18話:(リシリア視点)悪役令嬢の異変
最近、アイリ様がおかしいです。
ものすごく気品あふれる方になってしまったのです。
もちろん、アイリ様は強く、気高く、美しい方ではあります。しかしながら、それは極稀の有事の際に限る話なんです。日常的という部分で言ってしまえば、背伸びを頑張っている可愛い感じの御方なんです!
「なのに、ものすごく…魅惑的だ…。」
別に悪い事ではないんです。私だけが知っている最強のアイリ様が、全人類…いえ、全生命体が知っていくことになる最強のアイリ様へと変貌を遂げたということなのですから。
だけど、それが意味することはアイリ様を好きになってしまう人が増えてしまうということで、『私だけ』という関係が崩れてしまうということでもあるんです。寂しいとでも言えばいいでしょうか。
ほら、見てください。
あそこでアイリ様が、すれ違った人に微笑んで挨拶されてます。
相手は驚いた顔をして、逃げるように去って行かれました。
きっと、あの挨拶を受けた方々はアイリ様という沼に堕ちてしまい、照れ隠しからどこかへ去ってしまわれたのでしょう。分かります、その気持ち。私も普段いっしょに過ごして耐性が出来ていなければ、きっと光り輝くアイリ様の微笑みなど直視できないでしょうから。アイリ様とはすなわち光、だけど失明してしまうから闇でもある、ゆえに神。
あぁ……また一人、ファンが増えてしまった。
「いいことのはずなのに…同担拒否じゃなかったはずなのに…どうして、私は喜ぶことが出来ないのでしょう。あぁ、自分の浅ましさが憎い…ッ!」
私は絶望に打ちひしがれ、近くのベンチに座り込む。
そんなときだった――
「分かります。その気持ち。」
ベンチ裏の茂みから野生の侍女が出没したんです!
「きゃっ! だ、誰ですか!?」
シュッとした顔立ち、キリッとした目元、とても美しい人だ。
完璧な造形と無表情が、冷酷であるかのように印象付けます。
だけど、私はどこか親近感を抱かざるをえないのです。
あぁ、そうか、目を合わせれば一瞬で分かりました。
この瞳の奥にはアイリ様が祀られているんですね。
「驚かせてしまって申し訳ございません。私はお嬢様…アイリーン様の専属メイドでございます。ぜひとも『メイディ』とお呼びください。」
「えぇ!? アイリ様の!? は、は、初めまして! リシリアです!」
メイディさんのこと、私も話だけは伺っていました。
ですが、実際にお会いするのは初めてです。
アイリ様曰く、メイディさんは……花のように元気をもたらし、薬草のように癒しをもたらし、木のように安堵をもたらし、実のように恵みをもたらす人である……だからイメージとの乖離に驚いちゃいます。いえ、アイリ様なら人の本質を見抜いていたとしても不思議ではありません。偏見という言葉を有しないお方ですので。
メイディさんは警戒するようにキョロキョロと周囲を見渡すと、私を茂みへと寄るように手招きする。私は何も考えずに従い、人から見られない位置へと一緒に移動するのでした。
「リシリア様、私とあなたは同類である…でよろしいですよね。」
「もしかしてアナタも…アイリ様に助けられて?」
「そうなのでございます。世界の持つ理不尽に打ちのめされ、他者の持つ不義理に犯され、自身の持つ無能に絶望していた私を…お嬢様は救いの手を差し伸べてくださったのです。ですが勘違いをしないでください、救われたから好きなのではございません……救われたことも含めて好きなのでございます。世の中には様々のジャンルがありますよね? 爽やかボーイだとか可愛いガールだとかの王道から、真面目系コミュ障ムキムキイケメンだとか性悪クズ貧乳ドS三十路だとかの少数派まで…さまざまなジャンルがございます。そしてお嬢様はどうなんだと言いますと、一言二言では表すことのできない、紙の裏面を使っても書き記すことができない……もはや『アイリーン様』というジャンルであると表現できる。そんな御方だからこそ好きなのでございます。あぁ、リシリアさんも同じであるということは見ればわかります。お嬢様はとにかく人を惹きつ―――」
と、とんでもなく早口だ!
きっとメイディさんは今、脊髄が言葉を発している状況!
私がアイリ様のことを両親に報告するときと同じ!
あぁ! 先ほどまで私はファンが増えることに寂しさを感じていたのに、こうして同族と出会ってしまうと価値観反転! もっと語り合いたい、もっと愛を深め合いたいという感情に支配されてしまってます! このような人が増えるということに肯定的になっています!
すごい、これがベテランの『アイリナー』なんですね!
「メイディさん…いえ、メイディ先輩とお呼びしてもいいですか!」
「どうぞ、よしなに。」
「ありがとうございます!」
メイディ先輩は淡々と頷くと、「互いの自己紹介はこれぐらいにしましょう」と話を終わらしました。そして、内緒話をするかのように顔を寄せると、口を開くのでした。
「単刀直入にお聞きします。お嬢様の御様子がおかしくありませんか?」
「あ、あの、艶がある、と言いますか。いえ、違いますね、もっと正しい表現があるような。えぇっと、隙が無くなった…そうです! 呆けている時間がなくなったんです!」
「やはり、学校内でもですか。」
「あの、アイリ様の身に何かあったのでしょうか?」
例えば貴族らしくないと誰かに指摘でもされたとか?
だとしたら、私との関わりもやめるでしょうし、違いますか。
う~ん、いくら考えても分かりません。
ですが、この後、私は驚くべき真実を聞くことになるのでした――
「あれは『恋』です。」
へ~、恋ですか、いいですねぇ……って今何と?
恋と言われましたか? 恋ってあれですよね、愛ですよね?
そ、そんな、アイリ様に限ってまさか!
「ここここここ、恋ですとぉ!?」
「しかも、振り向いてほしいという片思いによるものではなく、愛に応えようという両想いによってもたらされたものでございます。お付き合いまでは発展していないようですが、時間の問題でしょう。ですが、お相手が誰なのか分からなくて…リシリア様の下に来た次第でございます。」
「りょうりょうりょうりょう、おおおおお、おもい!?」
そんなはずはありません!
だってアイリ様がおかしくなってからならともかく、それ以前の話であれば基本的に私が傍にいました。そして、放課後と休日はきっとメイディ先輩が付いているはずです。ならば、どこで、いつ、出会いを果たすと言うのですか!?
私たちが見ていない時間……授業中?
ですが、アイリ様の周囲の席は女性ばかりのはず。
課外活動も無しというのは把握済み。
あとは、生徒会の活動があるときになるけど、通常活動の日は私といっしょに茶飲み歓談、会議中であれば隣の部屋でおとなしくされて――ハッ! そうです! 会議中はアベル様と二人っきりで個室じゃないですか!?
よくよく考えなおしてみれば、一時期アベル様が生徒会に来られなくなってしまったことがあり、復帰された翌日からアイリ様がおかしくなった。これはどう考えても、因果関係があるとしか思えませんよ!
「リシリアさん、その反応、心当たりがあるのですね?」
――もしかして、相手はアベル様?
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