよ!」


 ファルはがっくりと肩を落として落胆した。自分が求めていた「技」の答えが、常人には不可能な身体能力による力押しだったのだから。

 しかし、ファルはすぐに顔を上げ、レタリアを指差した。


「でも、今は無理でも、いつかあんたみたいになってみせるわ。あんたはあたしの目標よ」


「おーっほっほっほ! わたくしに追いつくつもりですの? 宜しくてよ、精進なさいな!」


 高笑いするレタリアの横で、ゼインは一人、レタリアを見ながら目を細め考え込んでいた。


(……トレースモードであの動き。いくらあのスーツが特注の負荷軽減モデルだとしても、物理的な限界を超えてる。軍や企業が飼ってるとか言う噂の『強化人間』ってやつか?)


 ゼインは無精ひげを撫でながら、レタリアの正体について密かな疑念を深めていた。だが、それを口に出すほど無粋ではない。


「さて、仕事は終わりだ。俺たちは次の依頼がある。……またどこかの宙域で会おうぜ、お嬢さん。次のヤマでは飯でも奢らせてくれ」


「またね、レタリア! 今度は負けないんだから!」


「ええ、ごきげんよう。次もわたくしの華麗な活躍を見せて差し上げますわ!」


 手を振って別れるゼインとファル。彼らの背中を見送りながら、レタリアは初めての「仕事仲間」ができたような、不思議な高揚感を感じていた。


 さて。

 レタリアは一人、クラネアの広大な通路を見渡した。

 ミレアには「迷子になる」と馬鹿にされたが、ここはセルディアとはまた違う、やや喧騒と『鉄』を感じる異界の地。


「まずはこの場所を視察して差し上げますわ!」


 レタリアは未知の場所に期待を膨らませた。

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