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22話:分かればよろしいんですわ!

 セルディア宇宙居住区の外壁を抜けると、そこには音のない、しかし確かな悪意を孕んだ漆黒の虚空が広がっていた。


 愛機アーデンのコックピットに鎮座するレタリア・アーデニアムは、ソラの手によるドレス風パイロットスーツ『ノーブル・ロータス』の感触を確かめながら、不敵に口角を上げた 。

「……今回の依頼主は、民間輸送船『アイリス号』。希少鉱石の護衛任務ですわね」

 ミレアから回されたこの仕事は、レタリアにとって本格的なフリーランスとしての初陣に近い。

 これまでは自警団の演習や小規模な小競り合いが主だったが、今回は見知らぬ「プロ」の賞金稼ぎとチームを組むことになる。


『……おいおい、お出ましだぜ。噂の「暴走令嬢」様だ』

 通信回線に割り込んできたのは、ひどく耳に馴染む、それでいてどこか食えない響きを持った男の声だった。

 モニターに映し出されたのは、三十代半ばの男。整えられていない無精ひげに、無造作に束ねられた青い長髪。

 元商船乗りだというゼインは、その経歴を象徴するかのように、どこか世俗にまみれた、しかし油断のない眼差しをしていた。

 彼の搭乗機は、全身にいくつものセンサーユニットを増設した軽量型マキナ。

 まるで宇宙の深淵を覗き込む触角のような姿だ。


『ねえ親方、冗談でしょ。本当にこの「お嬢様」が自警団の精鋭と引き分けたっていうの?

 見てよあの服、ただのコスプレじゃない。あれって古代地球の服でしょ』


 ゼインの隣で通信画面を埋めたのは、レタリアよりやや歳下と思わしき少女、ファルだった。

 茶髪の三つ編みを激しく揺らし、レタリアを値踏みした視線を向けてくる。

 彼女の機体は、質実剛健な汎用型に大型の実弾ライフルとショルダーキャノンを装備した、いかにも「実利」を重んじる構成だった。


「な、なーにがコスプレですの! この装いはわたくしの誇り。そして、このアーデンと『ノーブル・ロータス』は、最新の機能美を体現したものですわよ!」


 レタリアは胸を張り、通信越しに言い返した。


『ははっ、元気があっていいじゃねえか。まあ、ファル。口を動かす前に手を動かせ。……お嬢さん、俺たちはプロだ。あんたがどこのどなただろうが、アイリス号を無事にクラネアまで送り届けりゃ、それで文句はねえ』


 ゼインが軽く笑い、アイリス号の出航を促した。


 移動中も、ファルの攻撃は止まらない。

『……ねえ。あんた、その機体、ただの骨董品でしょ? そんなボロで私の機体についてこられるの? 足手まといだけは勘弁してよね』


「ボロ、ですって……? わたくしのアーデンを、その辺の『まきな』と一緒にしないでいただきたいわ! この子はわたくしに応えてくれる、世界で唯一の……」


『はいはい、そういう設定ね。まあ、後ろで震えてなさいよ。親方の索敵があれば、敵が来る前に察知できるし、私が一発で仕留めてあげるから』


 ファルの生意気な言葉に、レタリアは奥歯を噛み締めた。かつての自分なら、ここで陰険な皮肉で応戦していただろう。


 しかし、ミレアやグレインたちの「甘やかさない優しさ」に触れてきた今の彼女は、単なる怒りよりも、実力で黙らせたいという高潔な欲求を抱いていた。


 ◆


 航路の半分を過ぎた頃、突如としてレタリアの感覚が違和を捉えた。


 魔力がアーデンから宇宙空間へと放出され、何者かの気配を察知した。


「……来ますわ」


『あ? 何がだよ、お嬢さん。センサーには何も……』


「あそこの岩に隠れて一機。……いえ、さらに奥にもう三機。潜伏していますわ!」


 レタリアが叫んだ直後、ゼインの機体のアラートがけたたましく鳴り響いた。


『……チッ! マジかよ、この距離で!? ファル、敵だ! デブリの影からレイダーどもが湧いてきやがった!』


『なっ……!? 親方のセンサーより先に気づくなんて、ありえない……!』


 ファルの驚愕を置き去りに、型落ちモデルのレイダー機が姿を現した。

 彼らはアイリス号を包囲するように扇状に展開し、獲物へと肉薄する。


『ファル、右を叩くぞ! お嬢さんはアイリス号の直衛に回……』


「いいえ、守りに入ってはいられませんわ! 攻撃こそが、最大の防御ですわよ!」


 レタリアはアーデンのスラスターを全開にした。トレースモードの激しいGが身体を襲うが、彼女の持つ頑強さと『ノーブル・ロータス』の負荷分散機能がそれをねじ伏せる。

 アーデンは漆黒の宇宙にダークパープルの残光を描き、物理法則を無視したような急加速で敵の陣形へと突っ込んだ。


「邪魔ですわ! ひれ伏しなさいな!」


 加速の勢いそのままに、アーデンの強化された脚部が先頭の敵機の胸部を蹴り抜いた。


 凄まじい衝撃波が真空の宇宙に伝わり、敵機は装甲をひしゃげさせて後方へと吹き飛ぶ。


『ちょっ……! 今の加速なんなの!? なんで無事なの!?』

 ファルの驚嘆の籠る通信を無視し、レタリアはさらに機体を翻した。

 残る三機がレタリアを包囲し、一斉に射撃を開始する。だが、レタリアには弾道が「見える」。


 正確には、敵が引き金を引く瞬間の感覚が、彼女に魔力によって伝えられてくる。


「当たりませんわ!あなた方の行動は手に取るように分かりますわ!」


 機体の加速に任せた強引な回避、無駄が大きいが速度がその無駄を帳消しにする。


 レタリアは右手のホルダーからフォトンセイバーを抜き放った。

「『ふぉとんせいばー』!」

 光の刃が暗闇を切り裂く。


 慌てて回避しようとしたもう一機の腕を、流れるような動作で斬り落とした。


『……これは驚いた、自警団の隠し玉って噂は本当かもな』

 ゼインの声から、これまでの軽薄さが消えていた。


 彼は即座に状況を判断し、支援へと回る。

『ファル! お嬢さんが作った隙を逃すな! 左の二機をやるぞ!』


『あ、う、うん! やってやるわよ!』

 ファルもまた、レタリアの圧倒的な戦闘に触発されたようにショルダーキャノンを放った。


 ゼインの誘導ミサイルが敵を追い詰め、ファルの砲弾がトドメを刺す。


 残るはリーダー格と思われる一機。


 レタリアはアーデンの出力を引き上げた。さらに増す強烈な負荷に耐えながら、レタリアは敵機に迫る。


「身の程を、思い知りなさいまし!」

 ダークパープルと金のラインが走るアーデンが放つ光の一閃。

 レイダー機の胴を二つに切り裂き、数拍の間の後に眩い閃光を散らした。

 鮮やかな爆発の光がレタリアの瞳を照らす。


 ◆


 全てのレイダーが沈黙し、宙域に静寂が戻った。

 アイリス号は無傷。完璧な防衛だった。


『……いやはや。参ったね。お嬢さん、機体もだが、アンタも大したもんだ』

 ゼインの通信には、確かな敬意が込められていた。


 一方のファルは、しばらく言葉を失っていたが、やがて絞り出すように呟いた。


『……すごかった。あんなの、訓練でどうにかできるもんじゃない……。ねえ、レタリア。さっきの動き、後で教えてよ。……生意気言ったのは、謝るから』


 三編みをいじりながら視線を泳がせるファルに、レタリアはいつものように高笑いを返した。


「おーっほっほっほ! 分かればよろしいんですわ。わたくしに教えを請いたいというのであれば、考えて差し上げてもよろしくてよ?」

 高飛車な言葉。けれど、その声は以前のような刺々しさはなく、どこか晴れやかだった。

 以前は自分自身すら信じられなかったのに、今は誰かに驚かれ、認められ、頼られている。


 レタリア・アーデニアムは着実に前に歩み始めていた。


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