第十九話 騎士
静かにたたずむニーカさんを尻目に、俺たちは茂みに隠れる。
状況がつかめないため、意味があるか分からないが一応姿を隠しておく。
あそこでニーカさんが何をやっているのか。
どこに敵がいるのか。その敵の攻撃手段などは何かなどの場の情報を集めるのだ。
すると、突如小さな風の音がした。
した、と感じたときにはニーカさんの鎧に傷が増えていた。
まさか、今の一瞬で攻撃を加えたのか!?
俺の風が吹いていると感じたあれは、敵の攻撃から来た余波のようなものだったのか!?
俺は、あまりに驚愕的な事実に驚きを露わにする。
目視で見ることができず、攻撃だと思うことすらなかった。
ニーカさんは今、そんな『見えざる敵』と戦っているのか……。
そんな事を考えていると、ゼンが静かに俺によってくる。
「何が見えざる敵よ。馬鹿馬鹿しい。よく目をこらしなさい、アンタなら見えるはずよ」
ゼンは、それだけ言って離れていく。
極力会話はしたくないようだ。二人(俺たち以外にいると思われる人数だ)にばれないためだろうか?
ゼンに助言を受けた俺は、ニーカさんの周りをじっと見る。
どんな動きを見逃さないように、じっくりと。
しかし、俺が目をこらし始めてから互いに動きはなく。
ニーカさんは目と閉じたまま静かに佇み、敵の方はあの一回から全く攻撃をしない。敵が攻撃をしてくれないと、俺は発見することができないので困るのだが……。
残念な事に俺は敵の気配を捉え切れていないので、敵がどう動いているのか分からない。もしかしたらもう逃げているかもしれないし、俺たちの後ろにいるかもしれない。
まあ、ゼンがいるからどちらも分かるとは思うので、まだどこかにいるのだろう。
「─────」
ん?今、口元が動いた。
何か言った?しかし、何を?
そう思い、俺は引き続きニーカさんの周りを見つめる。
すると、敵が動いた───訳ではなく。ずっと立ったままだったニーカさんが右足を前に出した。
その動作の直後、ニーカさんは剣先を下にして刃を体の右外に向けるように構える。
それと同時に火花が散る。一瞬だけ火花が散り、すぐにまた何事もなかったかのように右足を戻し、またニーカさんは元に姿勢に戻った。
あの一瞬で俺は、敵の姿を見ることができた。
しかし、それよりもあの目で追うだけで大変な攻撃をニーカさんが気配だけで受け流したのに驚きを隠せない。
決して簡単な事じゃないだろう。
目で捉えることすらままならないような攻撃を気配だけで受け流して見せた。
ニーカさんがボロボロなのはてっきり劣勢に立たされているからだと思っていたが、どうやら違ったようだ。
彼女は今まで、ずっと敵に動きを感じていたのだ。
目を閉じて微細な振動を感じ取り動きを予測し続けた。
経験を積み続けたのだ。
その防御を皮切りに、敵の攻撃が激しくなる。
止まることを知らないかのような連撃が、ニーカさんを襲う。一瞬の瞬きすら許されない、濁流のような勢いで攻撃を行い始めた。
それをニーカさんは最小限の動きで防御する。
一歩二歩の範囲での移動にとどめて、剣の向きのみで確実にその攻撃を受け流す。
あの連撃を正面から受け止めていたら刃こぼれしてしまう。だから、彼女は受け流しているのだが……。
やろうと思うのと、それを実行することの間はとてつもなく遠いだ。
思うのは自由だが、それを行うのにはそれ相応の実力が伴う。
簡単に説明しているが、あれはニーカさんだからこそできている芸当だろう。
一瞬のみ火花を散らす戦いが、しばらく続く。
敵がムキになって攻撃しているわけではないと思うが、かなりの時間をかけてこの攻防は続いた。
目をこらして見ている俺ですら全く何が起こっているのか分からない、そんな超次元とでも言えるような戦いは、案外あっけなく終わった。
ニーカさんに対する攻撃が突如として停止する。
ピタリとやみ、それに合わせてニーカさんも元の姿勢に戻っている。何事なかったかのように涼しい顔をして、そこには最初に見たときを同じ光景が広がっている。
俺は、また何かが始まるのかと息を殺してその様子を見守る。
ゼンも余計なことはせず、静かに俺と一緒に見守っていた。
「はぁい」
すると、攻撃と同じように突如、女性の声がした。
いや、これだと少し誤解が生まれるな。まるで天の声的なそれに思われてしまう。
失礼。
俺の耳元で小さな声で話しかけられた。
俺は、驚きのあまり隠れていた草むらから出て行きそうになるが、すんでのところでなんとか止める。
がしかし、俺に声をかけた人物(確証はないが、おそらく人間だろう)に背中を押されて、俺は無様にも草むらから転がって出てくる。
そして、先ほどまで熱戦を繰り広げていたニーカさんの足下に転がって、止まる。
俺の気配を感じ取ったであろうニーカさんは、ゆっくりと目を開けてこちらを見据えた。
まるでゴミを見るような目───は言い過ぎだが、その瞳には優しさがなかった。
「見つめ合ってるところ悪いけどぉ、私の話聞いてもらえるかしらぁ?」
ゆったりとした口調で、優しさを前面に出したような人物が、俺が先ほどまでいた所から現れる。
ゆっくりと前進しながら、森の中から姿を現わした。
「飽きてきたから帰りたいんだけどぉ、いいですかぁ?」
その女性(個人的には女と呼び捨ててやりたい)は、なめ腐ったような口調で、聞いていてイライラする。
ゆったりと言うよりも、ねっとりという感じの話し方で和解の申請とでも言うのだろうか、そんな事を申請してきた。
「まあ別にぃ、アナタたちの許可は求めてないんだけどぉ。そこに邪魔な虫がまだ隠れているしぃ」
そう言って彼女は、視線を後ろの草むらに向ける。
そこにはゼンがいる。姿を出してはいないが、どうやらばれているようだ。
なぜばれているのかなんていう意味のない事は考えない。
彼女の強さから常人ではないことは分かりきっていた。それに、ゼンがあそこまで警戒していた相手だ。こちらの事を全て知っていても俺は驚かない。
「少しいいか」
「んん、いいよぉ。でも、少しだけだよぉ」
彼女からの攻撃の意志は感じない。
なので、俺はできる限り彼女を知ろうとした。
なぜだろう。
あれとは、俺は一生付き合っていかなければいけない気がした。
「単刀直入に。アナタは何者ですか?」
「そうだねぇ、何者かぁ」
彼女は、そう言って空を見上げる。
そこまで難しい質問ではないと思うのだが、盗賊とか旅人とかそんな平凡な者ではないだろう。それは、聞かなくても分かる。
それを踏まえて、俺は彼女に何者と聞いた。
どんな答えが返ってくるか分からないが、無駄ではないだろう。
「ううむぅ、あまりしゃべっちゃいけないしなぁ。そうだなぁ、決めたぁ!」
彼女は、俺の目を見た。
その翡翠の色のような透き通った瞳で俺を見る。
何もやましいことはないのに、謎の罪悪感に駆られる。
俺はなんてことをしてるんだ、と謎の感情の動きを感じる。
「私は─────『全てを知りし使者』とでも言っておきましゅう」
先ほどとは違い、語尾の伸ばさずにはっきりと、一言一句しっかりと彼女は己の紹介をする。
今までとは圧倒的に違う雰囲気を感じ取る。首筋がチリチリする。
「それじゃあぁ、質問には答えたしぃ。バーイ」
ひらりと手を振って、彼女はきびすを返して森に戻っておく。
引き留めようとしたが、もうその頃には彼女の姿を目視で確認することはできず。森の影に隠れてしまった。
少し物足りないが、致し方ない。
これでお別れのようだ。
俺はそう思い、家に帰ろうかなとそんな暢気な事を思う。
今の状況を彼女のせいで忘れてしまった。
「少年」
「ッ!」
俺は思い出した。俺が一体どこにいたのか。
俺が忘れていたことを─────
草むらの影に隠れて、頭に手を当てているゼンの姿が見えた気がした。
気のせいかもしれないが、きっと実際にやっているだろう。あの馬鹿、とでも思いながら。
☆☆☆
「あの馬鹿」
ゼンは、エリス・ニーカに捕まったアインを見て、そう溢した。
呆れ顔、それ以外に形容しようがない顔をしながら。
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それではまた次のお話で会いましょう。




