チャプター04 アポカリプスプラネット!!!
「ななな、なんでこの見た目なの!? もっと筋骨隆々のイカついアバターがいいんだけど!?」
「え!? 普通VRゲームは体格変更は避けた方が良い仕様になっていますが!? 特にアポカリプスプラネットでは身体感覚は重要な要素です! ベータテスターではプレイヤーの本来の姿のままプレイしてもらう仕様になってます!」
「そんなの横暴だぁッ!」
またもや、だった。
アポカリプスプラネットの世界で僕は再再度、絶叫することになった。
アバターの設定画面がなかったところから変だと思ったんだ!
ひょろひょろの腕と脚のついたボクの姿をみて、絶望する。
自分じゃない自分になれるから、ゲームのはずなのに!
悶絶するボクに、おろおろとチュートリアルで出迎えてくれた少女が慌てる。
ユミル。
緑色の髪をポニーテールにまとめた、可愛らしい少女。
銀色のワンピースをまとった小柄な体型に、鮮やかな緑色の瞳が特徴的だ。
前作『ロストアビス』の頃から、チュートリアルを担当してくれる、ユミルゲームスでおなじみのNPCキャラクター。
「ユ、ユミルゲームスにようこそ! 今回は『アポカリプスプラネット』のベータテストの当選おめでとうございます! え、えーと、……道家凪さんですね! 認証しました! そのままのお姿でも、素敵です……よ? 可愛らしくて」
「それが嫌なんだぁ!」
「あわわわ」
とても人間的な言動や動きをするけれど、こちらは間違いなく本物のNPCだ。
「き、機嫌直してくださいよう」
涙をためたユミルが困り果てた顔でボクを見ていた。
それで我に返る。なんだか迷惑をかけた気分だ。
「う……」
もう、見た目のことは諦めよう。
嫌だけど、仕方ない。
どうせアポカリプスプラネットのベータ版はオフラインのシングルプレイ版だ。
他のプレイヤーと接触することもないし。
「ご、ごめんね。よろしく、ユミル」
ボクが挨拶すると、ユミルの顔が嬉しそうにほころんだ。
「では早速チュートリアルを始めましょう! 『アポカリプスプラネット』の世界観の説明をしますか?」
「いや、大体説明書で読んだからなんとなく分かるよ。荒廃した世界でバイオロイドになって戦う話だよね」
そう答えながら、改めてこのゲームのストーリーを頭の中で整理する。
荒廃して住めなくなった地球を捨て、人類は宇宙へと脱出した。
その際、残してきた環境改善機械群によって、地球は数千年後には元通りに修復されているはずだった。
しかし人類が再び地球へと戻ってみると、環境機械群はなぜか暴走を起こしており、地球は以前よりさらに荒れ果ててしまっていた。
困り果てた人類は今度はバイオロイドという人造人間を創造し、暴走した環境機械群を駆逐させ、地球を再び人類の手に取り戻そうと計画した。
そして肝心の人類はというと、地球の奪還をバイオロイドに任せて、自分たちは宇宙船で悠々とコールドスリープを決め込んでいるのだという。
なんとも身勝手な話だ。
プレイヤーであるボクたちは、バイオロイドとなってこの世界に降り立ち、環境機械群と戦いながら、地球を少しずつ取り戻していく。
それが、このゲームのメインストーリーだ。
「分かりました! それでは『アポカリプスプラネット』の世界へ行きましょう」
ユミルがそう言った瞬間、それまで真っ白だった視界が一瞬で切り替わった。
厚く垂れ込める重い雲。
植物の一本も生えていない、どこまでも続く荒野。
遥か遠くでは、激しい砂嵐が吹き荒れている。
ボクはユミルと並んで、巨大な都市の端に設けられた欄干に寄りかかり、外の景色を眺めていた。
ここはバイオロイドたちにとっての補給基地であり、プレイヤーにとってのタウンエリアとなる『プライムシティ』。
ドーム型の巨大都市で、その下部には荒野を移動するための移動機構を備えた要塞都市でもある。
それにしても、ダークな世界観とは聞いていたけれど──ずいぶんとハードなSFの世界だなぁ。
ボクは内心で一人ごちる。
ゲームを進めていけば、少しは世界が良くなっていくのだろうか。
VRゲームの中では、間違いなく他の追随を許さない圧倒的なクオリティーを持つこのゲーム。
それでも、視界の端にほんの少し解像感を感じる部分がある。
そうだよな、やっぱりゲームってこういうものだ。
本来のゲームに入り込んでいくにつれて、ボクの気持ちは少しずつ高揚してきていた。
「いやになっちゃうわよね。人類らときたら、バイオロイドにこんなこと押し付けて」
突然、神妙な顔でそんなことを言い出したユミルに、ボクはぎょっとした。
けれどすぐに、ユミルがロールプレイに入ったのだと気づく。
ベータ版の『アポカリプスプラネット』は、まだネット接続ができない仕様だ。
そのため、ユミル自身がパーティプレイキャラクターとして戦闘にも参加することになっている。
ユミルは高度なAIが搭載されたNPCだ。
その表情や仕草は本当に人間らしくて、驚くほど繊細に作られている。
そして、この世界に降り立った瞬間から、ユミルの姿も変わっていた。
ゲームの案内役としての彼女は、未来的な銀色のワンピース姿をしていた。
だが『アポカリプスプラネット』では、動きやすそうなホットパンツにニーハイソックスを合わせ、上半身にはサスペンダー付きのシャツを着ている。
緑色の公演トカットの髪が風に揺れ、活動的な印象を与えていた。
いつもの可愛らしさとは少し違う、カジュアルで冒険心を掻き立てるような姿。
その姿に、ボクは思わずドキッとしてしまった。
「ナギさん、ナギさん! もしかしてロールプレイとかお嫌ですか? あまり反応がよくないようですが!」
ボクが黙ってしまったのを拒否感だと受け取ったのか、ユミルは慌てた様子でそう訊いてきた。
その慌て方もまた可愛いくて、ちょっと笑ってしまう。
「いや! そんなことないから! でもまあ、ロールプレイじゃなくてもいいかな。ユミルも自然体のほうがボクもやりやすいし」
「わかりました! では、これからは自然体でいきますね!」
ユミルはにこりと笑って歩き出した。
そんなことをおもいながら、ボクもそれに付き従う。
「では、このゲームのチュートリアルを始めていきますね。まずは『アポカリプスプラネット』最大の目玉である、マスタリーシステムから話しましょう!」
「ああ、それ説明書に書いてあったね。通常のレベリングシステムとは違うって説明だったけど……」
ボクは説明書の内容を思い出す。
従来のレベリングシステムは、経験値を稼いでレベルが上がれば自動的にステータスが向上するシンプルな仕組みだ。
ロストアビスなどが典型的なレベリングシステムを採用している。
だけど『アポカリプスプラネット』のマスタリーシステムというのは、それとは大きく異なっているらしい。
「ちょっと複雑ですからね! 説明するのは得意ですよ! お任せください!」
ユミルがピンと人差し指を立て、にこりと笑った。
それだけで凄まじい破壊力だ。
たぶん、このゲームが発売されたらユミルに本気で恋するプレイヤーが出てくるんじゃないだろうか。
「まず、『アポカリプスプラネット』にはレベルはありません! そして厳密には職業もスキルもありません!」
「じゃあ、武器とかで強くなる系?」
稀にあるパターンだが、ボクとしてはあまり好きではない。
しかしユミルは、それにも首を振った。
「もちろん武器の装備による強化は発生しますが、それがメインではないです。ナギさん、例えば、同じ職業で同じレベルで、スキル構成も装備もアイテムもまったく同じ二人が戦ったとき、勝敗を左右するのは何だと思います?」
ユミルが楽しげに謎掛けをしてきた。
ボクはうーんと悩む。
普通、ゲームの優劣を決めるのはレベルとそれに付随するステータスだ。レベルアップによるステータス差は、圧倒的で覆しようのないものだ。
しかし、それがすべて一緒だったら?
VRの中でアバターをどれだけうまく扱えるか、UIをどれだけ的確に操作できるか、スキルに関する知識の深さ──つまり、ゲーム本来の育成システムに依存しない部分……プレイヤースキルが勝敗を左右するのではないだろうか。
「プレイヤースキル……とか?」
自信なさげなボクの答えに、ユミルは満点の笑顔で頷いた。
プレイヤースキル。
VRでは全感覚を投影する。なので、アバターとなる体をどれだけうまく使いこなせるかは、プレイヤーの技能として非常に重要視される。
「そう! プレイヤースキル! プレイヤーの現実に即した能力。いわゆるアバターの操作技量ですね。これに判断力や知識を加える場合もあります。これまでのゲームでは、アバターの強さはステータスとプレイヤースキルという二つの要素によって決まっていました。ではなぜ、そもそもステータスなんてものが存在するのでしょうか?」
また質問がきた。
ユミルのテンションに釣られて、ボクも真剣に考えてみる。
ステータスというのは、簡易的な能力の指標だ。
例えば筋力。現実世界では筋肉は全身に数百あり、鍛える部位や方法によって効果は変わってくるはずだ。
それを筋力というひとまとめの数値で表示するのは、実に乱暴な話だ。
つまりステータスが存在する理由は、本来膨大で複雑になりすぎる各能力値を簡易化して示すためだ。
「現実世界にあるようなすべての能力値をゲームに反映させようとすると、膨大な組み合わせが必要になるから、かな。組み合わせ爆発が起きるから」
「大大大正解です! 凪さん優秀ですね!」
ユミルは手を叩いて喜んだ。
「『アポカリプスプラネット』にはレベルも、それに付随するとってつけたようなステータスも存在しません。なぜなら、現実世界のあらゆる要素をゲーム内に組み込んであるからです。簡易的なステータスに頼る必要がありません。このことは、プレイヤースキルとステータスの垣根すら消してしまいました。現実に即した努力──つまり、ひたすらの練習と修練こそがアバターの動きを引き上げます! さらに現実世界のような人間としての限界点は、この世界のアバターには存在しません。なにしろ私たち、人造人間ですからね。どこまでも技術を高め、その技術は限りなく伸びていくのです!」
ユミルは少し興奮した表情で早口に語った。
ボクはその言葉を頭の中で反芻する。
少し難しいので、分けて考える必要がありそうだ。
今度はボクからユミルに質問を投げてみる。
「つまり、この世界はアバターの成長要素が徹底的に作り込まれていて、鍛えられる部分が現実と同じくらい細分化されているということ?」
ユミルは「半分は合ってますが」と前置きして、首を横に振った。
「それだけではありません。その成長の段階も限りなく現実に即した形になっています。この世界には劇的な変化はありません。努力によってじわじわと変化していきます」
なるほど。
そこまで細かく設定すると、レベルアップによる急激なステータス変化というゲームの醍醐味は確かに失われるだろう。
でもその分、成長の仕方が現実に即したものになるわけだ。鍛え方によってアバターの成長の仕方は千差万別になる。
つまり、現実世界と同じ自由度で能力を伸ばせるということだ。
しかし、それなら『人間の限界点』とはなんだろう。
「人としての限界点って例えば、百メートル走で九秒の壁を越えられなかったり、水中で五分以上は息が続かなかったりするようなこと?」
「そうです! 現実世界では、いくら鍛えても超えられない人間の身体機能の限界があります。でも、この世界にはそれがありません! 銃弾を避けようと努力を重ねれば、いつか避けられるようになる。それがこの『アポカリプスプラネット』の醍醐味です」
ボクはユミルが伝えようとしていることが何となく分かった気がした。
身体機能が向上するという面では、他のRPGと似ている。
だが『アポカリプスプラネット』最大の特徴は、能力の成長に現実と同じような努力が必要になるということだろう。
ボクはユミルの話を聞きながら、UIを開いてメニュー項目を確認する。
あるのはインベントリ、それに装備──ああ、装備には消耗度もちゃんとあるんだな。
って、おや?
ステータス画面、あるじゃん?
□□□□□□□□□□
ナギ
STR:0.9
VIT:0.7
INT:1.0
DEX:0.8
AGI:1.1
アビリティ:なし
□□□□□□□□□□
「ユミル? でもステータス画面あるよ?」
「あはは〜。どれくらい強くなったか簡易的にでも確認できないとゲームとして成り立たなくなるので、仕方なく採用しました。全てのパラメータを勘案して、簡易的なステータスとスキルは表示できるようになっています。でも、あくまでも参考値ですからね! 同じステータスでもアバターの成長具合は全然違うので、悪しからず!」
ユミルがちょっとバツの悪そうな顔をする。
なるほどねぇ……。
意欲的な取り組みだけど、そこら辺は妥協が必要ってわけか。
「まあ、物は試しですね! まずは訓練ゾーンに行きましょう」
ユミルはボクを引き連れ、都市の中を進んでいく。
確かにアバターを通して感じる身体感覚は、驚くほど自然だ。
アバターの身体構成を現実の自分と変えることができないと言われたのも、この『アポカリプスプラネット』のリアルな身体感覚を歪ませないためのものなのだろう。
ああ、髭生えたマッチョな長身イケメンにしたかったなぁ……。
今のボクは人造人間、ナギだ。
まあ身体感覚が重要なVRゲームでは、他のゲームでもガチ勢は現実の体とアバターを揃えるのが常識だ。
アバターを現実の容姿と大きく変えると、その分齟齬が大きくなって動きが悪くなる。
わかってはいるけれど、ボクは男らしいムキムキのアバターになるのが好きなんだよなぁ。
……そういえば、あの咲良さんがいた世界──『塵界』も、同じように体の動きが極めて自然だった。
まるで現実で自分の体を操っているのと、何も変わらないほどに。
それに、世界の解像度でいえば、まだかろうじてVRだと分かるこの世界よりも、あの塵界の方が鮮やかでリアルに感じたくらいだ。
結局、あの世界は何だったんだろうか……?
そう考えているうちに、ボクたちは広い空間にたどり着いた。
チュートリアル開始時と同じ真っ白な空間だ。
「ここが修練場になります。『アポカリプスプラネット』のマスタリーシステムで成長する方法は、二つあります。一つはプライムシティの外で環境機械群との戦闘を行うこと。こちらがメインシナリオで、デスペナルティもある本番見たいな感じです」
ユミルが説明を始めると同時に、真っ白だった空間は色づき、次々と姿を変えていく。
現実世界では絶対に起こり得ない不思議な光景に、ボクは目をみはった。
「そしてもう一つは、この修練場で模擬的な訓練を積むことです。ここではデスペナルティは発生せず、さまざまな訓練を行うことができます。特定の訓練官を呼び出すこともできますよ?」
ユミルの言葉が終わる頃には、真っ白な部屋は学校の運動場──400メートルトラックのある見慣れた風景へと姿を変えていた。
***
「はぁっ、はぁっ、これ、で本当に、強く、なるのっ?」
「もちろんです! 今ナギさんの筋力は運動によって強化され、徐々に強靭になっています! あ、あと訓練を怠ると弱化もしますのでご注意を~」
ボクは今、トラックをひたすら走り回っている。
本当によくできたゲームだ。
息切れする感覚も、筋肉が疲れて重たくなる足も、どれもが驚くほどリアルに再現されている。
しかも走った時の疲労感や筋力などの初期ステータスは、現実のボクの体力とほとんど同じだった。
おそらくコクーン型のVR機が身体データを取得し、それをゲームに反映させているのだろう。
「これっ、大丈夫、なのっ? V制法、はッ?」
リアルすぎる息切れ感と疲労感に不安を覚え、ボクはV制法について尋ねた。
VR感覚制限法──脳神経に直接信号を送ることで、五感すべてをVR空間に移し替える技術は、大きなリスクを生み出した。
身体感覚を本来の数倍に引き上げての違法操作、快楽への依存、痛みへの心的外傷など、VR黎明期に起きた事故により制定されたのがV制法だ。
そのためVR上の感覚には厳しい制限が設けられ、一定以上の強さには設定できないはずだった。
「大丈夫ですよー! 痛覚以外の感覚ゲインは90パーセントまで、痛覚ゲインは50パーセントまで再現可能なように設定されています。規制範囲ギリギリですが、当社としてはリアルさを売りにしたいので、このベータテストでシステムを本採用するか思案中といったところですね」
ベータテストゆえの特別措置ということらしい。
痛覚を感じないに越したことはない。けれど『痛覚』という言葉を聞いた瞬間、ボクの脳裏にあの夢──塵界で感じた激痛が蘇り、背筋に冷たいものが走った。
「そろそろいいですよー! ナギさん、こっちに来てください!」
トラックの中央でユミルが手を振っている。
ボクはふらつく足でそこまで行くと、「UIを開いてください」と指示された。
言われた通りにUIを開くと、『アポカリプスプラネット』のシンプルなステータスウインドウが表示された。
□□□□□□□□□□
ナギ
STR:0.9
VIT:0.8
INT:1.0
DEX:0.8
AGI:1.1
アビリティ:持久走
□□□□□□□□□□
「あ、体力《VIT》が0.1上がってる! それに『持久走』ってスキルがついた!」
「今行った訓練の分がステータスに反映されました! 先ほども説明しましたが、アビリティは手に入れたから強くなるのではなく、強くなったから手に入るものです」
「なるほどね~」
ボクが感心すると、ユミルは嬉しそうに胸を張った。
「VR空間の再現度が現実世界に近いからこそ可能なシステムなんです。この世界には安易なレベル別の強さはありません。すべては努力によって成し遂げ、その努力の方法すら現実に即しています! しかも、現実の肉体のくびきはありません!」
それはまるで、本当に異世界転移でもしたかのような仕組みだった。
システムに従ってレベルを上げるのではなく、自ら努力し、訓練を積んでいる感じ。
ボクは決してレベル上げが嫌いではないけど、それがただの作業ではなく、本当の修行や訓練になるのは素直に嬉しい。
「すごいね。でも、めちゃくちゃ時間が掛かるんじゃない?」
「大丈夫です! この世界の体感時間は、現実世界の100倍に設定されています」
「え!?」
ユミルの言葉にボクは驚いた。もし本当ならとんでもない技術革新だ。
一時間VR内にいるだけで、百時間分のことができることになる。試験勉強だってゲームの中で済ませられるんじゃ……。
ボクの様子に気づいたのか、ユミルは苦笑しながら首を振った。
「実際はいろいろな技術を使って体感的な加速を再現しているだけですよ。実際には一時間は一時間です。これ以上は企業秘密です~」
それにしたって凄いことだ。
ボクは『ロストアビス』で二十時間連続ログインしたことがあるけど、それを『アポプラ』換算すると二千時間──体感で八十日以上もゲーム内にいられる計算だ。
これはもはやゲームの世界への移住と言ってもいい。
「じゃあ、そろそろ初戦を頑張ってみましょうか~。模擬戦闘モードに移行しますね~」
ユミルがパチリと指を鳴らした瞬間、周囲の景色が灰色の荒野に切り替わった。
そして目の前にモンスターが転送される。その姿を見て、ボクは腰を抜かしそうになった。
「ああ……!」
「ナギさん、どうしました? こいつはcal01:マウス──『ロストアビス』でいうアシッドジェムと同等です! 今のナギさんの実力でも、倒せない相手ではありません!」
恐怖に震え始めたボクに、ユミルが不思議そうな顔をする。
当然だ。ゲームには本物の死なんてない。だからこそ人は安心して命懸けの戦いができる。
でも、もし一度きりの人生で、負けた先に本当の死が待っているとしたら?
勇敢に戦うなんて選択は、とてもできない。それが普通のはずだ。
「まさか、なんで……」
「ナギさん?」
大型犬ほどの体躯。金属を寄せ集めた前衛アートのようなネズミ型の魔物。
廃墟を押し潰した森の中でボクを襲った、あの──。
「ユミル、痛覚ゲインをオフにして!」
「え? 完全にオフにすると身体感覚が逆に──」
「いいからオフにして!」
「わ、わかりました!」
ボクの切羽詰まった表情にユミルは慌ててインターフェースを操作する。
「ねえ、ユミル? 蘇生はできるんだよね?」
「……? 当然です! 蘇生できないゲームなんて難易度高い以上に不良品ですよ!」
「ははは、確かにそうだ」
きょとんとしたユミルの答えに、ボクは苦笑する。
その通りだ。蘇生にはペナルティがあっても、回数に制限がないからゲームは楽しめる。
これはゲームだ。戦っても痛くない。死ぬこともない。だから、逃げるのは嫌だった。
「う、うわぁああっ!」
ボクは初期装備のナイフを握りしめ、威嚇するマウスに向かって飛び込んだ。




