チャプター13 不知火藤十郎という男
エルフの隠れ里──茂原外観の西区は、未覚醒者の住居が立ち並ぶ静かなエリアだった。
並ぶ家々の中で、ひときわ古びた一軒家が目に留まる。
蔦が絡まる外壁に、ところどころ剥がれかけた塗装。
それが整備士の家だった。
「ここがそうなんですね」
ボクは玄関前で立ち止まり、建物を見上げた。窓にはカーテンが引かれ、中の様子は全く窺えない。
「変わった奴だがあまり気にするな」
咲良さんが肩をすくめながら言う。
「ははは。変わっている人なら咲良さんといつも一緒にいるから大丈夫──あいたぁー! ぼぼぼ、暴力反対! 目ん玉飛び出るかとおもったわ!」
頭頂部に鋭い痛みが走り、ボクは両手で頭を抱え込んだ。
「人を変人扱いするからだろ!」
涙目になりながら抗議すると、咲良さんは憤慨した様子で鼻を鳴らした。
さっさとドアノブに手をかける中に入ってしまう。
ボクは痛む頭をさすりながら、慌てて後を追う。
「ノックとかしなくていいんですか」
「どうせ出ねぇからな」
遅ればせながら常識的な質問をするが、咲良さんの答えはにべもない。
まあどうせ中に張ってしまったのだから、手遅れだ。
そして、次の瞬間──。
「うっ……!」
思わず息を呑んだ。目の前に広がる光景は、まさにガラクタの山だった。
床から天井まで、ありとあらゆる機械類が積み上げられている。
基盤がむき出しの装置、用途不明の金属パーツ、絡まったケーブルの束。それらが部屋中を埋め尽くし、人が通れる隙間はわずかしかない。埃っぽい空気に、機械油の匂いが混じっていた。
「おい藤十郎! きたぞ!」
咲良さんは慣れた様子で声を張り上げると、機械類の隙間を器用にすり抜けていく。
その動きはこの迷路のような部屋の構造を完全に把握しているかのようだ。
ボクは慌てて後を追いかけたが、足元の配線に引っかかりそうになって冷や汗をかく。
迷路のような空間を進んでいくと、不意にひらけた空間に出た。
ひらけた、と言っても小さなテーブルに、ソファが置いてあるだけの空間だ。
テーブルの上には使い終わった食器類が無造作に積み重なり、その隙間を埋めるように小さなガラクタが所狭しと並んでいる。
コーヒーカップの横には古びた懐中時計、皿の上には読みかけの文庫本、そして正体不明の機械部品がいくつも転がっていた。
うん、片付けのできなさは咲良さんと同じくらいだ。
ボクは思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「おい、藤十郎! 起きろ!」
そしてソファで開いた雑誌をアイマスクがわりにして眠る人物がいた。雑誌は顔全体を覆うように乗せられ、その下からは規則正しい寝息が聞こえてくる。
「ああ。咲良ね。もう朝なのか?」
「もう昼過ぎだ! まったく、こんな時間まで寝腐りやがって!」
咲良さんの声かけに、藤十郎と呼ばれた男は雑誌を取ると大きく伸びをする。
両腕を頭上に高く上げ、背筋をぐっと反らせながら、まるで猫のような動作で体をほぐしていく。
おかしな格好をした人物だった。
スーツの上に、着物のようなものを羽織った男性。
しかもその姿のまま眠っていたために、袴の裾は寄れて、羽織の襟元も崩れている。
そして本人は癖のある髪を後ろで無造作に束ね、無精髭を生やしたほりの深い男性。
顔立ちは整っているが、どこか気だるげな雰囲気を纏っていた。
「で、誰だい? この子?」
大きなあくびをした後、藤十郎さんの視線がボクに向けられた。
眠そうに半分閉じていた目が、ゆっくりとボクを捉える。
「前に話したろ。凪は渡航者で変わったジョブを発現した奴なんだが、どーにもレベル上げが難しくてな……人工スキルを相談しにきた」
咲良さんが腕を組みながら説明を始めた。その言葉に、藤十郎さんの表情が一変する。
「ああ。あの子供か! そういえば一度見たいと言ったよね」
さっきまでの気だるそうな表情はどこへやら、藤十郎さんの顔が子供のように輝き始めた。
目を見開き、身を乗り出すようにしてボクを見つめてくる。
興味のスイッチが入ると、まるで別人のようだ。
退屈そうにしていた猫が、おもちゃを見つけた瞬間のような変わりようだった。
「初めまして。俺は不知火藤十郎だよ。よろしくね」
藤十郎さんは立ち上がると、ボクに向かって右手を差し出してきた。
その動作は実に自然で、まるで長年の友人に挨拶するかのような気安さがあった。
「よ、よろしくお願いします」
ボクは少し戸惑いながらも、差し出された手を握り返した。
藤十郎さんの手は思いのほか温かく、そして意外なほどに力強かった。
研究者というイメージからは想像できないような、しっかりとした握手だ。
ボクは促されてソファに座る。
「できれば戦闘系の人工スキル、それも攻撃系を入れてくれ。あまりにも攻撃力が低すぎて、アシッドジェムすら厳しい。レベルさえ上がればもう少しマシな選択肢もあるんだがな」
「なるほどねぇ。凪君は渡航者なんだろ? 2120年でロストアビスをプレイしたことは?」
まるで珍しい標本でも見つけたような、研究者特有の好奇心に満ちた視線だった。
「あります」
「いいね。──じゃあ、咲良君は少し時間を潰しててくれ」
「ああ。30分くらいで戻ってくる」
「ええ!? 咲良さん行っちゃうんですか!?」
思わずソファから腰を浮かせてしまった。
咲良さんの背中に手を伸ばしかけて、慌てて引っ込める。
初対面の藤十郎さんと二人きりなんて、胃がキリキリしそうだ。
「整備士との面接は基本1対1だ。他の潜行士がいるとノイズが混じるとかなんとからしい」
「そのとおり。凪くんが終わったら、久しぶりに咲良も診察しようか」
「めんくせぇが頼む。じゃあ、あとでな凪」
咲良さんは振り返りもせず、さっさとドアから出て行ってしまった。
バタンと閉まるドアの音が、やけに大きく響いた。
「早速始めようか。じゃあこれをかぶって?」
「え、あ、はい? はあああああああああっ?」
藤十郎さんが散乱したテーブルの上を無造作に押し除けて、わずかなスペースを作り出した。
そこに置かれたものを見た瞬間、ボクは思わずのけぞった。
それは、どう見ても触手だった。
ぬらぬらと湿った表面が室内灯の光を反射させ、てらてらと不気味に輝いている。
ヘルメットのような形をしているが、その表面全体から無数の触手が生えていて、ゆらゆらと蠢いていた。時折、ぴちゃりと粘液が床に落ちる音が聞こえる。
ボクは目を見開いたまま、その異形のヘルメットと藤十郎さんの顔を交互に見比べた。
まさか、本気でこれをかぶれと言っているのか。正気の沙汰とは思えない。
「どう考えてもヤバいやつでしょ! これ!?」
「HAHAHA。これを見た人は、初めみんな同じ反応をするね? 大丈夫。噛みつかないよ? たぶん」
藤十郎さんが両手を広げて、まるでアメコミのヒーローのような大げさな笑いを浮かべた。
着物がひらりと翻り、その表情は底抜けに明るい。
「たぶんってなんだぁぁぁぁッ! 噛み付く可能性が万に一つもあるんですか!?」
ボクは思わず叫ぶ。
「横須賀外環に出現するモンスターの一種でね。とんでもなく雑魚で経験値も入らないんだけど、相手のステータスを読み込むっていう特性があるんだ。ユーザーインターフェース上にある一般的なステータスだけでなく、システム上のステータスも含めてね」
藤十郎さんが両手を広げながら、まるで講義でもするかのように説明を始めた。
口調は飄々としたものだったけれど、内容は妙に専門的だ。
そんな真面目くさった理由を並べ立てられたら、もうかぶらざるを得ないじゃないか。
ボクは手に持った帽子に視線を落とす。
ピンク色の触手が、まるで生きているかのようにわきわきと蠢いていて、時折ぬめっとした粘液が滴り落ちている。
正直、見た目は最悪だ。
ごくり、と喉が鳴った。深呼吸を一つ、二つ。そして意を決して、その気色悪い帽子を頭の上に載せた。
べちょり。
予想通りというか、予想以上というか、粘度の高い液体が髪にまとわりつく感触が走る。
ひんやりとして、それでいて生温かい、なんとも形容しがたい感覚だった。
「ああっ」
思わず声が漏れる。触手が頭皮をなぞるように動き、ぞわぞわとした感覚が背筋を駆け抜けた。
「我が作品ながらヤバげな絵だねー」
藤十郎さんは腕を組んで、まるで他人事のようにボクを眺めている。
その口元には、人を食ったような笑みが浮かんでいた。
「だ、だれのせいですかぁっ!」
ボクは触手帽子をかぶったまま、両手をぶんぶんと振り回しながら抗議の声を上げた。
粘液が頬を伝い落ちる感触に、また小さく身震いしてしまう。
「人工スキルを入れるためには、まずは君自身の状況をよく知らなきゃね。人工スキルと言っても全ての潜行士にどれでも使えるわけじゃない。当然天然のスキルよりも適合する人の範囲は広いんだけど、それでも相性というものがあるんだ」
藤十郎さんは鼻歌を口ずさみながら、空中に浮かぶホログラムのインターフェースを指先で軽やかに操作していく。
青白い光の軌跡が彼の指の動きに合わせて複雑な図形を描き、時折データの羅列が高速でスクロールしていった。
いるよね、こういう人。自分の専門分野の話になると急に饒舌になって、相手の状況なんてお構いなしに語り始めるタイプ。
背中にじっとりと冷たい汗が滲んでいるのを感じながら、思わず身を乗り出してしまう。
「ま、まだですか!?」
声が上ずってしまったのは仕方ない。
「あと少しだよ。これで君自身の空き容量と適正がある程度予測できる。よっ──と?」
藤十郎さんの指が止まった。
さっきまでの軽い口調が嘘のように消え失せ、ホログラムディスプレイに映し出されたデータを食い入るように見つめている。
眉間に深い皺が刻まれ、口元から完全に笑みが消えた。その変化があまりにも急激だ。
「──凪くん。君はいったい何者だい?」
藤十郎さんが打って変わって搾り出すような声をあげた。今までの穏やかな口調とは違う、切迫した響きがそこにはあった。
「何者って……。ボクは渡航者という2120年から塵界に転移してきた人間らしいですけど……」
ボクは困惑しながら答えた。この質問の意図がまだ掴めない。
「いや今まで散々渡航者は見てきたけど、君のような人間は今までいなかった。──なぜ、君は今生きてられるんだい?」
不穏な言葉に、緊張が走る。
藤十郎さんの眼差しは真剣そのものだ。
「どういうことか、説明してもらってもいいですか?」
ボクは慎重に尋ねた。
藤十郎さんはまだ信じられないといった様子で、手元のインターフェースに視線を落としながら説明を始めた。
「普通潜行士には、データの空き領域のようなものがあるんだ。冗長性、とでもいうのかな」
そう言いながら、藤十郎さんは立ち上がり、部屋の隅に置かれていた透明な袋を手に取った。それをテーブルまで持ってくると、置かれていたコップの水を慎重に流し込む。水は袋の半分ほどまで満たされ、即席の水風船ができあがった。
藤十郎さんは袋を両手で包み込むように持ち、ゆっくりと揉み始めた。中の水が動きに合わせて形を変え、袋全体がやわやわと波打つ。
「余剰があるから柔軟性があり形を保てる。だけどね」
今度は袋の上部を片手でぎゅっと絞った。みるみるうちに袋の中の水が押し込められ、水の量ギリギリまで絞られた袋は、パンと張って固くなった。
まるで今にも破裂しそうな風船のようだ。
「中のデータでパンパンになってしまうと身動きが取れなくなる。潜行士の場合は生体活動に関わるデータのやり取りまで阻害されて死に至る。エラー侵食率もこの余剰領域に消去不能のエラーデータが蓄積する現象だ。人にもよるけど、空き容量は概ね全体の50パーセント。これをエラーで埋め尽くされると死んでしまう。人工スキルもこの空き領域に人為的にスキルを書き込むことによって、スキルを習得したという状態を作るんだ」
「なるほど……」
咲良さんが人工スキルの話を持ち出すタイミングが遅かったのにも納得がいく。
人工スキルとエラー侵食率は、データの有意味・無意味という違いはあれど、空き領域を埋めるという点では同じものなのだ。
藤十郎さんは一旦そこで話を区切ると、立ち上がった。さっきまで使っていた水の入った袋を持って流し台まで歩いていく。
水を捨てる音が静かに響く。
藤十郎さんは部屋に戻ってくると、大きく息を吐いた。肩の力を抜き、首を左右に振る。
「で、凪くんの空き領域なんだけど、ゼロだ」
「え……? それって死んじゃうんじゃ……」
思わず口をついて出た言葉に、藤十郎さんがゆっくりと頷く。
「そう、普通ならとっくに死んでいる。君の空き領域には何かがギチギチに詰まっている。しかもそのデータは解析不能ときた。──エラーデータではない。解析不能のデータなんだ」
藤十郎さんが両手を挙げて、肩をすくめた。
お手上げのジェスチャーだが、その顔には困惑と、そして何か別の感情が混じっているように見えた。
興味深さか、それとも恐れか。ボクには判断がつかない。
「ボクは、いつ死んでもおかしくない状態だと……?」
声が震えているのが自分でもわかった。手のひらにじっとりと汗が滲む。
「正直、わからない。この状態でこうやってまともに会話ができている時点で、凪くんはすでに正常の範疇を超えている。少なくとも空き容量は君に何も影響を及ぼしていない。少なくとも今は──」
藤十郎さんの言葉が途中で途切れた。眉間にしわを寄せ、何度か口を開きかけては閉じる。本当にわからないのだろう。整備士としての知識と経験をもってしても、ボクの状態は説明がつかないらしい。その事実が、かえってボクの不安を煽った。
「一つ言えることは、君に人工スキルのインストールは無理だ。空き領域がない」
「…………そう、ですか」
藤十郎さんの言葉が、重い石のようにボクの胸に落ちてきた。
視界がゆらりと歪む。
急に命をかけなければならない世界に転移してきて。
レベルアップすら難しいジョブについて。
人工スキルすら使うことができない。
では、どうすれば良いのだろう。打つ手を失ったのだ。ただ生きていたいと思っているだけなのに。
膝から力が抜けそうになる。視界の端がぼやけて、涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。
「そこで君に提案がある」
沈みかけた意識に、藤十郎さんの声が割り込んでくる。顔を上げると、彼はボクをじっと見つめていた。
「提案……?」
かすれた声しか出なかった。唇が乾いて、うまく言葉が紡げない。
「体を調べさせてくれないか。もちろんタダでとは言わない。生活に困らないだけの支払いは保証しよう。きみの体は明らかに特異だ。その状態で生体活動を維持できるなんて、前例がない。しかしその状態は希望でもある。きみの状態を正しく理解できれば、エラー侵食が進んだ潜行士を救う手立てが見つかるかもしれない」
藤十郎さんの表情が一変していた。
今までの飄々とした雰囲気は消え失せ、真剣な眼差しがボクを射抜く。
「ボクの体を調べる……」
賢人さんにこの前、研究対象にされる危険性を聞いたばかりだ。
だけど、藤十郎さんは違う気がした。
ちゃんと生活の保証を提案してくれているし、そもそも研究に参加するかはボクに委ねられている。
ここで断っても、強制的に連行されて実験室に監禁されて、とはならないだろう。
だとしたら、悪い話ではない。
別に命を賭けて戦いわけでは……ない。
それに、もし研究参加を選べば、もう嘲笑の的に悩まなくて済む。
人工スキルを覚える可能性も無くなった今、潜行士を続けるならば、嘲笑の的しか残っていない。
これは、チャンスだ。またと無い、チャンス。
ボクは無意識に拳を握りしめ、すぐに力を抜いた。
咲良さんの顔が一瞬、脳裏に浮かぶ。
だが咲良さんなら研究協力の道を選ぶとしても、きっと応援してくれるような気がした。
あの人は、そういうことを気にする人では無い。
ではなぜボクは、この場で1も2もなくうん、と言えないのか。
分からない。
「……」
結局、答えは出なかった。
「何も今すぐに決めなくていい。ゆっくり考えてくれ」
藤十郎さんはボクが逡巡していることを悟ったのか、優しい声でそう言った。
今、この場では決めきれない。
「ところで君は渡航者なんだよね? 2120年の話でも聞かせてくれないか? いやー、昔の話を聞くのは趣味みたいなもんでね」
藤十郎さんの口調がまた飄々としたものに戻る。
さっきまでの真剣な雰囲気が嘘のように、気だるげな笑みを浮かべる。
話題を変えてくれたのは、きっとボクへの気遣いなのだろう。
そういえばあまり転移前の話について、したことはなかったな、と思い出す。
特に聞かれないし、それどころではなかったからだ。
「ボクは高校生でした。友達がいて、普通の生活を送っていて」
ポツポツと話し出す。
言葉にするたびに、あの日常がひどく遠いものに感じられた。
教室の喧騒、放課後の部活動、友人たちとの他愛ない会話。すべてが夢のようだ。
修も希も300年も前の人物なのだ。その事実に涙が出そうになる。
目頭が熱くなるのを感じて、慌てて瞬きを繰り返した。
「君も神鳴市の出だろ? 渡航者は大抵あの地域の人間だよ。おそらく情報災害の爆心地だからだろうね」
「そうなんですか?」
ボクは驚いて顔を上げた。そんな話は初めて聞く。
「そうさ。戦略的情報技術研究所から情報災害は始まったのさ」
「戦情研から……」
戦略的情報技術研究所──官民合同で設立された情報技術の研究所だ。ここで発明された技術で日本はまたIT立国として大きく経済成長を果たした過去がある。
そんな戦情研のお膝元である神鳴市も最先端のIT技術が導入された街だった。
自動運転バスが街を巡り、AIアシスタントが日常生活をサポートし、あらゆるものがネットワークで繋がっていた。
それが当たり前の風景だったのだ。
ロストアビスやアポカリプスプラネットを作ったユミルゲームス。その親会社でもある巨大コングロマリット、天和グループも戦情研に民間企業として出資していたはずだ。
そこから情報災害が始まった。
今まで塵界は未来だと聞いていても、どこか異世界に来たような気がしていた。
でも、ここは実際に2120年の先にある未来なのだ。
変わり果ててしまった世界と、あまりにも変化したボクの立ち位置。胸の奥がきゅっと締め付けられる。
「ははは。アポカリプスプラネットっていう新作ゲームのベータテスターに受かってプレイし始めたばかりだったんですよね。もう少しやりたかったなぁ」
「……なぜ、その名前を知っている?」
軽口で言ったはずの言葉に、藤十郎さんの声が急に低くなった。
さっきまでの穏やかな雰囲気が一瞬で凍りつく。
何かの地雷を踏んだ、と確信する。
「え……? きゃっ!」
藤十郎さんは豹変して、ボクの両肩を掴んだ。
その手に込められた力は、さっきまでの藤十郎さんとは別人だ。
「アポカリプスプラネットの名前をどこで聞いたんだ!? あれがベータテスターになってただって……?」
その剣幕に、ボクは思わず身を縮めた。
藤十郎さんの瞳には、今まで見たことのない激しい感情が渦巻いていた。
何か触れてはいけないものに触れてしまったのだろうか。
「帰ったぞ。終わったか?」
その時、咲良さんが部屋に戻ってきた。
ボクの両肩をすごい剣幕で掴んでいる藤十郎さん。そして怯えたように身を固くしているボク。
沈黙が流れる。咲良さんの表情が見る見るうちに変わっていく。
「あたしの舎弟に手をだすたぁ、いい度胸じゃねぇか?」
咲良さんの声は静かだったが、その奥に潜む怒りの炎が、ボクにもはっきりと感じ取れた。
「い、いや! 誤解だ! これああの!」
藤十郎さんは慌ててボクから手を離し、必死に両手を振りながら言い訳を始めた。
しかし、咲良さんの拳は既に振り上げられていて──。
ボクが止めても咲良さんは聞かず、藤十郎さんのお仕置きタイムは長く続いた。




