第三話 ぶつかる恐怖
「この大木には、確か神に関係する話があったよ」
「神?」
ゼンが、聞き返してくる。
どうやら興味があるようだ。しかし、少しゼンの気配が変わったか?
ゼンと言うよりも、周囲の気配とも言えるかもしれないが。
少し変化した気がする。ナールの心なしか動きの活発度合いが弱くなった。
「神についての話なんだが……なんだったかな……」
神の話と言っても、この街の言い伝えのようなものではなく、王都の図書館にあった本の小さなお話に過ぎない。
ページ数も5ページあるかないかの、そこまで内容の詰まった話じゃなかった。作者が、穴埋めで作ったテキトーな話のような話だった。
なぜそんな話を覚えているのかというと。
地元に似たような描写がいくつもあったので覚えているのだ。案外、地元についての話は人間覚えているものだ。
そんな話に関係のないことはいいとして、肝心のその小さなお話だが。
「お話の内容は──この世界の創造主様は、彼の地に世界を見守る大木をお植えになった。
その大木は、この世界に厄災をもたらす者が現れたとき真の力を発する。それまでは創造主様の僕によって、枯れることなく守られるだろう───まとめるとこんな感じだ」
「ふーん、創造主様が気になるけど、そんな話がこの大木には用意されてるのね」
興味があるのかと思ったが、説明後の返答は素っ気なかった。
創造主の僕と言っても、そんな物語の登場人物見たことも、聞いたこともない。そんな僕がいるのなら、会ってみたいぐらいだ。
「そういうこと言うと、本当に出てくるわよ。そのときは、アンタが責任持って腹でも切りなさい」
「なんで自害しなきゃいけないんだよ!償いの方法が重すぎる!!」
それに、今言われたら俺には出てこないように期待することしかできないじゃないか。
出てきたときが、俺の最後になってしまう。まあ、そんなものいるわけ無いだろうな。
と、以前の俺なら言い切っただろう。
神を信じる程暇ではないし、神を信じれば救われるのなら俺は信心深いやつになってるよ。
だが、今の俺はそんな神のような奴によってここに立っている。
世界の時間を巻き戻せるほどの何かを、目撃してしまった。
否が応でも信じるしかないだろう。
あくまでおとぎ話を、だがな。別に神は変わらず信じる気はない。
そんな雑談が終わったあたりで、俺たちはその丘の頂上である大木のそばに着いた。
見上げるとその大きさが一層際立って見える。俺たちが全員肩車したところで、全くこの大木の一番上を見ることすら叶わないだろう。
大木に触れてみると、ざらざらとした感触で、どこか柔らかさのようなものも感じられた。
包み込むような柔らかさを大木の樹皮から感じた。これが、世界を見守る大木の力のようなものだろうか。
思い込みによるものかもしれないが、そんな空想上の力を俺は感じている気がする。
この大木に何か強い力を……。
「アホなこと言ってないで、早くナールを連れ戻したら。遠くに行ってるわよ」
「当たり前のように、心を読んで話すな!俺にだって、プライバシーがあるんだぞ!」
「そんなもの、家の周りの肥料にでもしときなさい」
反論の絶えないゼンに少し呆れ気味になりながら、俺は言われたとおりにナールを探すために目線を大木から周囲に向ける。
ナールは少し離れた、森に近い所で虫を見ているようだった。お前とゼンの親睦会のはずだったんだが、今のところナールがいじめられたり、楽しい思いをしたりしただけだ。
それに言ってしまえば、この大木がこの森の名所、最後になっている。
この大木がちょうどこの森の真ん中あたりに位置しているので、少し奥に行けば何かあるかもしれないが、ここから先は危険度も格段に上昇する。
俺もこの先に行ったことがないため、何があるのか何がいるのか分からない。
そんな所にナールを連れていけるわけないので(ゼンは別に問題ないだろう)、自動的にここで引き返すことになる。
親睦会らしいことが何もできなかったが、今日はこの森から退散するとしよう。
なんだか、あまりいい雰囲気でもないしな。背筋がピリピリする。
こんな場所からは、さっさと逃げるが一番だ。
「ナール!ここで引き返そう!これ以上は危ないだろ!」
俺は、ナールに聞こえるように大声を出して呼びかける。
丘を下る俺の後ろに、ゼンが付いてきているのを気配で感じながらナールの方に向かう。
なんだか、説明のせいでこの後に大きな事件があるようになってしまった。
こんなすぐにそう何件も大きな事件に巻き込まれては、ゼンが疫病神みたいじゃないか。
「なんで私なのよ」
ゼンのツッコミを軽く流して、俺はナールと合流して家への帰路につく。
────予定だった。
俺が、ちょうどナールの肩に触れようとしたタイミングで『それ』は現れた。
いや、現れたと言う表現は間違っていたかもしれない。
ナールが静かに森の草を覗いていたのは、虫を見ていたわけではなかった。てっきり面白い虫でも見ているのだろうと、確信してしまっていた。
彼が静かにしていた理由は、目の前に『それ』がいたからだ。
最初から『それ』がいて、ずっと『それ』を見てて。
ナールは何も言えなくなった。こちらに目配せすることも距離的に叶わず、声も上げられない。
それにしても、なぜ現れたのかと考える。
だが、その理由は考える必要もない。俺たちがここに来たからだ。
俺たちが無知にも、無邪気にもここに来てしまったからだ。
俺にゼンもいるという慢心から、兎のようにぴょんぴょんと。
恐怖の権化のような対象を前にして、ナールは言葉を発することすらできなかった。
しかし、今回はその恐怖から来た現象が吉と出た。静かにしていたおかげでそれを刺激せ
ずに俺たちの到着を待つことができたのだ。
それが、不幸中の幸いだ。
そして今からが
─────不幸中のさらなる不幸のはじまりだ。
「ゼン!!」
俺は、それを見た途端ゼンを呼びナールと所に走って行く。
「分かってるわよ!」
返事と共に急加速。一瞬にしてゼンはナールの元へ駆け寄り、彼の襟を掴んで後ろに下がる。
そのおかげで、それとの間に障害物がなくなり互いに視線がぶつかる。
「ハアッ!!」
俺は、抜刀の勢いそのままにそれに斬撃を加える。
いくら俺の体が子供でも、抜刀しながらならそれなりの勢いがついている。大の大人でも、目で捉えるのはそれなりの経験が必要だろう。
しかし、その斬撃は回避される。回避といるよりかは、俺の斬撃がその空間を通る頃には、そこにいなかった。
どこに行ったのかを、俺は把握できなかった。それほどまでに、今の動きは俊敏で、無駄だのない動きだったのだ。
予備動作なしの回避。
たかがその程度に奴にできる芸当ではないだろう。
「グルルルルゥ」
それは、俺の後ろでうなり声を上げる。
ご丁寧に、自分はここにいると存在を示してくれた。だが、それを感じ取ってからの行動では、もう遅いのだ。
振り返りながら、俺は一か八かで防御の体勢を取る。
博打でしかなく、もしもこれに失敗したら俺はもれなく全身をその辺の木に打ち付けるだろう。あの図体からの攻撃は、並大抵のものではない。
「グッ───ガハッッ!!」
防御にはなんとか成功できた。
しかし、防御の判断がいけなかった。そのまま前に倒れ込むなり回避の行動を取るべきだったのだ。
俺は、攻撃の衝撃を受け止めきれず、吹き飛ばされる。
そして、森の中に飛ばされ、少し奥の木に打ちつけられた。
それはもう爆速で打ち付けられるもんだから、痛いでは形容しきれないような痛みが全身に走る。
脳がぐらぐらと揺れるのをしっかりと感じ取れた。平衡感覚も失っており、自分がいまどのような体勢なのか把握できない。地面が空になっていて、空が地面になっているかもしれないし、そんなことないかもしれない。
しかし、先ほどから『それ』としか言っていない物の正体が一瞬だけ確認することができた。
「……熊…………熊の出せる、攻撃……か……」
俺は、意識が朦朧としているなか余裕があるかのようにツッコミを入れる。
実際のところ、余裕なんてもちろん無いわけで骨が何本か逝ってそうで怖い。と言うか、おそらく2・3本は逝っている。
口の中が切れているのか、血の味がして気持ち悪い。
それでも、俺の献身的な行動は意味を成したらしく、ゼンとナールはもう丘の上に撤退していた。
それなら充分だ。俺のけがは最悪ゼンがなんとかしてくれるだろう。
それに、折れた骨は今後の行動に支障を来すほどではないだろう。
森の影で見えていなかった敵を目視でしっかりと視認することもできた。
相手は動物だ。しかし、あの動きから甘く見るなんて馬鹿なことはしない。
可能なら俺とゼンでアイツの目を引いて、ナールを逃がしてやりたい。
その方が、戦闘がこちらの優位に進む、それにナールの安全を確保できる。
俺は、ゼンの方をチラリと見る。
その行動にゼンは、少しため息とつきながらナールに話を始めた。
少し言い合いになっているようだったが、ナールの方が折れたようでゼンがこちらに歩き出し、ナールは後ろへとゆっくりと下がっていく。
熊はその間、余裕なのか俺との距離を詰めることなく、その場にずっと立っていた。違和感を覚えたが、今の俺にそんなことを考えている暇はない。
なんとかゼンと合流して、けがを治療してもらわなくては。
俺は立ち上がり、木に手をつきながら進む。熊は完全にゼンの方に意識を向けており、俺の方をチラリとも見ない。雑魚なんて、気にするに値しないだろうか。
「ほんとに弱いんだから~、なんでアンタが治癒能力について知ってるのか分からないけど、動かないで待ってなさい」
ゼンは、俺の心を読んで少し大きめな声でそう言う。
動かなくていいって、ここまでどうやって来るつもりだろうか。まっすぐ来るしてもその間には熊が────
「瞬きが終わる頃には、アンタの前にいるわよ」
そう言葉を発した次の瞬間には、ゼンは俺の目の前にいた。
何の風圧もなく、動きもなく、ゼンは俺の目の前にそれこそ現れた。
そして、俺の肩に手を乗っけて、よく分からない呪文のようなものを唱える。
あまりの速さと謎の言語、理解が追いつかないまま俺の傷は治る。外傷も、折れていたと思われる骨も治ったようだ。
「応急処置みたいなものだから、全力出すともう一回折れるから気をつけてね」
「ああ、ありがとう」
俺は、そう言って両足で力強く立ち上がる。
もう、痛みは全く感じないし、さっきよりもなんなら調子が良くなっている気がする。
木に打ち付けられたときに飛んでいったカタナを手に取り、俺はゼンと共に前に歩き出す。
熊も俺を敵として認識したようで、前足と後ろ足でゆっくりと俺たちの方へ向かってくる。
そして、熊が森の中に足を踏み入れたちょうどのタイミングで、俺は地面を駆けだし、ゼンは一気に前方に跳躍する。
右手に剣を出現させて、熊に一撃をたたき込むがそれを受け止められたのを確認して、剣を消して木に着地して、すぐに次の木に飛ぶ。
それを繰り返して、熊の周囲をぐるぐると回る。
それに合わせて、俺は熊の周囲を回る。
カタナを握り、死角に入るためにゼンと同じようにまわって熊の視界の外を目指す。
ゼンは、突如として熊に向けて飛び剣を出して斬る。
それを熊は片手で防ぐ。ゼンは、それを見て剣を消してまた気に向けて飛ぶが、間髪入れずにすぐにまた攻撃を開始する。それを繰り返し行い、熊の視線をゼンは集めようとする。
しかし、熊は俺を死角に入れないように少しずつ回転しながらゼンからの攻撃を受け止める。それも片手でだ。
俺が攻撃に移ったときにすぐに対応できるように、そして俺を見ているぞという威嚇のために片手を使わない。
そのせいで、なかなか攻撃に移れない。
ゼンもそれは理解しているようで、攻撃の手を休ませないことを重視しているようだ。
互いのこの止まることのない動作が、張り詰めたピアノ線のようなこの状況を保っているのだ。
誰かが、少しでも違った行動を取れば一瞬にして優劣が決まる。いや、俺たちが劣勢に立たされるだろう。
あの熊の出せる速度は、目で捉えられても簡単に反応できる速度ではない。
俺とゼンを潰してナールを、それで終わりだ。
せめて、ナールが俺の家にこの状況を伝えるまで、撃破できなくても保ち続けられれば、俺たちの勝利といえるだろう。
────今の彼女は、未だに現役だからな。
しかし、どうせなら俺たちで倒してしまいたいという邪な感情がわいてくる。
この熊を撃退して、自分をさらに深い経験を積みたい。
そんな感情むなしく、今の俺たちは熊にろくに攻撃ができずにいる。
動物とは思えない知力で、ゼンの攻撃を防ぎきり、俺の事を必ず視界に入れ続けている。
目が血走っていて、毛も激しく逆立っている。
なにかに激しく激高しているようだが、それが何かを俺たちは理解できない。だから、この熊を殺すのだ。
俺たちに、人間に害があるから殺すのだ。
それは、しょうがな─────
「眩しッ!」
俺の目に、一瞬だけ差し込む。
まばゆい光が、差し込んできてとっさに目を閉じてしまう。
偶然で、どこか必然的な光で状況は急変する。
それこそ、天変地異にように。
熊は、俺からの攻撃の心配が無くなるとゼンの攻撃を防ぐのではなく、受け止めて対応する。
「チッ!」
その行動にゼンは舌打ちをして、剣を消して後ろに下がるのではなく、5・6本の剣を同時に出現させ、一気に熊に突き刺す。そして、ひるんだ隙に撤退し、木の枝の上に乗る。
しかし、ゼンの剣は熊の厚い毛皮に防がれて、一瞬の隙をつくるのみでそこまでの怪我を負わせることはできなかった。
俺たちは、熊が反撃を始めると思い防御の態勢を取る。
今回は余裕があるので、受け流しを重視している。
二足で立っていた熊は、上を向き大きく口を開ける。
何がしたいのか俺は理解に苦しむ、しかしその行動の意味は簡単に教えてくれた。
ご丁寧に、大きな口を開けて、熊は───吠えた。
「グルルルルゥアアアアアアアアアア!!!!!」
あまりの爆音(そう思うほどの叫び声だった)に、俺たちは耳を塞ぐ。
防御の態勢を解かなければ、俺たちの鼓膜が破壊されていただろう。
熊は気高く、獰猛に、破壊者的に叫び声をあげて、場を支配した。
その王のような行動に、俺たちは為す術なく支配を受け入れてしまう。
しかし、その後の熊の行動は俺たちに攻撃を加えるわけでもなく───逃げた。
ただ単純に、脱兎の如く逃げていく。
その行動に俺たちは呆気にとられて、少しの間思考を停止した。
したというか、されたと言う方が正しいだろうか。
なぜあの熊は逃げたのだ?
俺たちよりも強い存在を確認したのか……しかし、ナールの足ではまだ俺の家に着けないはずだ。
それならなぜだ。
俺たちに勝てないと考えて撤退したのか。はたまた他に用事を思い出してそちらに向かったのでも?
あの熊が向かったのは西。西には俺たちの家がある。
やはり、ナールの救援要請が間に合ったのか?いや、しかしナールはまだ───
─────ッ!!
ナールは、まだ家に着いていない。
おそらく森の中で走っている最中だろう。熊の最も近くに、しかもかなりの時間いた。
熊の嗅覚は、犬よりもいい。鼻に残った匂いを手がかりに人を探すことなんて、歩くのと同じぐらい簡単だろう。
「ゼン!心情把握最大距離!ナールと熊の位置関係を報告しろ!!」
「もうやってるわよ!!熊、ナールに全速力で接近中!!」
「接敵まで!!」
「ぴったし30秒後!」
30秒だと!?
今からナールの所まで走って、どうやって30秒で追いつけと!?
いや、こんな弱音を吐いている暇はない。
少しでもナールに向かって動かなければ。
「ゼン!行くぞ!」
「了解!」
俺とゼンは、ナールの所へと大急ぎで向かう。
こんなところでまた、ナールを失う訳にはいかないのだ。
☆☆☆
ナールは、肺を酷使して足を動かす。
アインとゼンが足止めをしてくれている。ナールが、救援を呼ぶことで私たちが救われる、とゼンに言われたのだ。
アインとは、仲良くしてもらっている。
少しでもアインに報いるために、ナールは森の中を駆ける。
息を切らしながら、転びそうになりながら、ナールはひたすらに森を駆ける。
「はあ、はあ、は─────!!」
そんなナールの背中を、謎の気配が突如追ってくる。
そう感じた一瞬で、背中に多量の汗が噴き出したのを感じる。
ナールの友を思う気持ちとは裏腹に、神は冷酷に、冷徹に、暖かく天国への門戸を開いているのだった。
ここまで見ていただきありがとうございました。
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もちろん、感想等も送っていただければ自分が大変喜びます!!
それではまた次のお話で会いましょう。




