第十四話 一方その頃
アインと別れたゼンは、後ろに付いてくる男に苛立ちを感じながら道を走る。
すぐに見失うなら放置してやろうと思っていたのだが、思いのほか執拗に付いてくるので、苛立ちを感じていた。
心情把握のよって位置を特定しているので雑念のようなものが入るが、それでもかなりはっきりと動きがわかる。
そのおかげで、二人の追っ手を弄びながらここまで逃げれている。
人混みに隠れたり、女性の集まっているところに近寄り兵士の二人を困らせたりと楽しく遊んでいた。
しかし、その遊びも一通り終わったぐらいでアインに言われた事を思い出し、ゼンは路地へと歩き出す。
できるだけ奥に入り込み、通りから離れて、光が入らない場所へと誘い込む。
気絶させればアインからも怒られないだろう、とゼンは予想する。アインに怒られるとろくな事がない。そのあたりを理解しているので、ゼンは最近の活動が穏やかになっている。
ガサガサと、後ろから二人分の足音が聞こえたのを感じ取り、ゼンは足を止める。
近くにはゴミが散乱しており、通りからは目をこらさなければこちらに誰がいるのかすら分からない。
場所の状況としてはいいと、ゼンは確信する。
己の知略の高さ惚れ惚れしてしまう。
「そこのお嬢ちゃん。コッチに来てもらおうか」
初対面にくせになれなれしい奴だ、とゼンは少し不快感を覚える。
兵士の一人が、汚らしい笑みを浮かべながらゼンに腕を伸ばしてくる。
その顔を目で見てしまい、ゼンはコイツらと遊んでいたことを後悔する。下劣で、貪欲で、卑劣な顔をしていた。ゼンの事を、まるで物のような目で見ていた。
「触らないでもらえる?」
ゼンは、兵士に手を払うのすら嫌なので、避けて男の手から逃げる。軽やかなステップと共に、ひらりと舞ってみせる。
言葉の通り、触れるのすら嫌なのだ。
「おい、俺がせっかく優しくしてやろうっていうのに、調子乗るなよ。ガキが」
男は声色を豹変させ、ゼンを威嚇する。
しかし、ゼンはそれに臆することなく笑ってみせる。まさに、というか紛れもなく嘲笑だ。
「は?何様だし」
「てめぇ、そのクソみたいなプライド。へし折ってやるわ!!」
男は剣を抜き、ゼンに向かって走り出す。
ゼンは、それを見て満面の笑みを浮かべる。先ほどとは違う。
まるでおもちゃを見つけた子供のように無垢で、明るい笑顔を。
その笑みを見た後ろにいた兵士は、恐怖のあまりその場で尻餅をつき剣を捨てる。
しかし、ゼンと話していた方の兵士は意にも介さず突っ込んでくる。
「剣を抜いたのなら、命を賭けなさい」
「な──」
ゼンは、兵士に発言する暇を与えない。
ゼンが絶対者であることを、今の一瞬で先ほどからうるさい男に教え込む。
少し遠慮はしたが爆速で間合いを詰めて、そのままの速度で顔面に拳をたたき込む。
そのはずだった。だが、ゼンはその直前に一歩引く。
彼を殴ることを心が拒絶したのだ。
彼は殴れないと、思ってしまった。
拳が止まったゼンは、男と突撃を躱すことによって対応する。
ゼンの殴ろうとした右手は震えている。ブルブルと、外敵に狙われた子ウサギのように揺れていた。
ゼンに訴えかけていた。
アイツ、汚いと。
「チッ、あっちのお前を捕まえてあっちのガキもさっさと捕まえてしまおうと思ったが、めんどくさいな」
「あら、アインも捕まえる気なの?」
「当たり前だろ。お前ごとき、さっさと捕まえて─────」
「やっぱり、気にくわないわ」
その瞬間、ゼンは消えた。
その空間から、誰もが認知できないほどの速度で世界から離脱する。
時間で言えば一秒にもならない。
わずかという表現ですら間違えであるような速さで、ゼンは男の頭の上を飛んでいた。
今にも彼の後頭部を蹴り飛ばすような形で、彼女は空中を舞っている。
そして、ゼンはその振り上げた足を迷うことなく振り下ろした。
力ある限り全力で。
優しさを与えることなく。
「アンタごときが、私を『ごとき』なんて表現しないで」
自分の事をまるで見下したような発言に、ゼンは怒り心頭だった。
今までの発言はまだ見逃したが、自分を他者が見下すような発言は許さない。
後ろに倒れていた男を巻き込みながら、二人の兵士は転がっていく。
思った以上に二人は飛んでいき、通りから見える位置で止まってしまう。
わざわざここまで来たのに、それを無に消されてしまいゼンはまたもや苛立ちを覚える。
案の定、通りの方が騒がしくなっている。あっという間に見つかったようだった。
幸いゼンの事はばれていないようだが、奥から飛んできたことはばれているのですぐに人が来るだろう。
ゼンの頭の中でそんな考えがよぎる。それと同時にアインの顔もよぎっていた。
「はあ、逃げますか~~~」
ゼンは、大きくため息をつきながら面倒くさそうにそう言う。
人目に付かないように静かに、こそこそとゼンはその場を後にする。
後ろで兵士を心配する声を尻目に、彼女は自分の靴先を地面にこすりつけるのだった。
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