第十六話 もう一人
山積みになっている書類の整理をしながら、エリス・ニーカは少年の事を思い出す。
嘘を言ってると思われる少年。もし、提供された情報が本当なら少年は嘘をついていることになるのだ。
しかし、エリスはその情報を信用できずにいた。
一人の兵士とたかが子供二人で盗賊団の壊滅などおとぎ話の出来事ですら採用されないだろう。いくら何でも、馬鹿げている。
その少年ともう一人の少女を直接見ても特に戦闘経験が多そうなわけでも、戦闘の技術を教えてくれる人がいるわけでもなさそうだった。
それに、一緒に行った兵士は騎士団員というわけでもなくただの門番だ。兵士の情報を探ってもみたが特筆すべき何かも確認できなかった。その情報が、今机の上に山積みになっているそれでもある。
そんな裏付けのようなものもあり、エリスは情報を信用しきれずにいた。
団員の多くにその情報は渡っていないし、それ専用の部隊も編成し、その部隊員には直接エリスが情報統制を行っている。なので、変な噂や混乱が起こることはないはずだ。
その部隊員の半数もその情報を信用していなかった。
それほどまでに、少年たちを見ても盗賊団の壊滅との関係性を見いだせなかったのだ。
そのため、盗賊団の拠点があったと思われる場所に多くの人員を割き、少年たちにも見張りも付けている。
壊滅に別の理由があるのなら、それを発見しなければ帰れないのだ。命令は、壊滅に関しての決定的な証拠を見つけることなので、もっと信憑性のある情報を掴むために多くの人員に走り回ってもらっている。
「しかし、ここまで漁っても何も出てこないとは。この街に人は多いが、その誰もが知らないと言うし、倒せそうな人物にも心当たりがないとは……。全く、どうなっているんだ」
そんな感じで、捜査は難航しており。
エリス自身もう彼らでいいのではと、諦めたいぐらいなのだ。
全く進まない謎解きなど、誰がやる気になるのだろうか。
そのつまらない謎解きをしているエリスは、騎士団の事を思い必死に寝る間も惜しんで働いているが、何も手がかりがないのでかなりモチベーションが下がっている。
頭の中がこんがらがり、手が止まり始めていたエリスの所に副団長がやってくる。
「団長、盗賊の拠点跡についてですが」
「何か進展があったのか?」
エリスは、いつも通りの報告を始めた副団長に対して、いつもと変わらない質問をする。
この会話ももう数え切れないほどしている。
一日に5回定例の連絡が来るのだが、全て何も情報が得られないので互いに飽きているのだ。
初日の報告では、等間隔に並んでいた血だまりや埋められた死体がみつかったがそれ以降何もない。副団長からのセリフはこの後決まって、何もありません、なのだ。
「─────はい」
しかし、今回ばかりは違った。
進展があったと報告をしてきたのだ。
その発言に、エリスは持っていた資料をぶちまけて、驚愕を露わにする。
「本当か!?何があった!」
前のめりになり、まるでプレゼントをもらう子供のように反応してみせる。
それに気づいたエリスは、一度咳払いをしてもう一度冷静に報告を聞く。
「で何があった?」
「はい、拠点跡から少し離れた場所に大きな熊の死体を見つけました。それもかなり損傷していました。大きさからも並の兵士では5人がかりでも倒せないほどです」
「ほう、それが?」
「おそらくですが、その熊を倒した人物───複数かもしれませんが、その人物の盗賊団を壊滅させた人物は同じかと」
「その根拠は?」
エリスは、少年の情報があったこともあり情報の信憑性や根拠を気にするようになっている。
良く言えば慎重、悪く言えば臆病になってしまったのだ。
「はい。それは一部の盗賊の体に合った傷と熊の傷が非常に酷似していました。そのため、同一人物ではと判断いたしました」
「そうか……」
エリスは、冷静さを保つために顎に手を置き、深く考えているように見せる。
内心しっかりとした証拠の登場に踊りたいぐらいだが、自分の尊厳があるのでそれは自重する。
熊の傷と盗賊の傷の酷似は、かなり有益な情報だとエリスも確信している。
人の記憶ではなく、初めての残っている物的証拠だ。これほどまでに人物捜しで貴重な証拠はないだろう。
「その武器がどんな物か判明しているのか?」
「いえ、それはまだですが。熊と一人の盗賊の傷を調査して判明させる予定です」
副団長はもう既にエリスの考える範疇の事は、指示を出している様子で、本当に有能な部下を持ったと少し感動していた。
こんな落ちぶれた騎士団のよくぞ残ってくれていると、嬉しくなりエリスは目頭が熱くなっているのを感じる。
「団長?大丈夫ですか?」
副団長は、急に黙ってしまったエリスを心配して声をかける。
何か間違ったことを言ったかと、少し不安そうな顔をしていた。
「いや、大丈夫だ。もんだ─────ッ!!!」
副団長に返答しようとした瞬間、エリスはひどい不快感に襲われる。
その一瞬でエリスは剣に手を伸ばし、腰を落として戦闘態勢になっていた。長年の経験がそうさせたのだ。危険信号を感じ取ったのだ。
「だ、団長!今の!」
「ああ、異常な程の気配だ。今の嫌な汗が止まらない……」
エリスの額をつうっと汗が垂れる。
その汗はそのまま胸までたれて、鎧の下にある衣類に吸収されていった。しかし、次々と汗は垂れる。気配を感じない今でも、体が緊張状態なのだ。
「すぐに部隊を招集しろ! 私は先に気配の出所と思われる森へ行く! 副団長は、招集した部隊と共に来てくれ! あまりの2部隊を動かせ!」
「りょ、了解しました!!!」
エリスの指示に副団長ははじかれたように走って出て行く。
エリスも副団長が出て行ったすぐに部屋から飛び出す。今までの感じたことのないような気配───殺気とも言えるモノに恐怖を抱きながら。
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