チャプター09 300年後の世界
「あ? 芙美、テメェ舐めてんじゃねぇぞ? なんであたしがコイツの教導者をやんなきゃなんねーんだよ。ついこの間、葵の教導者をやったばかりだろうが!」
カウンターで、受付嬢の女性に向かって咲良さんが声を荒げた。
エルフの隠れ里──茂原外環の中の一つの建物の中。
潜行士協会の茂原本部にたどりついたのは、女の子と別れてすぐだった。
塵界では、よくゲームなどにも登場する冒険者を潜行士というらしい。
つまりは冒険者ギルドと同じ役割をする施設だ。
その奥側に設置されたカウンターの列の一つで、咲良さんがカウンター越しに相手の襟元を掴み引き寄せて、怒鳴っていた。
周囲にいた他の潜行士たちの視線が一斉にこちらに集まり、ギルド内の空気が一瞬で張り詰める。
「あらぁ、ギルドとしては正当な引退者の働き口の斡旋ですけど? むしろ教導者やれば給金も出るし、高待遇だわ。よかったわねぇ。2回も続けて教導者の仕事が回ってくるなんて滅多にないことよ?」
芙美と呼ばれた女性は、銀髪のボブカットを揺らしながら涼しい顔で応じる。
豊満な胸元が制服を押し上げ、そのスタイルの良さは一目瞭然だった。
凛と研ぎ澄まされた美貌を持つ咲良さんとは対照的に、彼女からは包み込むような包容力と柔らかさが漂っている。
しかし、そのおっとりとした外見とは裏腹に、殺気立った咲良さんと真正面から渡り合う姿は、彼女もまた只者ではないことを物語っていた。
ボクは二人の状況をどうすることもできず、どちらも怖い、と内心震え上がる。
「あたしは引退者じゃねぇって言っているだろうが!」
咲良さんの怒声がギルド内に響き渡る。しかし芙美さんは眉一つ動かさない。
「そう思っているのはあなただけよ。ギルドからの引退勧告も無視して勝手に潜行士続けて。──これは決定事項です。決定に逆らうと言うのであればギルドはあなたの登録を抹消するわ。当然収穫物も卸せなくなるわよ」
芙美さんの言葉は冷たく、有無を言わせぬ迫力があった。
咲良さんの顔が一瞬歪む。
拳を握りしめ、歯を食いしばる音が聞こえてきそうなほどだ。
「…………ちっ、覚えてやがれ」
捨て台詞を吐いて、咲良さんは芙美さんの襟元から手を離した。
そのまま踵を返すとギルドから足早に出て行ってしまった。
「あ、咲良さん……」
正直、この中で唯一の知り合いが咲良さんだ。彼女に離れられたら、ボクは完全に孤独になってしまう。
さらいえば、突然の状況にわけがわからない。
慌てて立ち上がり、咲良さんの後を追おうとした。
でも一歩踏み出したところで、肩にずしりと重みがかかる。
振り返ると、芙美さんの手がボクの肩をがっちりと掴んでいた。思った以上に力が強くて、身動きが取れない。
「ごめんなさい。あなたには少しだけ話があるの」
芙美さんが深いため息をついた。
その表情は先ほどまでの冷静さとは違って、どこか疲れているように見える。
眉間に皺を寄せて、視線を一瞬だけ床に落としてから、再びボクを見つめた。
「こっちよ」
カウンターの奥にある扉を開けて、芙美さんは手招きをする。
促されるままについていくと、そこは会議室だった。長机とパイプ椅子が整然と並んでいる。
「あの、咲良さんは……」
ボクが前を歩く芙美さんの背中に話しかけると、彼女は振り返ることなく軽く肩をすくめた。
「大丈夫よ。戻ってくるわ。あいつはなんだかんだ言って、面倒見がいいから」
その口調には確信と信頼が含まれているような気がする。
咲良さんとは長い付き合いなのかもしれない。二人の間には、ボクにはまだ分からない歴史があるのだろう。
芙美さんは椅子を引いてボクに座るよう促すと、自分も向かい側に腰を下ろした。
背筋を伸ばし、両手を机の上で組むと、改めてボクの方を真っ直ぐに見つめてきた。
その瞳には、先ほどまでとは違う真剣な光が宿っている。
「改めて塵界にようこそ。道家凪さん。私は茂原外環の潜行士協会のフロアマネージャーを務める岩城芙美です」
丁寧な自己紹介に、ボクも慌てて姿勢を正した。
そう言えば苗字を聞いていなかったことを思い出す。
咲良さんが芙美さんのことを下の名前で呼んでいたから、もうボクの中でも芙美さんは芙美さんになってしまっている。
咲良さんも苗字を聞いてないや、と、そんなことを思いながらボクは頭の中で芙美さんを苗字に変換する。
「あ、足の傷。ありがとうございます。岩城さんが直してくれたって咲良さんから聞きました」
ボクは深く頭を下げる。
あの時の激痛を思い出すと、今でも背筋が寒くなる。もし芙美さんがいなかったら、ボクは今頃どうなっていたか分からない。
「どういたしまして。渡航者は塵界への転生時点が一番危険なのよ。咲良があなたを見つけてくれて本当に良かったわ」
芙美さんの声には安堵の色が滲んでいた。
うん、常識的な人だ。ボクは胸を撫で下ろす。
咲良さんのような破天荒な人ばかりだったらどうしようかと思っていたけれど、こうして落ち着いて話ができる人がいてくれて本当に良かった。
咲良さんは気をつけろとか言ってたけど、きっと杞憂だろう。危険度でいったら咲良さんの方が危ない。
「さて、凪ちゃんはどのくらいまでこの世界のことを聞いたかしら」
……ちゃん?
急にちゃん付けされたことに違和感を覚えながらも、芙美さんの質問を考える。
咲良さんもボクを渡航者と言っていた。
ということは、塵界に転移してくる人間は、ボクだけではないということだ。
きっとこうして説明する機会が、以前にもあったのかもしれない。
「この世界は2400年代で、300年前の情報災害によって世界がロストアビスというゲームと融合したと聞きました。ボクは2120年で生活していたんですけど、なぜか未来に転移してきた、らしいです」
自分の口から出た言葉を改めて聞くと、つくづく非現実的な内容だと思う。
まるで三流のSF小説のプロットを読み上げているような気分だった。
しかし芙美さんはその言葉を聞いて、満足したように頷く。彼女の表情には、期待以上の答えを聞けた教師のような安堵が浮かんでいた。
「上出来ね。ほぼ正確に理解できているけれど、何個か補足があるわ。情報災害が起きたのが2120年で、現在は正確には西暦2419年よ。来年で情報災害発生からちょうど300年になる。そして渡航者は正確には未来転移されたわけではない。塵界にプールされたその人の記憶が、ある種の偶然性によって、再構成されたものなの」
「どう、違うんですか?」
芙美さんの言っていることがよくわからず、ボクは首を傾げた。彼女の表情は真剣そのもので、冗談を言っているようには見えない。
「情報災害によって人類の大半が死んだわ。ほぼ全滅と言っていいくらい。当時の世界の総人口は90億人。それが今は100万に届かないくらいしか残っていない。東京周辺の100キロ圏外にいた人間はその他の生物も含めすべて死んだし、100キロ圏内にいた人間の多くも情報災害の衝撃でその多くが死んでしまった。死んでしまった人の一部は、生体データと記憶をすべてスキャンされて塵界に保存されることになった」
「……つまりボクは塵界というゲームシステムがポップさせたモンスターと、代わりないってこと、ですね?」
芙美さんの言葉から得られた事実に、ボクの声は震えていた。
話の筋道が見えてくる。
つまりは2120年に起きた情報災害で、ボクの本体は死んだのだ。
今ここにいる自分は、塵界にコピーされた凪の複製品でしかない。
ゲームがモンスターをポップさせるように、ボクもまた生み出された存在。その事実が重くのしかかってきて、膝が震えそうになる。
「そんなに複雑そうな顔をしないで。経過はどうであれ、凪ちゃんは凪ちゃんよ。それに凪ちゃん以外にも多くの渡航者が人間として生きて、人間として寿命を迎えて死んでいっている。それに情報災害を生き延びた人間も、たいして変わらないわ」
芙美さんの声は穏やかで、まるで子供をあやすような優しさに満ちていた。
彼女はゆっくりと右手を持ち上げ、ボクの目の前に手のひらを翳す。その白い手のひらの上で、不思議なことが起こり始めた。
何もない空間から、茶色い粒子が次々と現れる。
最初は砂粒のように小さかったそれらは、みるみるうちに集まって土の塊を形成していく。まるで見えない誰かが、そこに土を注いでいるかのような光景だった。
「手から土が!」
ボクは思わず声を上げた。
目の前で起きている現象は、どう考えても物理法則に反している。
これこそが、この世界で魔法と呼ばれるものなのだろうか。
「情報災害の原因となったARナノウイルスが見せている現象よ。超極小のナノマシン。暴走し、ただのゲームのはずだったロストアビスと現実を融合させて、今もなお自己増殖を繰り返している。森の中に、虹色の霧がかかっていたでしょう? アレはARナノウイルスが特に濃くなっているところ」
「なるほど」
ボクは小さく頷きながら、はじめの森の光景を思い返した。
木々の間を漂っていた極彩色の霧。まるでプリズムを通した光のように、あらゆる色が混じり合って揺らめいていた。
時折、その霧の中にグリッチノイズのような歪みが走り、現実がほんの一瞬だけ崩れるような違和感を覚えたことも鮮明に記憶している。
あの美しくも不気味な現象が、今や塵界中を覆い尽くしているのだ。
この一見何もないように見える部屋にも、ボクたちの周りにも、見えないだけで無数のナノマシンが漂っている。
「私たちは生を受けた瞬間からARナノウイルスに感染する。塵界と呼ばれるゲームが融合した世界に強制ログインさせられるの」
芙美さんは手のひらの上で完成した土の塊を、そっとボクに差し出した。ボクは恐る恐る両手でそれを受け取る。
手に乗せた瞬間、その重みが掌に伝わってきた。指先で触れると、少し湿った感触とともに、細かい粒子のざらざらとした質感が感じられる。爪で軽く削ると、ぽろぽろと崩れて指の間からこぼれ落ちた。
どこからどう見ても、どう触っても、これは紛れもなく土だった。
「これもARナノウイルスが凝集して実際の質量を与えると同時に、私たちの神経系まで浸潤しているウイルスが視覚情報を与えている。ARナノウイルスに侵されてない、もしくはロストアビスにログインしていない人間が見たら、ここには何もないはず」
芙美さんの説明を聞きながら、ボクは周囲を見回した。石と生きた樹木の壁、床に敷かれた赤い絨毯、天井から吊り下げられたシャンデリア──どれも確かにそこに存在している。
絨毯を踏みしめる足の裏には柔らかな感覚がある。
どこまでが本物なのか。
ARナノウイルスによって作り出された、現実と虚構の境界線上に存在する何か。
VRゲームの中でしか起こりえないはずの現象が、今まさにボクの目の前で展開されている。頭では理解しようとしても、感覚がそれを拒絶する。この矛盾した感覚に、軽い眩暈を覚えた。
「攻撃を受けたらどうなりますか?」
「ウイルスがそれを本物にするわ。実際にダメージを受けて、HPを全損すれば死ぬ。身体の強化も、魔法による攻撃や飛ぶ斬撃、知覚領域の拡張なんかもすべて可能にしてしまう」
背筋に冷たいものが走った。ゲームの中の出来事が、現実の肉体にまで影響を及ぼす。それはつまり──
「し、死んでしまったら?」
声が震えていることに気づいたが、もう遅かった。芙美さんは肩をすくめ、まるで日常的な話題を語るかのように続けた。
「潜行士であれば、蘇生するわ。エラー侵食率という大きな代償を伴うけどね。HPを全損するとタウンエリアの教会で復活する。その時、元の死んだ体はどうなっているかは誰もわからない。ね? 私たちも同じでしょう?」
最後の言葉に、ボクは息を呑んだ。確かに、ゲームの中でプレイヤーもゲーム内でHP全損すれば教会で復活する。
でもそれは、実態を伴わないデータだからできるのだ。
この世界で蘇生した人間は、本当の肉体を持っていると言えるのだろうか。
芙美が優しそうに微笑む。
「ログアウトしている人間がいない以上、現実の姿を知ることなんてできない。渡航者も私たちも、変わりない」
芙美の優しさに包まれて、ボクはわずかに息をつく。張り詰めていた肩の力が少しだけ抜けていく。
でも同時に、胸の奥で何かがざわめき始める。この世界の違和感が、まるで薄い膜のように全身を覆っていく感覚。ちょっと聞いただけでも矛盾だらけだ。現実とゲームの境界が曖昧で、誰も外の世界を知らないなんて。
「ログアウトする方法はないんですか?」
「ある、と言われているわ。塵界の元となったゲームのロストアビスを完全攻略──終極すれば、エンディングロールからログアウトできると言われている」
「な、なら!」
芙美さんの言葉にボクは思わず身を乗り出す。椅子が軋む音が静かな部屋に響いた。
「誰もクリアできていないの。攻略を生業とするトップランカー達──フロントラインと呼ばれる潜行士が、300年間それこそ死に物狂いで挑み続けてもね」
芙美さんの言葉には、長い年月を経て醸成された諦観が浮かんでいるように見えた。
ボクはその言葉に絶句する。
──300年。
その数字の重さが、鉛のようにボクの胸に沈んでいく。
希望の光が見えたと思った瞬間、それは手の届かない彼方へと遠ざかってしまった。
「そんな世界で凪ちゃん、あなたは潜行士として生きていかねばならないわ。人類の中でも潜行士と呼ばれるジョブ発現者はたったの1パーセント。それ以外はジョブの発現しない未覚醒者となる。農耕も牧畜もできないこの世界ではモンスターを狩って収穫物アイテムで生きていかねばならない。茂原外環で言えば、15万人の人口を2000人弱の潜行士が支えているの。それがバックラインと呼ばれる大半の潜行士の仕事」
芙美さんの言葉を聞きながら、ボクは思わず拳を握りしめた。
ロストアビスというゲームは、ダンジョン攻略をメインとしたRPGだった。
プレイヤーはロストアビスと呼ばれる、いく階層にも分かれた巨大なダンジョンに潜り、モンスターを倒して経験値やアイテムを獲得する。そこには確かに農耕や牧畜といったゲーム要素は存在しなかった。
まさか、それがそのまま現実の世界にも適応されるなんてことがありうるのだろうか。
ゲームの中では当たり前だと思っていた設定が、この世界では生死を分ける重要な要素になっているのだ。
「そして渡航者は確実にジョブを持って転生してくる。ジョブを持つものは潜行士としてしか生きていく道はない」
「戦う以外の生きる方法はない、ということですね」
ボクの言葉に、芙美さんは静かに頷く。
潜行士として生きる。
それはつまり日々モンスターと対峙し、命を賭けて戦うということだ。
死にゲーと呼ばれるロストアビスの世界で戦い続ける。
思わず足を触る。戦いで受けた傷の痛みを思い出す。
ぶるりと体が震えた。
「ボクのジョブは戦闘向きではなさそうで……」
「ええ知っているわ。申し訳ないけれど、怪我で運び込まれた時に調べさせて貰った」
芙美さんの言葉に、ボクは少し身を縮めた。
プライバシーもなにもあったものじゃないけれど、この世界では命が懸かっているのだから当然なのかもしれない。
「道化師というジョブです。ロストアビスでも聞いたことのないジョブで」
「ギルドに登録されたジョブの中でも過去300年間で記録のないジョブよ? ユニークジョブであることは確実だけれど、どうやって戦闘に関わるか、ね。レベリングシステムはわかる?」
レベリングシステムなら、ロストアビスのプレイヤーとして当然知っている。
モンスターを倒して経験値を獲得し、一定量貯まればレベルアップ。それによって各種ステータスが上昇し、新たなスキルを習得できる。
どんなRPGでも見かける、ごくごく一般的なシステムだ。
「わかります──ボクはレベルアップできるのでしょうか?」
ボクの問いかけに、芙美さんは少し困ったような表情を見せた。彼女の指先が机の上をトントンと叩く。
その仕草から、彼女が何か言いにくいことを考えているのが伝わってきた。
レベルが上がらなければ、ステータスも上がらないしスキルも覚えない。
「正直なところ、あなたのステータスはとても低いわ。ジョブを得ているのに未覚醒者と大差ない。どうやって戦っていくか、考えないとね」
「ですよね……」
ボクは肩を落としてステータスを思い浮かべる。
数値の羅列が、容赦ない現実を突きつけてくる。
このままだと最弱のアシッドジェムにすら苦戦するステータスだ。
まだロストアビスのゲームの中ならいい。
VRゲームの中なら、蘇生覚悟で挑むことができる。傷を受けても痛みも鈍い。
だがここは、現実の世界だ。あの時の痛み──魔物の爪が肌を裂いた瞬間の、焼けるような激痛は今でも鮮明に覚えている。
ボクは無意識に、傷跡が残る足をさする。
「ま、先のことを考えても仕方がないわ。そのために教導者を付けたのだし。ギルドも可能な限りバックアップする」
芙美さんが気をとりなおしたように、ふわりと笑顔を浮かべた。
先ほどまでの真剣な雰囲気は消え、代わりに温かな光が宿っている。
きっとボクを励まそうとしてくれているのだろう。
「あ、ありがとうございます。岩城さん」
ボクは慌てて頭を下げた。そうだ、今は気持ちを切り替えよう。
できることを一つずつこなしていくしかないのだから。
芙美さんの優しい笑顔を見ていると、朝からずっと張り詰めていた肩の力がふっと抜けた。
ギルドという大きな組織の中で、こんなに親身になってくれる人がいるなんて。
ボクは本当に恵まれているのかもしれない。
孤独だと思っていた自分に、こうして手を差し伸べてくれる人がいることに、心の底から救われる思いがした。
その時、芙美さんの唇がにこりと更に深い弧を描いた。まるで悪戯を思いついた子供のような、どこか茶目っ気のある表情だ。
「その岩城さん、というのはいただけないわね。芙美、と呼んでくれないかしら。ほら、信頼の証に……」
芙美さんがボクの手を両手で包み込むように、ぎゅっと握ってきた。
柔らかくて温かい手のひらに包まれて、心臓が早鐘を打ち始める。
なんだろう、この違和感は。普通の握手とは明らかに違う。まるで恋人同士みたいな、親密すぎる距離感に戸惑いを隠せない。
「も、もちろん信頼してますよ? ちょ、いわし……芙美さん、顔近くないですか?」
気がつけば芙美さんの顔がすぐ目の前にあった。長い睫毛、艶やかな唇、甘い香水の香り。全てが至近距離だ。
「やっぱりたまらないわね。ボーイッシュの中に潜む美少女感。──我慢の限界。うん、我慢の限界」
その時、芙美さんがボクの両手を引き寄せて、自身の胸に押し付けた。
服越しでも分かる豊満な感触が手のひら全体に広がって、頭の中が真っ白になる。
柔らかくて、温かくて──。
「ななななな、何をするんですか!?」
慌てて手を引っ込めようとするが、芙美さんの華奢な見た目に反して、その力は驚くほど強い。
ボクの手はしっかりと捕らえられたまま、万力のような強さだ。
この人マジでただの受付なのか!?
てかやっぱりヤバい人だったぁぁぁぁ! 咲良さんのいう通りだ。
いやなんでそんな鼻息荒いんですか?
「ぼ、ボクは男ですよ!? 少なくとも心は! い、いや、男だとダメなのか? ボクは女です! 体は女ですよ!」
混乱のあまり、自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。
空いている方の手をぶんぶんと振り回しながら、必死に言い訳を並べ立てる。
「大丈夫! 私はどっちもいける口なのよ! 可愛ければなんでも良いわ! それに服も着てくれて嬉しい。レベル1制限の中でそれだけ可愛くて露出度の高い装備を見つけるの大変だったのよ! これからそれを一枚一枚脱がしていくかと思うと……!」
全然大丈夫じゃないわ!
芙美さんの瞳がキラキラと輝く。
その表情は、まるで大好物を前にした猫のようだ。
「わかりやすい貞操の危機だぁぁぁっ! というか、服も善意というよりは嗜好の問題かいっ!」
咲良さんの言う通りだった。
掴まれた手が離せない以上、逃げ場はなかった。冷や汗が額を伝い落ちていく。
つい先ほどまで見せていた優しくて頼れるお姉さんの面影は、もはやどこにも見当たらない。
目の前にいるのは、獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべる女性だった。
芙美さんの細い指がボクのシャツのボタンにかかった。ひんやりとした指先が肌に触れそうになり、背筋に冷たい汗が伝う。
まずい。まずすぎる。
ボクは反射的に身を引こうとしたが、芙美さんの手は離れない。
その時だった。会議室の外から怒声が響き渡った。
「んだてめーは! くそ! フロントライン崩れの金槍鬼がなんの──っ」
怒声の直後、激しい破砕音が響いた。




