チャプター02 未来に転生とかあるわけないでしょ
「何でレベル1固定なんですかぁぁぁぁ!?」
「あたしが知るかぁぁぁ!」
「あいたぁぁぁっ!」
咲良さんの拳骨が、叫ぶボクの頭のてっぺんに振り下ろされた。
ゴツンという鈍い音と共に、視界に火花が散る。
頭蓋骨が軋むような衝撃に、ボクは思わず頭を抱えてしゃがみ込んだ。
め、目玉が飛び出るかと思ったわ……!
ズキズキと脈打つような痛みに耐えながら、ボクは涙で滲んだ視界の向こうにいる女性を恨めしそうに見上げた。目の前に立っているのは、ボクを殴った張本人──咲良さんだ。
超絶の美人。切長の瞳に通った鼻筋、形の良い唇と咲良さんの顔立ちは恐ろしいほどに整っている。
芸能人と言われれば、疑いなく信じてしまうほどの美貌。
しかし、そんな印象は彼女の所作によって、あっさりと崩される。
「ち、ったく面倒な拾いモンしたぜ。イライラするったらねぇ──ちっと待ってろ」
長い髪は高い位置でまとめられたポニーテールは、ブリーチで色が抜け切るまで脱色された金髪だ。陽光を反射してキラキラと輝く。
口の端には火のついていないタバコをくわえ、咲良さんはしゃがむと、加えたタバコに火をつけて、美味しそうにふかした。
この人、ヤンキーだ……!
紫煙をくゆらせる咲良さんの姿を見て、ボクの中で何かがガラガラと音を立てて崩れていった。タバコを持つ手つきは慣れたもので、指先で器用にクルクルと回してみせる。その所作から漂ってくるのは、筋金入りのヤンキー臭だった。
しかも、完全に昭和の香りがプンプンする。
その美貌とヤンキースタイルのギャップが、なんとも言えない違和感を醸し出している。
天使のような顔立ちなのに、仕草はどこからどう見ても根っからの不良。
そんな咲良さんの様子を見ながらも、ボクの中でフラストレーションがじわじわと溜まっていく。
気長に一服する咲良さんを待てなくなったボクは、手持ち無沙汰に指先を動かした。
視界の端に浮かぶアイコンに意識を向けると、半透明のウィンドウが目の前に展開される。
ステータス画面を開くと数値の羅列が並んでいる。
レベル、HP、MP──多くのゲームで見るステータスの仕様。
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道家凪
種族:人間
第一職業:道化師 第二職業:設定不可
Lv:1 【レベル固定】
HP:10/10 MP:0/0
EXP:0
【装備】
[襤褸布:防具:防御力+0:制限なし:特殊効果なし]
[ボロ靴:靴:防御力+0:制限なし:特殊効果なし]
【パラメータ】
筋力:3
体力:2
知力:2
器用:2
速度:2
運:10
【パッシブスキル】
〈運の気配〉
【アクティブスキル】
〈黙劇〉
【エクストラスキル】
〈嘲笑の的〉
【称号】
【賞罰】
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「いや、レベリングシステムを採用しているゲームで、レベル1固定のジョブってどうするんだよ!? 明らかにペナルティ重すぎるでしょ!? ゲームを楽しませる気ないよね!? しかもなんで女の子になってるんだよぉぉぉッ!」
思わず再度絶叫した。
これが叫ばずにはいられるだろうか。
震える手でもう一度ステータス画面を確認する。
やっぱり変わらない。レベル1、固定。
この二文字が目に焼き付いて離れない。
全世界で大流行中のVRMMO『ロストアビス』。
そのロストアビスを作った会社、ユミルゲームスの大型新作『アポカリプスプラネット』のベータテスターに受かったことに狂喜乱舞したのはつい2週間前のことだ。
そして今日、ついに専用筐体が自宅に届いた。
セットアップを終えて、震える手でヘッドギアを装着し、電源を入れてゲームを開始したはずなのに。
なのに、だ。
本来なら最初に表示されるはずのゲームアバター作成画面も、チュートリアルの説明画面も、何一つ現れなかった。
瞬きをした次の瞬間には、気がついたらこの見知らぬ世界に立っていた。
しかも見た目はボクのままなのに、体だけが女性化しているという、わけのわからない状況だ。
胸元を見下ろすと、確かにそこには今朝まで存在しなかった膨らみがある。
そして大事なものが、ない。
先ほどから何度も確認しているログアウトボタンは、相変わらずグレーアウトしたまま。
タップしても、長押ししても、何をしても反応しない。
ゲームからログアウトできないとか、致命的すぎるだろ!
流石にベータテストとはいえ、バグり散らかしてませんか!? ユミルゲームスさん!
フラストレーションで1人悶絶していると、咲良さんがイラついた表情で、咥えタバコで立ち上がった。
「だからゲームじゃねぇって言ってるだろうが! ここは現実だ! お前が生きた時代から300年後のな!」
でも、そんな話を信じられるわけがない。
咲良さんの右手には身長ほどある黒槍。いかにも歴戦の装備だ。
森でモンスターに囲まれたボクを救けてくれた時の槍捌きは見事だった。
とても現実の人間が出せる動きじゃない。
そのうえ視界にはステータスやインベントリやマップまで浮かんでいる。
どう見てもゲームじゃないか。
「し、信じられるわけないじゃないですか! 体は女性化するし、ユーザーインターフェースは出るし、モンスターは出るしでどう見たってゲームですよ!」
「うっせえ! 細えことをちまちま並べ立てやがって! 情報災害でゲームと現実世界が融合しちまってできたのが、この塵界なんだよ! これだから渡航者は! 300年前から予備知識もなく転移してくるもんだからまったく!」
だが、理屈とは別に感覚が揺らぐ。
怒鳴る咲良さんの表情は生々しく、NPCには見えない。
そこには、プログラムでは再現できないような人間臭さを感じてしまう。
しかもだ。
横目で周囲の景色を確認する。
とてつもなく美しい森が広がっていた。
数百年はたたなければ到達できないような大きさに成長した樹々。
巨木の下には押しつぶされ、原型を失おうとしてる古いビル群。
更には不思議な景色の所々に虹色に輝く霧がかかっていて、その霧は画像が乱れた時のように、時折ちらつきとグリッチノイズを発生させている。
不可思議な世界ではある。そもそも現実世界になぜノイズを発生させる霧があるのかという話だ。
だけどその圧倒的な解像度が、この世界がゲームなのかと問いかける。
いやいや、そんなわけないだろ。アポカリプスプラネットがすごいだけだ。
信じそうになる自分を必死に否定する。
「そ、そんなわけ……」
「信じなきゃ話になんねーんだよ! ああ、めんどクセェな! ったく女の腐ったような奴だな!」
「女性の咲良さんが女性蔑視の発言かますとか、どういう神経しているんですか! それにボクは男ですよ! まだ体は女の子になったとしても心は折れてません!」
まったくもって失礼な人だ。
「男だろうが女だろうが、腐る奴は腐る! それにち〇〇付いてない奴は、女なんだよ! そんな可愛いなりしやがって、見た目から完全に女性化しているじゃねぇか! ……渡航者はたまに性別転換が起きるって聞いたことがあるが、見た目も変わるもんなのか?」
咲良さんの視線が全身をなめるように動く。
思わず身を抱いた。
痛いところを突かれている。
ボクは昔からひょろひょろで、小柄で、髪も短いのに女の子と間違われてきた。男子に告白されたことだってある。
筋トレしても、プロテインを飲んでも、この体つきは変わらなかった。
「ボクの見た目は前からこのままだぁぁぁぁ! ボクだって男らしくなりたかった! 横暴だ! ジェンダー差別だ! それに咲良さん女の人なのにち〇〇とか、はしたない……あいたぁー!」
激昂して言い返したボクの頭に、咲良のゲンコツが再度落とされた。
とてつもなく痛い。視界に火花が散り、目に涙がたまる。
「なぜいちいち叫ぶ!? 思わず殴っちまうだろ!?」
いや、思わず殴るとかどんな脳筋なんですか!?
ボクが痛みに悶えていると、咲良さんが切り替えるように髪をほどいて掻き上げた。
咥えていたタバコを深く吸う。
指先で軽くタバコを弾くと、灰が風に舞って消えた。
とても自然な動きだ。長く吸っているのだろう。
その姿は様になっていてかっこいいと、不覚にもボクは一瞬見惚れてしまう。
「で、本気でこの中をゲームだとおもってんのか? さっきの様子を見てもか?」
落ち着いた視線を咲良から向けられる。ボクは慌てて顔を逸らす。
この場所でモンスターに囲まれた時の記憶が鮮明に蘇る。
配管やコードが複雑に絡み合って形成された、大型犬ほどの大きさのサイバーパンクなネズミ型モンスター。
その群れに四方を囲まれ、絶体絶命の状況だった。
あの時、咲良さんが現れなければ──。
モンスターから発せられた殺気を思い出し、震えが走る。
目の前では咲良さんの槍に、前足の一本を失ったモンスターが串刺しにされている。
それでもまだ息があるらしく、もがくように体をくねらせていた。
咲良さんの真剣な眼差しがボクに向けられる。その視線の重さに耐えきれず、ボクは俯いてしまった。
「渡航者は潜行士にしかなれねぇ。戦うしかねぇんだ。この世界の元になったロストアビスは死にゲーって言われてたんだぞ」
「知ってますよ。ついこの前までやってたんですから」
ユーザーインターフェースを開いた瞬間から、ボクは気づいていた。
画面の仕様がロストアビスとまったく同じだということに。
最近までボクもプレイしていたゲームだ。だからこそ初見でも迷うことなく使うことができたのだ。
「だったらわかるだろ。ふざけた話だが、状況はマジだ。現実とゲームが結びついたせいで蘇生はエラー侵食率を上げる。無限に復活できるわけじゃねぇ。下手すりゃ1回で完全崩壊──死だ。ゲーム感覚で挑んでたらあっという間に、あの世行きだぞ?」
咲良さんの声に、今までにない真剣さが宿っていた。
口調は荒っぽいし、すぐに手が出る性格だけど、本当は良い人なのかもしれない。
それでも、ボクは納得できなかった。
普通に高校に通い、放課後に友達と遊ぶ。
そんな現実はとっくの昔に滅んでいて、まるでゲームのようになってしまった世界で。
生きていくために必須となるであろうジョブは道化師。
ふざけたジョブだ。どう考えても戦闘系ではない。
ロストアビスをプレイしていた時も、一度も見たことがない。
圧倒的に低い基礎ステータス。
極めつけは、エキストラスキル「嘲笑の的」。
おそらく道化師の切り札になるスキル。
その説明文にはこうあった。
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──嘲笑の的
──それは死を娯楽に、戦いを遊戯に。魅せよ。観客の注目は其方の力になり、命を掛けた演目は熱く盛り上がる。それは観客と共に作る喜劇である。
──観客を魅了することにより自身のステータスを上昇させる。1名につき0.05倍の上昇。
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手が小刻みに震える。息が浅くなる。
つまりは人にパフォーマンスをするとステータスが上がる仕組みだ。
人前に出なければならない──その事実が、心の奥底に封じ込めていた記憶を呼び覚ます。
教室の視線、嘲笑う声、逃げ場のない恐怖。
落ち着け。これは現実じゃない。
震える手を握りしめて、 ボクは必死に自分に言い聞かせる。
ダメだ。嘲笑の的は使えない。
「……そんなわけ、ないです。これはゲームだ。ボクはアポカリプスプラネットっていうゲームのベータテスターに選ばれて、それをプレイし始めたんだ。とてもリアルに感じるけれど、咲良さんだってNPCのはずなんだ」
「ったく。顔に似合わず強情なやつだな!」
咲良さんは大きくため息をついて、腰に手を当てた。
「顔は関係ないですよ!」
「──じゃあ戦ってみろ」
「……え?」
突然の提案に虚を突かれる。
彼女の瞳に宿る真剣な光は、さっきまでと何も変わっていなかった。
「ここはゲームの世界なんだろ。いくらでも蘇生できる遊びの世界。なら怪我しようが、最悪死んでも問題ないわけだ。だろ?」
「ええ、まあ……そう、なりますね」
ボクは喉の奥で言葉を転がしながら、渋々頷いた。
咲良さんは全てお見通しだったのだ、と勘づく。
ボクが納得しないことも含めて。
だから手負いのモンスターを1匹、ずっと残しておいたのだ。
当然だ。ゲームのチュートリアルなんだから、戦闘システムを説明があるのは自然だ。
「じゃあ戦ってみろ。まあ死にそうになったら助けてやる」
咲良さんがインベントリから取り出したナイフが、鈍い音を立ててボクの足元に転がった。
刃渡り十センチほどの、何の変哲もない武器。
きっとゲームの最初期に手に入るような、ありふれたアイテムだ。
「──重いっ」
渋々持ち上げたナイフの重さにびっくりする。
ずっしりと手に食い込む感覚が、リアルさを強調していた。
こんなものを振り回すことなどできるのだろうか。
「嫌ならやめてもいいんだぞ?」
「やりますよっ! この世界はゲームなんだ! 今はチュートリアルのはずだ! 好きにゲームは楽しんでいいはずだ!」
咲良さんの言葉にムキになって言い返す。
ここはゲームの世界なのだと、再び自分に言い聞かせる。
咲良は諦めたように、ネズミ型モンスターを縫い止めていた槍を引き抜いた。
ちぎれたチューブからオイルを漏らしながらギチギチと不快な音を立ててモンスターが起き上がる。
先ほど群れてかかって惨敗した咲良さんよりも、ボクを標的に選んだようだった。
こちらに向けられる殺意に膝が笑う。
戦闘はあっさりと始まった。
モンスターが動き出した。
前足を失っていてもなお、素早い動きで距離を詰めてくる。
「くっ、……あっ!」
突進してくるモンスターを避けようとしたが、緊張で足がもつれてしまった。
体を捻るも間に合わず、金属の体が太ももを掠める。
掠めただけなのに、今まで感じたことのないような灼熱感が走った。
痛みが全身を駆け巡り、視界が真っ赤に染まる。
「ぐ、がああああああっ。ち、血が……!」
あまりの痛みに思考が真っ白になった。
手からナイフが滑り落ちる。
震える手で傷口を押さえると、手のひらがみるみる真っ赤に染まっていく。
「言わんこっちゃねぇな! 安心しろ。かすり傷だ。その程度じゃ死なねぇ……って、聞こえてねぇな」
「い、痛い……! な、なんでこんなに……!」
VRの中で怪我をしても、感覚ゲインは調整されて、それほど痛みは感じないははず。
しかし今ボクが感じているのは、紛れも無い本物の痛みだった。脳を灼くような、現実の痛み。
再度突進を仕掛けようしているモンスターを見て、ボクは息を呑んだ。
喉の奥から小さな悲鳴が漏れる。
足の震えが止まらない。一歩も動けなかった。
「は? 攻撃受けりゃ痛いに決まってんじゃねーか! 潜行士なんだろうが? スキルの一つも使えや!」
その言葉にさらに固まる。
だって嘲笑の的は……。
「そ、それは……」
「ちっ、まったく呑気な奴だな!」
咲良さんは呆れたように吐き捨てながら、ボクとモンスターの間に割り込んだ。
女性らしくも頼もしい背中が、ボクをモンスターから守ってくれる。
ふと、槍を握る咲良さんの前腕に目が留まった。
そこには細かな傷跡が無数に刻まれている。これだけの数、怪我をして生き抜いてきたのだ。
「現実……なのか」
ボクがその事実を受け入れるのと、咲良さんが華麗な槍捌きでモンスターを一刀両断にするのは同時だった。
助かった。
消えていくモンスターを見ながら呆然と思う。
張り詰めていた緊張の糸が切れたように、急激な眠気がボクを襲う。
薄れゆく視界の端で、咲良さんが慌てたように身体を揺すっているのが分かった。
「たりめーだろ……っておい! 寝るんじゃねーぞ! 気絶するような傷じゃねぇって! 誰が茂原外環まで運ぶって言うんだよ!」
咲良さんの怒声を最後に、ボクの意識は闇に沈んでいった。




