佐川新之助②
「若元、あの猫背の選手がどうかしたの?」
「修斗の大親友とやらは試合を見に来とんのに聞いてないんか、大親友やのに」
む、なんだこの関西弁野郎。
試合を見に来たのは今日が初めてだっての。
「修斗が昔に怪我したって話ぐらいは知ってるぞ」
「その怪我させた張本人がアイツって話やさかい。要注意人物っちゅーわけや」
「最近でも良くない噂を聞くみたいだからな、俺達が状況を見に来たってわけだ。俺達と戦う前に怪我をさせられちゃ困るからな」
つまり鷺宮さんとこの二人は修斗が心配で様子を見に来たってわけか。
なんだよ、敵だなんだ言ってるくせに修斗のことが心配なんじゃねーか。
「このまま修斗が出ないのなら良し。修斗が出ても黒宮がラフプレーをしないのならなお良し。俺達が手を出すまでもない」
「良くはないんじゃない? コーサカ君が出ないと試合に負けそうなんだよね?」
「それはそうね」
珍しくニノが知らない人を相手にした会話に参加した。成長してんなぁ。
「手を出すって…………涼介君達はどうするつもりなの?」
「具体的な案は俺には無い。あるのは───」
「クシャスラのお嬢や」
関西弁が腕を組みながら親指で差したのは鷺宮さんだった。
「案……と呼べるものなんて特に無いわよ。考えはあるけど」
ないのかよ。
そんな危ねぇ話を聞いてると、むしろ修斗は出なくていいんじゃないかと思えてくるぜ。
「とかなんとか話してるうちに高坂、交代するみたいよ」
八幡の言葉にみんながタッチラインを見た。
修斗がビブスを脱いでユニフォーム姿で準備をしているのが見えた。
どうやら後半開始と同時に入るようだ。
「どうやら後半は色々起きそうな予感がするわね。じゃあね梨音に冬華。そのうちまた会いましょう」
「うん。じゃあね3人とも」
鷺宮さん達が少し離れたところへ移動していった。
元々この近くに座ってたわけじゃないんかい。
俺達に話しかけるために移動してきたのか?
というかまた俺ハブられた!
「鷺宮さん、久しぶりに会ったけど前より少し刺々しいイメージね」
「マジでそれな。俺に対してめっちゃ冷たい」
「新之助には最初からずっと冷たいでしょ」
「あーまたそういうこと言う!」
「兄さん…………雫はなんだか心配です」
「ほらぁ雫が勘違いし始めた!」
「大丈夫だよ雫ちゃん。鷺宮さんは仲良くない人には結構風当たり強い人だから。お兄さんが嫌われてるわけじゃないよ」
さすが若元、フォローありがとうございます。
仲良くない人判定ではあることに若干の悲しさを覚えるが、1ヶ月も一緒にいなかったクラスメイトという立ち位置ならそれもまたしゃーない。
「あ、修斗出てきたよ」
番号が電光掲示板に表示され、他の人達と一緒にグラウンド内へ修斗が入ってきた。
後半の試合開始の笛が鳴り、瑞都高校のボールでスタートする。
修斗はといえば、あの猫背の選手に近いところで動いていた。
なんか話してねぇか?
そして中央でボールを持った修斗はその猫背に対してドリブルを仕掛け、なんかよく分からん動きで猫背の股を抜いて転ばせていた。
分かりやすく周りがどよめいた。
「なーんかスゲェことしたよな、修斗のやつ」
「ボールが足に吸い付いているみたい」
そのままあれよあれよという間にパスが繋がり、瑞都高校は1点を取り返した。
前半の苦戦が嘘のような点の取り方に俺達は唖然としていた。
「兄さん…………高坂さんって本当に凄い人だったんですね」
雫が驚いているのと同じように、俺もまた驚いていた。
あのピッチに立ってるのが俺と同じようにバカやってた男の姿だって? とんでもない。俺のような中途半端に諦めた紛い物とは大違いだ。
サッカーを知らない人達すらも魅了する、ああいうやつのことを天才って呼ぶんだよ。
野球を諦めてしまったことにほんの少しだけ後悔の念が生じたが、俺と修斗じゃ元々の熱量も辞めた理由も違う。
やりたくてもやれなかった修斗と違って、自ら堕ちた俺とじゃ比べるのもおこがましい。
楽しそうにサッカーをやれてるアイツを見ることができるだけで、俺は若元との仲を取り持った甲斐があるってもんさ。
その後も修斗は試合全体をコントロールしており、猫背に対してまるで中学時代の恨みを晴らすかの如くドリブルによって股を通しまくり、恥をかかせていた。
「黒宮のやつ……めちゃくちゃダサくね?」
「あんなのでウチのエースかよ」
帝東高校の人達だろうか、猫背のことをボロクソに言う人達が出てきた。
まるで公開処刑だな。
その後、瑞都高校はとんでもないボレーシュートとダイビングヘッドによって逆転に成功していた。
そのタイミングで猫背は交代によって下げられてしまった。
遠目から見てもイラついているのがよく分かる。
「分からせ完了か」
「ふぅ…………最後、修斗がまた怪我しちゃうんじゃないかって冷や冷やしちゃった」
「実際狙ってたよね? あの10番」
「あの足の掛け方は狙ってんだろぉ。上手いこと修斗がかわしてたけどな」
「…………高坂さん、凄いですね。友達が自慢してくるのも分かる気がしました」
「おい! ダメだぞ雫! 惚れるにしても修斗だけは絶対許さないからな! そもそも修斗には彼女がだな───」
「そんなのじゃないですよ!!」
憧れならまだしも、俺の可愛い妹が修斗なんかに絆されようだなんて俺の魂が許さねぇ!
「シスコンはほどほどにしておきなさいよ」
「兄として当然の反応だが」
「あ、コーサカ君がゴール決めた」
妹の心配をしている間に修斗が点を取っていた。
ほんと生き生きとしてやがる。
試合時間も残り10分。
流れは完全に瑞都高校のものとなっていた。
「なんか後半は一方的だね」
「きっと高坂はこれからもっと有名になるんでしょうね」
「こりゃあ彼女も鼻高々だな」
「もーからかわないでよ。私は修斗がサッカーやれてるのを見れるだけで十分なんだから」
「かーっ、こんな惚気話、修斗には聞かせらんねぇな」
俺は席を立ち上がった。
「どこ行くの?」
「トイレだよ、トイレ。修斗の活躍姿なんて見てたら胃がもたれてきちまった」
「クサすようなこと言っちゃってもう」
俺は会場を離れてトイレを探しに行った。
表示が少なくてどこにあるのかいまいち分からんな。
明らかに道を間違えたというか、裏手の方に来てしまった。
絶対こっちには無ぇよなぁ。
「反対に行くべきだったか…………ん?」
10人ほどの輩が集まっているのが見えた。タバコも吸って柄の悪そうな連中だ。
その中の一人は帝東高校のユニフォームを着ている。というか…………修斗にボコられてた猫背のアイツじゃね?
「クソクソクソッ!! マジ許さねぇアイツ! ぶっ殺してやるクソッ!」
「零士君ブチギレじゃん」
「笑えるわ」
試合も見てないでこんなところで何してんだ?
猫背が絡まれてるっぽいわけでもないし、むしろ身内的な?
「次は零士に恥かかせたアイツをやればいいんだな?」
「…………ああ。二度とサッカーできないようにしてやれ」
「過激だねぇ。俺達は金さえ貰えれば別にいいけど」
「一人やるだけで30万近く、マジで羽振良いよな零士君」
「前にやったやつなんて泣きながら懇願してたぜ。『足だけはやめてくれ』って」
ギャハハと不快な笑い声が響いてきた。
なるほど…………そういうことか。
あの猫背はピッチの上だけじゃなくて、裏でもクズみたいなことをしていたと。
そんで今度は修斗に恥をかかされた腹いせに、修斗を二度とサッカー出来ないように怪我させてやろう、と……。
分かりやすくていいねぇ。
こういうクズってさ、自分達が同じ目に遭わなきゃ分かんねぇんだ。
自分達はいつもヤる側だから、やられる側の気持ちになったことがねぇんだ。
夢を追いかけてる人の夢を壊そうとしてるだって?
ならねぇよなぁ、それだけはあっちゃならねぇ。
あんな楽しそうにサッカーをしてる修斗に怪我させるってよ、お前らは一番踏み抜いちゃいけない地雷を踏んだぜ。
『約束する。俺はもう二度と相手を殴るようなことはしないよ。雫を裏切るような真似はしない』
雫に誓った約束を思い出し、俺は諦めたように笑った。
「悪いな雫。兄ちゃん、あの時雫とした約束を破ることになりそうだ」




