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チャプター19 示現無双流

 再生ポットから水の抜ける感覚。

 ポッドが開くと同時に、ボクの意識は完全に覚醒した。

 冷たい空気が濡れた肌を撫でて、全身に鳥肌が立つ。

 ポッドの縁を掴んで身体を起こすと、水滴が床に落ちる音が静かな医療室に響いた。


「これで通算500回目の蘇生(リスポーン)です。──感覚ゲインが最大値なので、蘇生(リスポーン)のしすぎは精神に負担をかけますよ?」


 ユミルが心配そうに覗き込んでくる。

 痛みのゲインも最大値に上げているから、やはり攻撃を受けると痛い。

 先ほどの戦闘で受けた斬撃の感覚が、まだ右腕に残っているような気がした。

 でもおかげで痛みに対する耐性は大分ついた。ダメージを受けた後でも、パニックに陥らずに戦うことができる。

 最初の頃は痛みで思考が止まってしまうこともあったけれど、今では冷静に次の行動を選択できるようになった。

 それでも現実と比べると半分の痛みだ。ボクが戦うことになる塵界では、この倍の痛みが襲ってくる。このくらい耐えられなければ、現実の痛みを伴う塵界で生き残ることはできない。


「ありがとうユミル。大丈夫みたいだ」


 ボクは攻撃を受けた右腕の掌を開握して、感覚に違いがないことを確かめる。

 指先の動きも問題ない。関節の可動域も正常だ。何度も蘇生(リスポーン)を繰り返しているが、身体機能に異常は見られなかった。

 ボクはバネを使って飛び起きる。

 この8ヶ月間。それこそ死にながら鍛え上げた。

 死ぬ寸前ではなく実際に死ぬところまで訓練できることは大きい。

 どこまで無理が利くのかを把握することができる。

 おかげで短期間で、大きく成長できた気がする。


「でもヘッジホッグを単独討伐はまだ先かなぁ」

「あれは銃器や飛び道具を利用して遠距離から削っていくことを想定した個体ですよ! それをナイフ2本で単独で挑んでるナギさんがおかしいんです! アポカリプスプラネットのベータ版はオフラインの仕様なのでパーティプレイができません。でもその代わりに私がパーティメンバーとして戦えるようになっているのに!」


 ユミルがプンスコと頬を膨らませる。

 その表情は怒っていても可愛い。

 私がいますから!と、胸を張ってパーティ参加しようとしたユミルを断ったのは、凪だ。


「でも、ユミルは塵界に連れていけないからなぁ……」

「……? 何か言いました?」 


 ボクは首を傾げたユミルに向かって手を合わせる。


「ごめん! でも当面は、1人で戦ってみたいんだ。そういう縛りプレイなんだよ!」

「いきなり縛りプレイとか、難易度上げすぎですよ!」

「ははは。いいデータ取れるでしょ? 製品版を発売する時はぜひ参考にしてね」

「誰がこんなハードモードでプレイするっていうんです!? データなんかよりもナギさんの身体が心配です! もし危ないと判断したらストップかけますからね!」


 プリプリと頬を膨らませるユミルを従えて、ボクは蘇生棟から足早に出た。

 コンクリートと金属が混じった通路を進み、修行棟へと向かう。

 ボクのアポカリプスプラネットでのプレイスタイルは極めてシンプルだ。

 フィールドエリアでの実戦と修業棟での修行、この二つだけに時間を費やしている。

 武器の生成や素材開発といった要素には、一切手を付けていない。

 装備品に至っては今でも初期装備のままだ。基礎戦闘服と一対のコンバットナイフ。

 初心者と勘違いされても仕方がない。

 ユミルが不満そうに口を尖らせるのも無理はなかった。


「また示現無双流の修行ですか?」

「うん。あの流派はすごいね。他のアビリティ群と比べると段違いだ。もし使えるようになれば、かなり強くなれる──使えるようになればだけど」

「習得難易度がSSSですからね……。本来ならゲーム内時間で習得するまでに数百年を想定したアビリティ群ですよ」


 ボクの要請に応えて、ユミルが空中に浮かぶインターフェースを素早く操作する。彼女の細い指が光る画面を滑るたび、周囲の景色が変化していく。

 無機質なドーム状の修行棟の内部が、瞬く間に切り替わった。

 木製の格子窓朝日が差し込む、静謐な和風の道場へと。

 板張りの床は長年の使用で摩耗し、鈍い光沢を放っている。ゲームならではの光景に、ボクは小さく息を吐いた。

 アポカリプスプラネットには「アビリティ群」という独特の概念がある。

 プレイヤーが習得できる様々なアビリティが、その方向性や系統に応じてグルーピングされているのだ。

 剣術、魔法、錬金、製造、格闘術など、多岐にわたる。

 修行棟では、それぞれのアビリティ群に専属の教官が付く仕様になっている。

 設定によれば、彼らは過去の人類史上に実在した強者たちの人格を保存・再現した存在らしい。単なるフレーバーテキストかもしれないが、その動きや教え方は妙にリアルだ。

 ボクがこれまでに習得したアビリティは、基礎体力(C)、ヴァルデリア国軍式格闘術(B)、ヴァルデリア国軍式ナイフ術(B)、ヴァルデリア国軍式総合近接戦闘術(A)の三つだ。

 特にヴァルデリア国軍式の戦闘教練シリーズは、まさに地獄と呼ぶにふさわしい過酷さだった。

 教官のリュシュエンヌ・ヴァレンティナは、かつて英雄レベルの戦闘力を持つ軍人を数多く輩出した軍所属の鬼教官だ。彼女の存命時、その薫陶を受けた弟子たちは一大派閥を形成し、軍内でかなりの発言力を有していたという。

 修行に際してはなぜか同期の新米兵士としてマティアスとユルゲンも生成されて、一緒に修行を行なった。

 1人が倒れると、ドSのリュシュエンヌ教官が興奮に頬を上気させて、連帯責任の罰則を追加をしていくのだ。

 腕立て回数が1万回をこえた時には、絶望したものだ。

 いや、無理だろ。

 本当の恐怖はアビリティ群を習得した後に、リュシュエンヌ教官がヤンデレ化したことなのだが、それはまあ置いておこう。


「示現無双流、修行領域展開完了。示現無双流始祖──九龍院巖轍(くりゅういんがんてつ)、入ります」


 ユミルの凛とした声が道場に響き渡った。

 過去のトラウマを手繰り寄せているうちに、いつの間にか周囲の景色が完全に変わっていた。

 見慣れた木造の道場、磨き上げられた床板、壁に掛けられた古い掛け軸。

 ボクは自分の姿を見下ろす。

 いつの間にか着ていた服が、白い道着と紺色の袴に変わっている。

 ガラガラと木戸が開く音がして、二人の人物が姿を現した。

 一人は普段着姿の、ちょっと小太りのおばさん。和枝さんだ。

 エプロンをつけた彼女の姿に武人の気配はない。

 そしてもう一人は──。

 ボクと同じく道場着を身にまとった、枯れ枝のような老人だった。

 正直に言って、全く強そうには見えない。頭頂部は完全に禿げ上がり、残った白髪が申し訳程度に側頭部に張り付いている。

 顔は深い皺に覆われ、まるで干し柿のようだ。

 何より印象的なのはその細い腕だった。骨と皮だけでできているような腕は、少しでも力を入れれば簡単に折れてしまいそうに見える。

 しかし何よりも──。

 老人がゆっくりとボクの前に歩み寄ってきた。その足取りは覚束なく、今にも転びそうなほど不安定だ。

 ボクの目の前で立ち止まると、じっとボクの顔を見つめてきた。その瞳は濁っていて、焦点が合っているのかさえ分からない。


「──和枝さん」


 老人が振り返ることもなく、感情のこもらない声で呼びかける。


「はい」


 付き従う和枝さんが落ち着いた声で返事をした。


「わし、朝ごはん食べたかの?」

「おじいちゃん! 食べましたよ! 何ならごはんおかわりもしましたって!」


 和枝さんが大きな声で答える。その声にはいつも通りのこなれた気配がある。


「そうじゃったか……?」


 ボケていた。完全に認知症が進行している。

 老人は首を傾げ、また曖昧な表情でボクを見つめ直した。


「お前はだれじゃ?」


 当然のごとく、昨日も会っている。何ならゲーム内時間で4ヶ月の付き合いだ。

 毎日のように通い詰めているというのに、巖轍じいさんの記憶力は相変わらず絶望的だった。

 ボクは深く息を吸い込み、いつも通りの挨拶を始める。


「おじいさんの弟子の1人で道家凪と言います。本日も手合わせを願いたく──」

「わしの和枝さんに手を出そうということじゃな……?」

「違うわ!」


 思わず大声で突っ込む。

 和枝さんは巖轍じいさんの息子の嫁だ。

 そもそもおじいさんのものでもない。

 この思い違いの激しさには、さすがに呆れを通り越して脱力してしまう。

 道場の隅で見守っていた和枝さんは、相変わらず涼しい顔をしている。

 長年ボケボケの巖轍じいさんと付き合ってきただけあって、どんな妄言にも一切動揺を見せない。

 示現無双流は非常に難しいアビリティ群だ。

 修得にあたり理論立てて説明できる部分がほとんどない。

 技の一つ一つが感覚的で、言葉では表現しきれない領域にある。結局のところ、身体で覚えていくしかないのだ。

 更に指導者の状態が、事態を悪化させている。巖轍じいさんとの意志の疎通はほぼ不可能。まともな会話が成立しないのだから、技術的なアドバイスなど期待できるはずもない。

 師匠からのフィードバックは皆無に等しく、ただひたすら手合わせを重ねることで、その動きから全てを盗み取らなければならない。


「わしの和枝さんに手を出そうという、不埒(ふらち)な根性。ここで叩き直してくれる」


 巖轍じいさんの姿勢が僅かに沈む。膝が曲がり、重心が落ちる。

 たったそれだけの動作で、道場内の空気が一変した。先ほどまでの呆けた老人の姿は消え失せ、そこには一人の武人が立っていた。

 和枝さんが音もなく巖轍じいさんから離れていく。

 ボクの額に冷たい汗がにじむ。あの枯れ枝のような老人から放たれる闘気だけで、全身が総毛立つ。

 ボクも慌てて構える。

 呼吸が浅くなり、心臓が早鐘を打ち始める。

 気がついた時には目の前に巖轍じいさんが出現していた。

 もともと彼我の距離は5メートルほど。しかも正面にいたはずなのに。

 その距離を悟らせず、一瞬で詰められた。


「ぐっ、はやッ──」


 ボクは反射的に上体を後ろに反らし、かろうじて巖轍じいさんの拳を避ける。

 鼻先を掠めた拳が巻き起こす風圧で、前髪が激しく揺れた。

 その細腕から放たれる一撃が顔に当たれば、ボクの頭はスイカのように弾け飛ぶ。比喩ではなく文字通り爆散だ。

 巖轍じいさんの腕は、細い。

 別に筋力が高いわけではないことは、この4ヶ月の修行で何度も確認済みだ。

 実際、腕相撲をすればボクでも勝てるくらいの筋力しかない。

 だとしたら、あの異常な攻撃力は全て技術によるものということになる。

 体重移動、呼吸、タイミング。

 それら全てが完璧に噛み合った時、老人の細腕は鋼鉄の槌と化す。

 ボクは拳を握りしめた。いつか必ず、あの攻撃力を手にしてみせる。


「ほう、初撃を避けるか──?」

「昨日も避けたけどね……! もう3回に2回は避けられるようになってるよ!」


 巖轍じいさんの眉がぴくりと跳ね上がった。白い眉毛の下で、鋭い眼光がボクを射抜く。

 つまりはまだ3回に1回は初撃で死んでるってことだけど、それでも初めよりはマシだ。最初の1ヶ月間なんて、瞬きする間もなく瞬殺されていた。気がついたら再生ポッドで蘇生されていることを何度繰り返したことか。


「──逸材ね。たった4ヶ月でここまで来るなんて」


 和枝さんが腕を組んで、感心したように深く頷いた。彼女の視線には、純粋な評価と少しの驚きが混じっている。


「ちょっとだけ……! ズルをしているからね!」


 ボクは苦笑いを浮かべながら、無理に避けた体勢を立て直す。

 実をいえば、この示現無双流の源流とも言える動きをボクは知っている。

 ──霧院流古武術。

 希の実家を開祖とする、歴史ある武術道場の流派だ。

 その武術は、単なる格闘技の枠を超えていた。

 刀剣類だけでなく銃器にすら適応する汎用性。

 各国の特殊部隊が門を叩き、軍事教官として招聘状が届くほどの実戦性。理論や型だけでなく、生死を分ける極限状況で磨き抜かれた技術体系。美しさよりも確実性を、華麗さよりも効率を追求した、純粋な戦闘術だ。

 おそらく示現無双流を設定するにあたって、開発陣が手本としたのが霧院流なのだろう。

 基礎的な体重移動や、重心の置き方、呼吸のリズムまで、希や道場に通う門下生たちの動きとよく似ていた。

 示現無双流は、その伝統的な技術体系に、人間を超えるステータスや魔力の概念を組み込んで、ゲーム世界内の武術として再構築したものなのだ。

 だからこそ、ボクはなんとか食らいつくことができる。

 地面を蹴って、巖轍じいさんに張り付くように間合いを詰めた。拳を繰り出し、蹴りを放ち、とにかく攻撃の手を休めない。

 離れれば、次の瞬間には背後を取られて終わりだ。

 接近戦に持ち込めば、それはそれで危険極まりないけれど、まだ多少は長く手合いを維持できる。

 せめて5秒、いや10秒は持ちこたえたい。

 巖轍じいさんの動きは、決して目にも止まらぬ速さというわけではない。

 それなのに、ボクの攻撃はことごとく空を切る。拳は虚空を打ち、蹴りは風を裂くだけだ。

 まるで水を相手にしているかのようだ。

 掴もうとすれば指の間からするりと抜け、打とうとすれば形を変えて受け流される。


「ふむ、わっぱ。唯のナンパ野郎ではないな──」

「だからボクはあなたの弟子なんですって!」


 ボクは叫びながら、右の拳を振り抜いた。

 巖轍じいさんの顔面を狙った一撃は、あっさりと空を切る。

 返す刀で左のフックを放つが、これも虚しく風を薙ぐだけだった。

 息つく暇もなく、次の攻撃を繰り出す。

 右膝を跳ね上げ、同時に左肘を振り下ろす。

 二段構えの攻撃も、巖轍じいさんには児戯に等しいらしい。

 ひらりと身を翻し、ボクの攻撃をすべて見切っている。

 どうすれば一撃でも入れられるのか。思考は高速で回転していたが、答えは見つからない。

 ボクの拳は容赦なく急所ばかりを狙っていた。喉元、みぞおち、側頭部──手加減などしている余裕はない。

 当たれば確実に致命傷となる箇所を、本能的に選んで攻撃を仕掛けていく。

 ヴァルデリア国軍式の近接格闘術は、護身用ではなく、殺傷を基礎として相手の無力化を目指す。

 関節を極め、骨を砕き、一撃で相手の命を奪う技術。

 それらすべてを身につけているはずなのに、目の前の老人にはかすりもしない。


「ふむ、よかろう──」


 来る。

 全身の毛が逆立った。今までの経験が、ボクに危機を告げている。

 巖轍じいさんの構えが微かに変わった。

 それは示現無双流の六伝とも呼ばれる型の一つ。数ある奥義の中でも、最も基礎的な型。


 ──示現無双流:初伝【流転】』。


 ボクが何度挑戦しても、未だ一度として成功したことのない技だった。

 巖轍じいさんの重心が、ほんの数ミリ沈む。それだけだ。大振りな構えもなければ、派手な予備動作もない。

 基礎的な技であるがゆえに、無駄が一切削ぎ落とされている。

 ボクは呼吸を止めた。瞬きすら惜しんで、巖轍じいさんの一挙手一投足に意識を集中させる。

 視覚だけでなく、聴覚も、触覚も、総動員して、迫り来る一撃に備えた。

 かといって攻撃の手を緩めるわけにはいかない。

 もし隙を見せれば、流転を繰り出す前に殺られる。

 ボクは歯を食いしばり、更にギアを上げた。

 長くは続かないフルスロットルだ。もしこれで倒せるなら、倒してしまうつもりで攻撃を繰り出す。

 しかし巖轍じいさんは微動だにしない。

 まるで嵐の中心にいるかのように、静謐な佇まいを崩さなかった。

 そして、ついに巖轍じいさんが動いた。

 それは本当に最小の動きだった。

 ボクの猛攻をかいくぐり、たった一歩、前に踏み出しただけ。

 右手がゆらりと持ち上がる。

 その動きはあまりにも自然で、まるで風に揺れる木の枝のようだった。


「まずッ……!」


 ボクの防御を、その拳は易々と突き抜けた。

 いや、突き抜けたというより、すり抜けたと言った方が正しいかもしれない。

 まるで水が岩の隙間を通り抜けるように、ボクの構えの隙間を縫って、拳が腹部に触れた。

 それは強い一撃ではなかった。

 まるで腹に拳を軽く押し当てただけ。子供が親の肩を叩くような、そんな優しい接触。

 だがその瞬間、背筋が凍りつく。

 この攻撃がボクの動きの芯を完璧に捉えていることを、本能が叫んでいた。

 体全体の重心だけでなく、頭や腕の各パーツの重心、運動量、そしてボクがこれから動こうとしていた方向。

 巖轍じいさんはそれら全ての結節点を見抜き、そこに寸分の狂いもなく一撃を打ち込んでいる。

 恐ろしい技術だ。

 拳から、ごく僅かな魔力が注入される感覚があった。

 針の先ほどの、本当に小さな魔力。

 それは水面に落ちた雫のように、ボクの体内で波紋となって広がっていく。

 最初は腹部から、そして胸へ、腕へ、脚へと、瞬く間に全身を駆け巡った。


「…………がはッ!!」


 気がついた時には、ボクの体は宙を舞っていた。

 地面が遠ざかり、天井が近づく。

 全身から赤い飛沫が舞い上がり、まるで紅い花びらが散るように血がしぶいている。

 骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げ、内臓が激しく揺さぶられる感覚。

 地面に叩きつけられる直前、明滅する意識の中でボクは笑みを深めた。

 

 ────見えたッ!!!


 今までがむしゃらに攻撃を受け続けて、気がついた時には死んでいた。

 何度も何度も、ただ闇雲に突っ込んでは倒されるの繰り返し。でも今回は違った。確実に技の全貌を捉えることができた。

 頭の中で今見たものを必死に整理する。

 要は相手の運動量を利用する攻撃なのだ。

 捻じ曲げる、といったような粗雑なものではない。

 もっと洗練された、もっと恐ろしい技術。相手の力を完全に我が物として、その流れを相手に攻撃として返す。

 自分でも何を言っているかわからない。理屈では説明できない何かがそこにはあった。

 でも、そういうことなのだ。

 巖轍じいさんの拳がボクに触れた瞬間、まるで水が流れるように力の向きが変わり気がつけばボク自身がその力に飲み込まれていた。

 おそらく巖轍じいさんは、自分の力を一つも使っていない。

 今ボクがこうして大ダメージを受けているのも、自分の運動量の全てを自分自身への攻撃に流された結果なのだ。


「コレなら……!」


 思わず声が漏れる。これだ。これこそがボクが求めていたものだ。

 ボクより強い存在ばかりの塵界でも、使える……! 

 レベル1でも立ち向かうことができる。

 相手の力を利用するということは、相手が強ければ強いほど、その技は威力を増すということ。まさに弱者が強者に対抗するための究極の技術。

 この力を手に入れる。そのためならなんだってやってやる。

 ボクは拳を握りしめ、改めて巖轍じいさんを見据えた。

 あとどれくらいで塵界に戻されるのかわからない。

 すでにVR2120に来て4日。残された時間はそれほどないだろう。

 焦りが胸を締め付けるが、それでも前に進むしかない。

 何度でも死んでやる……! 


 瞬間、衝撃が駆け抜け、ボクは地面に叩きつけられて絶命した。 

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