理由の欄
訴え状は三枚あった。
一枚目は請求の趣旨。盾の三番、斥候の二番、狙撃の一番、砲の五番。四体は騎士団の備品であり、修理のため外部に預けていたところ、預かり人オルト・グレンが返還に応じない。よって返還を求める。
二枚目は、その根拠として騎士団の台帳の写し。四体の欄には、どれも「修理のため外部預け」とある。訂正の日付は、副団長が回収に来た前の晩だった。
三枚目は呼出状。王都審問院にて、十二日後の朝に審問を開く。
「……修理のための外部預け、ですって」
セラフィナが、二枚目を指でつまんで持ち上げた。汚いものを持つような手つきだった。
「わたくしたち、預けられていたんですの? 鉄屑の山に? 半年も?」
「台帳の上ではな」
「ノノ、預けられた覚えないっす。捨てられた覚えしかないっす」
グレタが三枚目を覗き込んで首をかしげた。
「審問ってなに? 撃っていいやつ?」
「撃っていいやつじゃない。話すやつだ」
「えー」
イリスは黙って訴え状を読み終え、俺に返した。
「主殿。騎士団は、台帳を持っています。こちらには、何がありますか」
番所の引き取り証が四枚。グスタフ爺さんの控え帳。それから、俺の記録帳。
記録帳には十年分、四体それぞれに何が起きて、何を直したかが書いてある。獣脂油への切り替えに反対した日。レンズの交換を申請して突き返された日。砲の五番の車軸を直した日。けれど、捨てられた日のことは書いていない。俺はその場にいなかった。
「捨てたという証拠が、いる」
番所へ訴え状を持っていくと、グスタフ爺さんは、煙管をくわえたまま奥の壁を顎で指した。
「騎士団が人形を捨てに来るとき、廃棄台帳の写しを一体に一枚ずつ置いていく決まりだ。わしは字が細かいのは読めんから、受け取ったら箱に放り込んである」
「箱はどこだ」
「あそこだ」
番所の奥の壁一面に、木箱が天井まで積まれていた。十や二十ではない。騎士団だけでなく、ギルドの捨てた荷車の届けも、商会の捨てた秤の届けも、全部ここに放り込まれている。何十年分なのか、爺さん自身も知らなかった。
「ノノが探すっす!」
ノノが真っ先に飛び込んだ。
箱を一つずつ下ろし、蓋を開け、中身を床に広げる。紙の山に顔を突っ込み、耳を回す。それから、紙束の端を嗅いだ。
「騎士団の封蝋は、蜜蝋に松脂を混ぜてるっす。ギルドのは混ぜてないっす。匂いが違うっす」
「分かるのか」
「斥候っすから!」
ノノは匂いで箱を選り分け、選んだ箱の中から、騎士団の写しだけを抜き出していった。半日かけて、床の上に紙の列ができた。日付の順に並べ直したのはイリスだった。
数えると、四十八枚。
一枚も欠けていなかった。
「これが、ノノっす」
ノノが一枚を指さした。斥候の二番。半年前の日付。副団長ルドルフ・ケスラーの署名。
その紙の、いちばん大事な欄が、空白だった。
廃棄理由。
ノノの紙だけではなかった。俺は四十八枚を一枚ずつめくった。イリスの紙も、セラフィナの紙も、グレタの紙も。四十八枚すべて、「欠陥」の札を下げて捨てた人形の、欠陥の中身を書く欄に、一文字も書かれていなかった。
「理由、ゼロ件っす」
ノノの耳が、ゆっくり下がった。
「ノノ、欠陥品って言われたっす。でも、どこが欠陥なのか、誰も書いてないっす」
「書けなかったんだ」
俺は言った。
「書こうとしたら、整備不足と書くしかない。それを書けば、整備を止めた団長の責任になる。だから空けた」
その下の欄を見て、俺は手を止めた。
廃棄手数料。一体につき、金貨十枚。
グスタフ爺さんが、横から紙を覗き込んで、煙管を落としかけた。
「十枚? わしが受け取ったのは、一体銀貨二枚だぞ。王都の決まりの額だ」
爺さんは自分の控え帳を開いて、同じ日付の欄を指で叩いた。受領、騎士団より人形一体、手数料銀貨二枚。四十八回、同じ額が並んでいた。
騎士団の帳簿では十枚。番所の受領では銀貨二枚。その差額は、どこへ行ったのか。
俺が調べることではない。俺は、この四十八枚と控え帳を審問に出すだけだ。
その晩から、記録帳と四十八枚の写しを突き合わせた。
写しの日付の横に、記録帳でその人形を最後に整備した日を書き込んでいく。最後の整備で、どこが動いていて、どこが弱っていたか。弱っていた箇所に、何を申請して、何を突き返されたか。
四日かかった。イリスが紙を押さえ、ノノが頁をめくり、ロッテが夜食の代わりにランプの油を足してくれた。
「主殿。一つ、お聞きしてもよろしいですか」
四十八枚目を書き終えた夜、イリスが言った。
「私の最後の整備は、半年と十二日前です。その日、私はどこか欠けていましたか」
記録帳を開いた。盾の三番の頁。半年と十二日前。
右肘、獣脂油の粘りにより軋みあり。白蝋油に戻すよう申請。却下。その他、異常なし。
「異常なし、と書いてある」
「……了解」
イリスはそれだけ言って、紙の束を揃え直した。揃え直す手が、いつもより丁寧だった。
夕方、ギルドへ審問の日取りを伝えに行くと、マルガが声をひそめた。
「騎士団さん、新型を四体、王都工房に返品したそうですよ。膝と肘を替えても止まるから、初期不良だって。工房長は、使い方が悪いって突っぱねてるそうですけど」
「四体」
「それからね、また二人やめたそうです。これで五人目。一人はね、オルトさんに伝えてくれって」
マルガは、小さく折った紙を俺に渡した。
あの日、ぬかるみに尻もちをついた従騎士の字だった。審問で、台帳の訂正の夜のことを話してもいい、と書いてあった。
その夜、当番表の一番はセラフィナだった。
レンズの枠の曇り止めを塗り直し、台座の楔の具合を確かめる。楔は、あの日から一度も緩んでいなかった。
「整備士」
「なんだ」
「審問というのは、人形も話せるのかしら」
「話せる。ただ、登録板が空欄の人形の言葉は、備品の申し立てとして扱われる。重みが違う、とグスタフの爺さんが言っていた」
「……そう」
セラフィナは硝子の杖を膝に置いて、しばらく自分の指を見ていた。硝子の、細い指だ。
「わたくし、三回外しましたの。団長の目の前で」
「知ってる」
「四回目は、ありませんでしたわ。四回目を撃たせてもらえなかった。撃てば当たったのに」
杖を握る指に、力がこもった。
「わたくしも証言しますわ。自分の言葉で。備品の申し立てではなく、わたくしの言葉として」
彼女はレースのジャボの留め針に指をかけた。
「そのために、刻みます。整備士、あなたの名を。……よろしいかしら」
「お前が決めることだ」
「決めましたわ。これは、あなたが嫌かどうかを聞いていますの」
嫌なわけがなかった。
「嫌じゃない」
留め針を外す指が、細かく震えていた。ジャボの下、首の継ぎ目の少し下に、薄い硝子の登録板がある。
「後ろを向いていようか」
「……いいえ。見ていてくださる?」
セラフィナは顔を背けたまま言った。頬が藤色になっていた。
「震えずに刻めるか、自信がありませんの。震えたら、ランプを近づけてくださいな」
俺はランプを持って、硝子の板を照らした。近すぎないように、けれど、刻み針の先がよく見えるように。
一画目で、針が滑りかけた。二画目で、止まった。三画目から先は、もう震えていなかった。
オルト。
最後の画を刻み終えて、セラフィナはジャボを留め直し、顎を上げた。
「当然ですわ。わたくしが、震えるはずがありませんもの」
震えていたのは見ていた。言わなかった。
整備台を降りたセラフィナを、丘の下でイリスとノノとグレタが待っていた。ロッテが、籠の中から古いリボンを一本出して、セラフィナの髪に結んでやった。
「おめでとう、とは言いませんよ。自分で決めたことですものね」
ランプを片付けようとした時、ノノの耳が、二つとも柵のほうへ向いた。
「オルトさん」
ノノが声を落とした。
「誰かいるっす。柵の外。さっきから、ずっと整備台のほう見て、何か書いてるっす」
柵の隙間に、小さな影があった。額に何か丸いものを載せている。こちらが見たのに気づいて、影はぱっと身を翻した。
遠ざかっていく足音が、廃棄場の石畳を叩いた。
こつ、こつ、こつ。
硬くて、軽い。鉄でも、人の靴でもない。
ノノの耳が、ぴんと立った。
「樫の足音っす。ノノと同じ、樫の木の足っす」
(第9話へ続く)




