第七話 作戦はもう成功しているのだよ
俺たちはもう家の前まで来ており、後はこの家の扉を開けるだけだ。
この扉を開けてからが勝負だ。
日は燦々と俺たちの事を照らし続ける。
こんなにも緊張していて、ガチガチの俺を周囲に見せつけるかのように照らす。
「いくぞ、行くからな」
「分かったから、早く扉を開けなさい」
「ああ、ま、任せてくれ」
そして、俺はゆっくりと家の扉に手をかけ─────
「早くしろ」
後ろから彼女に押されて、全力で扉を開けてしまうのだった。
優しさなしの、冷たい声の背中を押されて俺は母さんと接触する。
「アインどうしたの!?そんなに急いでドアを開けて?」
結果的に焦っている感は出せたから良いのだが、一歩間違えたら作戦が全て台無しになるところだった。
しかし、ここからが大事だ。全力で演じきらなくては。
「母さん!た、大変だ!森におん、お、女の子が!!!」
発言を不安定にして、焦っている気持ちを前面に表す。
ついでに、たまたま倒れたのでそこから少し全身を揺らし、びっくりして必死に走ってきたように見せる。呼吸も少し上げておいて、それっぽくする。
後は、彼女の登場次第だ。
完璧とは言わずとも、この状況にあった登場をしてくれればいい。最悪、俺が全力で支援しよう。
きっと彼女なら、うまくやってくれるだろう。
「あ、あの」
彼女は、入り口からまるで生まれたての子鹿のような歩き方で入ってくる。
正しく、庇護欲をかき立てるような姿だ。
前髪も数秒前よりも少し伸ばしており目が少し隠れている、足の部分もさっきより骨が浮き出ていて、食事を満足にとれていないのだろうということが見て取れる。
完璧に捨て子のような見た目になっていた。
姿形は自由に変えられるのか……。
「大丈夫!?こんなに汚れて、とりあえず川で体を洗っていきましょうか」
母さんは彼女に近寄り、心配しているようだった。
どうやら捨て子もしくは、可哀想な子に見せる事はできたようだ。
「アイン、この子を川まで連れて行ってくれる?」
「分かった」
作戦の第一段階は完了。
矛盾が発生する前に、一時撤退といこう。次の行動を、川で伝えよう。
「じゃあ、来てくれる?」
俺はそう言って、彼女に右手を出す。
俺に対しても気は許していないように、ビクビクとしながら俺に近づく。先ほど俺を押したとは思えないほどに人が変わっていた。
「は、はい」
その右手に彼女は、ゆっくりと自分の手を乗せる。
その右手をしっかりと握り──
「いってきます」
と、俺は家を出る。
バタリと、扉の閉まる音が鳴り俺の緊張状態もそれと同時に解除される
そして、少し進んだところで俺の右手が振り払われる。
「なんで手なんて出してくるのよ!気持ち悪い」
母さんの目がなくなった途端、罵声が飛んでくる。
「あの状況に乗じて欲望を解放したってこと!?私もしかして、川で襲われちゃうの!?」
どうやら、ひとりでに話が進んでいっているようだ。
なんだよ、欲望を解放って。俺は、獣か何かなのか。
「ほら、この後なんだが」
「え、無視?」
「なんだ、気にしてほしかったのか?」
別に気にするほどのものでは無いと思ったのだが。
気にした方が、うれしかっただろうか?
「いや、別に何でも無いわ」
「お前がそう言うのなら良いんだが……」
良いのだろうか?
まあ、いいか。本人がいいって言ってんだから、気にしなくて。
「とりあえず、川に入った事を証明するために体を濡らしておいてくれ」
「分かったわ」
彼女はそう言って、川に入り始める。
しかし、少し入ったところで止まってこちらを振り向いてきた。
「ねえ」
「なんだよ。あまり時間は無いぞ」
母さんが来たら大変だから、早く入ってほしいのだが。
なぜ、止まるんだ?
「この川、突然巨大なたこみたいなのが現れたりしないわよね」
何を言っているんだこいつは?
「いねぇよそんなの!早く行けや!」
「はいはい」
川の真ん中方へ行き、ピチャピチャと水をはねさせ体を濡らし始めた。
ちなみに、脱衣はしておりません。そんな展開を期待した人。残念だったな!
「何考えてるのアイツ……」
ボソリと、アイツがそう言ったのを俺を聞き逃さなかった。
「しかし、遠くで見ている分には絵になるんだよな」
プロの芸術家なら、きっと国の宝物庫に入れられるほどの名画が描けるだろう。
それほどにも、彼女がただ川で水浴びをしている姿は、いつまでも見ていたいと思うような美しさを漂わせていた。
俺は思ってないよ!!!
そんな事を思っていたら、彼女が戻ってきた。
全身が適度に濡れていて、川に入って事の証明には問題ないだろう。
今思ったが、彼女彼女って面倒くさいな。
「なあ」
「なに?少し寒いから体を拭きたいんだけど」
確かにそうだな。
夏でも濡れたままだと風邪を引いてしまう。
「ああ、すまない。タオルを持ってきてなかった」
「はあ?ほんとに言ってるの?」
「悪かったな。話は帰りながらで良いから」
「……分かったわ」
彼女は、少し俺を睨んだあと承諾の意を示した。
すご~く嫌そうな目をされた。少し傷つくな。
彼女を拭くためのタオルを取るために、俺たちは帰路についた。
5分もあれば着くだろう。
「それで、気になったんだが」
「なに?お前ごときに感覚なんて贅沢なものあるのかって?」
いや、そんなことじゃなんだが。
っていうか、何だよそのキャラクター。俺そんな人格じゃないぞ。
違う、こんな話じゃない。
話が、違う方向に進んでいく。
「そんなんじゃなくて、お前の名前だよ」
「名前?」
「ああ、ずっとお前とかこいつじゃわかりにくいだろ」
「まあ、そうね。私の名前は………………ゼンでいいわ」
彼女は、少し間を置き『ゼン』と名乗った。
平坦で抑揚のない、川の水のように冷めた声で名乗った。
ゼンか。
うん、良い名前だな。
「分かった。ゼン、この後も頑張るぞ」
俺はそう言って、ゼンに右手を出す。
固い握手を交わしたいのだが……。
「え、また手がつなぎたいの?きも」
「違うわ!結束の表れ的な握手だよ。ほら」
「ふーん、ま、いいか」
どうやら、納得はしてくれたようだ。
というか、何?コイツ一回一回俺を馬鹿にしないと会話できないの?
そこで固い握手を交わす。
決意とか決断とかそんな感じことを二人に、刻み込むために。
握手を一瞬だけ交わし、ゼンは手を払う。
「これでいいわね。なら、終わり。寒いから早く帰りましょう」
「そうだな、少し急ごう」
いくら今の時期は然程寒くないと言っても、濡れていては体温を奪われてしまう。
川に連れて行って、ゼンに風邪をひかせました、なんてことになったら、母さんに怒られる。
「走れるか?」
「もちろん。アンタより速い自信があるわ」
面白い事を言うじゃないか。
俺より速いだって?やはり、冗談は得意じゃないな。
家は見えているが、足の速さの対決ぐらいなら問題ない距離だろう。
「ふざけたことを言うじゃないか、家まで競争だ」
「ふん!アンタごときに負けないわ」
互いに試合の一言を終え、隣に並び止まる。
ゼンは足首を回し、俺は体を伸ばす。
「準備はいい?」
「ああ、問題ない」
そうして俺たちは、各々の姿勢をつくる。
「準備は良いわね。よーい」
どん、と言う直前で俺はある事を思い出す。
ゼンは人間ではない。この見た目は作り物であり、筋肉や肺などは実際のところ彼女の能力に全く関係が無い。だから、人間とは思えない力があること。
そして、俺は自分の事を未だに強靱で、きつい訓練を乗り越えてきた兵士だと思い込んでいることに。
「ちょまっ」
「どん!!!」
俺の制止はゼンには届かず、試合は無慈悲に開始される。
最初は拮抗──ではなく。
砂埃をあげ、地を駆けるゼンに俺は圧倒的な差をつけられていた。
「初速であの速度かよ!」
さっき思った通り、人間の速度ではなく化け物とかの速度だ。
俺も全力で走っているのに俺が亀のように遅く感じる。
とりあえず、俺も家までは走ったがゼンが到着してからしばらく経っていた。
こいつと張り合っていた数分前の自分を俺はきっと許さない。
「おっそ!!なにが、ふざけた事をいうじゃないか、よ。めちゃくちゃアンタ遅いじゃない」
「ちがう!俺が遅いんじゃない。お前が速すぎるんだ!何だよあの速度、反則だろ!!」
実に見苦しいが、あれには文句の一つや二つ言ってやりたくなるだろう。
おそらくアイツは、分かってて言ってたよな。なんて奴だ。
ゼンを信じるだけ無駄、と言う事なのだろうか。
「しょうがない、俺の負けを認めよう。だから、家に入るぞ。」
「ええ。タオル、早く持ってきてね」
「お前場所分かるだろ」
「なんで私が知ってんのよ」
俺の記憶を読んだんだ。
家の間取りぐらい知っていたもおかしくないだろう。
「確かに~。言われてみれば分かるわ」
ほんとに分かるんだ。結構テキトーに言ったんだけど……。
もう把握してるんだ。
「それに、お前が朝食中に家の散策をしていたことも把握しています」
「え……。マジ?」
「うん。マジ」
コイツが、こそこそ家の中を回っていることを気配から察していた。
それに、扉が不自然に少しだけ空いていたからな。
「ほら、濡れたままで良いからお前も来い」
「拒否権がないような状態での誘導……。恐ろしいわ……」
一体何を想像しているのだか。
アイツに俺が常に獣にでも見えているのか?
と、そんなやりとりもして俺たちは、家の中に入る。
台所からは良い匂いがいており、ゼンのための食事を作っているようだ。
「じゃ、俺はタオル取ってくるから」
そう言って、俺はすぐそこの部屋からタオルを取り出す。
お風呂のような高級な部屋はないので、タオルの使用頻度は低そうに見えるが、体を拭くときや
緊急時に止血に使える。万能とまでは言わないが、使い道はある物だ。
「はい」
俺は、ゼンにタオルを投げる。
「あ……ありがと……」
そのタオルをたどたどしくお礼を言いながら、ゼンは受け取るのだが。
タオルを何事もなかったかのように、ゼンは片手で美しく受け取る。
どれだけ頑張ったところで、彼女の高貴なる血筋(笑)が彼女の行動を邪魔するらしい。
「あぁ?」
ゼンは恐ろしく低い声で唸る。
どうやら、心を読んでいたようだ。
母さんには聞こえていなかったが、こういった危ない行為はやめて貰いたい。
ばれたら、どうするつもりなんだか。
「あら、二人とも帰ってきてたの。ええと……」
「ゼンです」
母さんがなんで黙ったかを即座に読み取ると、彼女はそう答えた。
「そう、ゼンちゃんね。じゃあ、ゼンちゃん簡単なものだけどこれ食べて」
母さんはそう言って、さっきまで調理していたものを皿にのせて机に置く。
どうやらスクランブルエッグを作っていたようだ。
「えっと……その……ありがとうござ……」
ゼンは、とても小さな声でお礼を言う。
なんなら最後の方は聞き取れない。
「気にしないで、ほらどうぞ」
母さんに促されて、ゼンは机へと近寄りちょこんと座る。
そして、小さな口で必死に食べる。
きっと母さんから見たら、食事をしばらく食べられていなかったように見えるだろう。
しかし、実際のところ毎日飯は食べているので、飢餓とかではなくただの空腹だ。なので、この必死さは演技ではなく素である。なんだか見ていて悲しい気分になる。
「アイン、アナタので良いから服を取ってきてあげて」
分かった、と返事をして俺は、二階の自分の部屋へ向かう。
俺の服まで貸そうとしているということは、我が家に迎え入れようとしているのだろうか。
だったら良いのだが、もしも一時的なものだったらまだ策を講じなければいけない。
「今、俺がこうしている間にゼンがなにか話を進めていてくれたら良いのだが……」
それは望みすぎだろうか。
ゼンにそこまで完璧な交渉ができるとは、残念ながら思えない。
俺は、自分の部屋からゼンでも着られそうな服を取り、下へと戻る。
男の子用服しかないため男っぽいがまあ、誰もそこまでは気にしないだろう。
下に戻ると、ゼンと母さんが話していた。
会話を聞くとゼンの今までについて聞かれているらしい。
そこまで考えられていないので、ゼンはたどたどしく答えていた。
いつかボロが出そうだな。
俺は、その間に入りゼンを助けてやる。
会話に入ると、やはりどうしても続かないようであまり変な設定が付く前に俺は会話の主導権を自分に移すのだった。
ここまで見ていただきありがとうございました。
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それではまた次のお話で会いましょう。




