チャプター21 後方拠点の再会
この1週間の間に色々あった。
長いギルドからの事情聴取の後に、毒島が正式に指名手配された。
三日前のことだ。
累犯多数──その一文だけでも十分に重い。
未覚醒者への暴行、新人潜行士を狙った計画的な殺人、そして人身売買への関与。
しかし毒島は捕まらなかった。
ギルドの追跡班が血眼になって探し回っても、奴の痕跡は茂原外環のどこにも見つからなかった。
すでに茂原外環から出て、他の外環に逃げた可能性が高いらしい。
そしてほとんど間を置かずにグレイトボアの狩猟期が来た。
咲良さんは狩猟部隊の方に参加していった。
ガサツですぐに手が出る咲良さんが、他の潜行士と上手くやれているか心配だ。
咲良さんがどれだけ暴れんぼっちでも、ボクは見捨てませんからね!
今回は賢人さんがいるから大丈夫だと思うけれど。
「でも、ボクも1人ぼっちなんだけどね……」
ボクの声は森の中に吸い込まれる。
ここは茂原外環から1時間ほど塵界に分け入ったところにある、グレイトボアの狩猟部隊を支援するために設営された後方拠点。
その端っこの岩の上だ。
拠点の真ん中にいたら、渡航者は寄るなと後詰めの回復術師に嫌がられてね。
こういう展開にはもう慣れた。
え、ぼっち? いやいやいやいやいや、そんなまさか……ボクは咲良さんじゃないんだから………………。
「何だ雨か……。頬ばっかりが濡れて冷たいね…」
師匠と弟子の交友関係が心配だ。割とマジで。
ボクはため息と共に周囲を見渡す。
森は静かだ。
とても数万の巨大イノシシの群れが迫っているとは思えない。
ボクたちD級以下の低ランカーは、最前線に行ける訳もなくこうやって後方拠点で、糧食の管理と回復術師を守る役目を負う。
ポーションが使えない世界で回復術師は非常に貴重な存在だ。
だからおいそれと前線に出したりしない。前線ででた怪我人は斥候部隊が後方まで運んで治療するのだ。
「で、ボクはその中のみそっかすのみそっかすってわけね」
ランクはぶっちぎりのGランク。レベルは1。
ステータスは未覚醒者と同程度。
装備はセラミックナイフと布の服。
逆によくまあ参加させたよなあ。誰から見ても足手まといだ。
というわけで、ボクはこうして拠点の端っこでぼっち……哨戒任務に当たっているのだ。自主的に。
主力部隊がグレイトボアの群れにぶつかるのは明日。
今は、後方拠点全体でやることがほとんどない。
あー、暇だ。
「雪、まずいよ……」
「まだ作戦は明日って言ってたじゃない! もう二度とあんな思いをするのはごめんなの! 少しでも強くならなきゃ! 今なら回復も受けられるし、装備も整っている。レベルを上げるチャンスだわ!」
風に乗って言い争う声が聞こえて来る。
おや、この声は……。
普段ならまず間違いなくスルーするところだけど、あまりに暇すぎる。
ボクの足は自然と声のする方に向いた。
そして見えた姿はボクの予想通りの人物だった。
「あ、あの、こんにちは……」
「だから警邏任務っていえば問題ないって言ってるじゃ……きゃっ!」
「お、お前!」
おそるおそる声を掛ける。
言い争っててボクに気が付かなかった2人は、急に声をかけられて飛び上がり、ボクの顔を見てさらに飛び上がった。
ボクをはめて毒島達に差し出した少女と、その仲間の少年。
確か名前は紅井雪と鉄大吾。
「ななな、何しに来たんだ! ふ、復讐なのか!? ゆ、雪は悪くないぞ!」
大吾と言われた少年が腰に下げた短剣に手をかける。
興奮しすぎだ。
手が震えている。それじゃあ満足に剣を抜くこともできないはずだ。
ボクが何も言わずに一歩前に出ると、大吾少年も慌てたように剣を鞘から抜こうと一歩踏み出した。
遅い。ボクは一気に短剣の間合いの内側にまで入る。
抜こうとして剣の柄頭にそっと手を添える。それだけで、大吾少年の手は止まる。
焦りに紅潮した少年の顎に掌底を入れる。
「ぐはっ」
自分からボクの手のひらに顎を打ちつけた大吾少年は、受け身もとれずに後方に倒れた。
間髪入れずにボクはセラミックナイフを抜くと少年の首筋に刃を当てた。
チェックメイトだ。
「ま、待って! 謝るわ! いえ、償わせて! だから大吾を殺さないで!」
雪と呼ばれた少女が、叫んだ。もちろん殺すつもりなんて無い。
あの時、紅井雪に嵌められたのも別に恨んでいない。
明らかにこの子に自由意志はなかった。
あの時も、ボクが毒島にリンチにかけられたのを必死に止めようとしていた。
今組み伏している大吾という少年にも、至る所に治りかけのあざが残っている。
二人は被害者だ。
ボクは、大吾少年の首からナイフを離すと鞘に戻した。
少年は緊張が途切れて脱力し、少女はぺたんと床に座り込んでしまう。
「落ち着いて欲しかっただけだよ。攻撃する意志はない」
ボクがゆっくりと両手を広げて見せると、二人の肩から一気に力が抜けた。
張り詰めていた空気が急速に緩んでいく。
雪の頬がみるみるうちに赤く染まり、慌てたように姿勢を正した。
彼女は一瞬ボクと目を合わせたかと思うと、すぐに視線を落として、腰を90ß度に折り曲げた。
大吾も慌てて地面から飛び起きると、砂埃を払うのも忘れて雪の隣に並んだ。
二人の動きはまるで示し合わせたかのようにぴったりと揃っていた。
「本当にごめんなさい! 私はあなたに対してひどいことをしたわ!」
「す、すみませんっス! 責任は俺にあるっスから!」
二人の声が重なり合うように響く。
その姿勢のまま、微動だにしない。
このまま放っておいたら、額を地面にこすりつけて土下座でも始めそうな勢いだ。
ボクは思わず後ずさりしそうになったが、なんとか踏みとどまった。
なんか、無理やり謝らせているみたいで居心地悪い。
「いや君たちが悪くないの知ってるから……」
「そんなことない! 保身のためにあなたを犠牲にしようとしたことに変わりはないから!」
「い、いや! 毒島に引き込まれたのは俺が原因っスから……!」
あ、全然ボクの話を聞いてくれない。
二人の声が重なり合って、空気がどんどん重くなっていく。
むしろ二人でどっちが悪いか競走を始めてない!?
紅井雪が一歩前に出れば、鉄大吾も負けじと前のめりになる。
ボクを挟んで謝罪合戦が繰り広げられていた。
待て待て、謝罪の圧が強いぞ!
二人の勢いに押されて、ボクは更に一歩後ずさる。
「私が……!」
「いや、俺が……!」
「待て待てーい!!」
遂に逃げ場のなくなったボクは、思わず悲鳴を上げてしまう。
その声に、二人の足がピタリと止まる。
改めて二人を見る。
顔立ちや背丈から察するに、おそらく中学生くらいだろう。
となれば、ここは年長者であるボクが大人の対応を見せて、この場を収拾しなければならない。
深呼吸を一つ。
穏やかに、そして落ち着いて対処するんだ。
ボクは自分に言い聞かせながら、精一杯胸を張った。
背筋をピンと伸ばし、できるだけ堂々とした態度を装って、そして声を上げた。
「ボクはもう大丈! もう気にしなくていいりょ!」
……………………。
言い終わった瞬間、空気が凍りついた。三人の間に流れる沈黙が、やけに重い。
「噛んだわね」
「噛んだっスね」
二人の冷静な指摘が、ボクの心に深々と突き刺さる。
顔から火が出そうなほど熱くなり、耳まで真っ赤に染まっているのが自分でも分かった。
ボクのばかぁぁぁぁ!
心の中で絶叫しながら、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆ってしまった。
せっかく先輩らしく振る舞おうとしたのに! 穴があったら入りたいわ!
「ぷっ、くっくっくっ」
「こ、こら! 雪笑ったら失礼っス!」
紅井雪が肩を震わせながら、必死に口元を手で押さえている。
その隣で鉄大吾が慌てたように彼女の肩を叩いた。でもその大吾の口元も、もにょもにょと不自然に動いている。
明らかに笑いを堪えているのがバレバレだった。
ボクの頬が熱くなる。耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かった。
ボクは一応、先輩のはずなのに!
「くくく。ごめんなさい! でもおかげで力が抜けたわ! この借りは必ず返す。私は紅井雪よ! 雪って呼んでくれて構わないわ!」
「俺は鉄大吾っス!」
二人が同時に右手を差し出してきた。雪の瞳には、さっきまでの緊張や不安はもうない。
大吾も白い歯を見せて、屈託のない笑顔を浮かべている。
ボクは恐る恐る、差し出された2人の手を順番に握り返した。
雪の手は思ったより小さくて、でもしっかりとした力強さがあった。
大吾の手は少しゴツゴツとしていて、幼いながら前衛らしい手だった。
「ボクは道家凪だよ! よろしく!」
結果はどうあれ丸くおさまったのでOKだ。
そう思うことにしよう。ボクは肩をすくめて、心の中でひとり頷いた。
うむ、先輩というものは過程とかそういった些細なことに固執せずに、結果を重視するものなのだ。
そう、これでいい。きっとこれでいいはずだ。
「いやー。同年代の潜行士の知り合いがいなくて困ってたのよ! 凪は何歳? 私より年下かしら?」
「その年で潜行士に覚醒するなんてすごいっスね! 俺たちでさえ早い方といわれてたのに!」
雪と大吾が目をキラキラさせながら、ボクに向かって身を乗り出してきた。
二人の瞳には純粋な好奇心が浮かんでる。
をや? 年下?
「え……と。雪さんに大吾くん。君たち何歳?」
「14歳よ! 私が年上だからってさん付けなんて必要ないわ! 雪と呼んでちょうだい!」
「自分も大吾でいいっス!」
「…………」
14歳。じゅうよんさい。ジュウヨンサイ。
どう聞いても、どう解釈しても、それはボクより年下という意味だ。
あーれー? もしかしてのもしかしてだけど、ボク年下に思われてる?
ははは、そんなバカな。ボクは乾いた笑いを漏らしながら、自分の体を見下ろした。
確かにボクはちょっと背が低い。いや、かなり低い。
そして体格もちんちくりんだ。でも、でもそれでも──。
うん、まあ、もしかしたらそういうこともあるかもしれない。
ボクは必死に自分を納得させようとした。小さなことは気にしないのだ。
だってボクは先輩だから。先輩は心優しく、後輩のミスを包み込んで──。
「ボクは、17歳だぁぁぁぁぁぁぁ!」
ボクの絶叫が後方拠点中に響き渡った。




