第十八話 流れた血
急いで街から出た俺たちは、ゼンを先頭に森に向かう。
ゼンは、あの気配を出した者を心情把握以外の方法で見つけているらしく、その方法について教えてはくれなかった。それぐらい教えてくれてもいい気もしたが、それは彼女の決めることなので、とやかく言わないことにした。
気配の発信者も分かっているようだが、教えてくれないのでこの辺りに関しては黙っておきたいらしい。
何が隠されているのか、どうせすぐに分かるだろう。彼女すら恐れる者の存在が。
幸い俺もゼンも見張りを潰しているので、活動に影響がない。
どれだけ速く走ってもそれを見ている者はいないし、ゼンが手から俺のカタナを出現させてもそれに付いて質問してくる奴はいない(この際言うと普通に置いてきた)。
そのおかげで、かなり順調に気配を出した人物に近づけているらしい。
あくまでゼンの言っていたことなので、断言するのはやめておこう。俺に本当か確認する術がないからな、その情報の裏がとれない。
それと今さらっと言ったが、俺のカタナは持ってきていないので、ゼンに作ってもらった。家から武器を持ち出す習慣が俺にはなかったので、どうしても忘れてしまう。
いや、今回は作ったと言うよりも、持ってきたという方が正しいだろう。今俺の腰にあるのは、家にあったカタナをゼンが呼んだものだ。自分の力が加わっているから呼べるそうだ。
なので、物体を転移させる力ではないらしい。
あくまで自分の物を持ってくるだけよ、とゼンは言っていた。
それでも十分すごい能力だ。
その能力のおかげで俺は、わざわざ家に戻らなくて済んだのだからな。
家に戻ると母さんへの説明や遠回りになってしまうので、その能力でもかなり役に立った。
道案内といい、これといいかなり世話になっているな。
ゼンなしでは、ここまで順調に進まなかっただろう。
盗賊の討伐も熊との戦闘も、どれもゼンがいてこそできた事だ。俺だけでは、到底できないだろう。
ゼンの背中を見ながら、俺はそんな事を考える。
前世では、ここまで積極的の共に動かなかったし、動こうともしなかった。前世の俺は、全ての行動が後からだった。常に後攻だ。
そのせいで俺は何も守れなかったし、守る為に動けなかった。
それが今回では、ゼンと俺の記憶で先手を打てている。それも順調に。
本当にゼンには感謝しても仕切れないし、今後もきっとこんな関係が続くだろう。
俺とゼンは一生切れない縁にむずばれているのだろう。
「ほら、もう森に着くわよ。絶対に、絶対に私から離れないでよ」
そんな事を考えていたら、もう目と鼻の先に森が見えていた。
いつもと違う。俺は、直感でそう感じ取った。
よく来ていたのでいつもとは違うと、感覚的にそう感じるのだ。
ここの森にアイツがいるということで間違いないだろう。
あのときのような恐ろしい気配は感じないが、不気味なぐらいに森が静かだ。
何も音がしない。まるでこの森が実はここになく、幻覚を見ているのではという錯覚に陥りそうだ。
「不気味だな」
「ええ、そうね。それだけ奴が危険という事よ」
ゼンは、俺の顔を一度も見ずにまっすぐと森を見ながらそう言う。
森のいる人物への警戒心で、一瞬でも意識を別に向けることすら嫌そうだ。
少し寂しい気もするが、これも俺のためにやってくれている事でもあるし、しょうがないだろう。
わがままなんて言う歳じゃないしな。
「じゃあ、行くわよ。本当に離れないでよ」
「ああ、分かったよ」
過剰と思うほどの注意に俺は少し緊張する。
それほどまで恐ろしいものが、奥にはいるのだと。それをゼンからも、森の気配からもひしひしと感じる。
そして、俺たちも森の入り口とでも言うべき場所に着いた。
厳密に言えば入り口の目印があるわけではないので、森と開拓地の境界線とでも言っておこう。
ゆっくりとゼンが先に森へ一歩踏み出す。
俺はその後を追うように歩みを進める。
一歩一歩しっかりと、ゼンは踏みしめて前進する。
俺もいつでもカタナ抜けるように、全方位に注意を払いながらゼンについて行く。
森は外側からも感じたように、とても静かで森の生き物も木々も何の音を発していない。
静かにしているのが絶対なのか。それとも静かにしなくては行けない状況なのか、何も音を立てない。
こんな森に来るのは初めてで、俺はさらに緊張する。
適度な緊張はいいが、動きが鈍るほど緊張してはいけないので、大きく深呼吸をする。
すると、俺は血のような匂いをかすかに感じ取る。
ほんの一瞬だがかすかに、しかしかなり濃い血のにおいを感じる。
「……ゼン」
「ええ、分かってるわ。この奥にいる……ここからは黙って動きなさい」
俺は了解の意を込めて頷く。
それを見たゼンが、さらにゆっくりと前へと進み始める。俺も足下に注意しながら再び進み始める。
奥に行けば行くほど血のにおいを鮮明に感じる。
少ししか感じられなかった匂いが、強烈になってくる。ここまで来ると耐性のない者は吐き気すら催すだろう。
そんな血のにおいの充満する森を俺たちは進む。
気持ちの悪い匂いを嗅ぎ続けながら、俺たちは匂いを強くなる方へと進む。
木々には血が塗られているように付いており、地面に生える草にもべっとりと血が付いていた。
しかし、多量な血とは対照にその血を流した人物は見当たらなかった。一人や二人の量ではないのだが、誰もそこにはいなかった。
どこか別の場所にでもいるのだろうか。
そんな憶測が俺の頭をよぎる。
「いたわよ」
そのとき、ゼンが小声で俺に目標を発見したことを伝える。
俺は、ゼンの背中から奥を見渡す。
すると、そこには人が一人たたずんでいた。
まるでそこに最初からいたかのように静かに、自然と立っている。
俺は一瞬、そこに人が立っていると認知できなかった。
そこにあるのが当たり前と感じてしまい、何もいないとすら思ってしまった。
しかし、この開けた所の中央にはボロボロの鎧を着て、赤く染まった血を流しながら。
ニーカ──エリス・ニーカが立っていた。
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それではまた次のお話で会いましょう。




