十二体の命令、一体の選択
北街道へ着く前から、槍の石突きが地面を叩く音が聞こえていた。
十二回で一つ。それが何度も、まったく同じ間隔で繰り返される。
揃いすぎた音は、行進というより一つの大きな機械の作動音に近い。けれど、その奥にある膝や足首は一体ずつ違う。摩耗も、馴染んだ油の量も、昨日までに踏んだ道も同じではない。
今回連れてきたのは、イリス、ノノ、セラフィナ、ヴェスナの四体だ。荷車には四体分の油と工具しか積めない。誰か一体でも増やせば、必要な部品か洗浄油を置いてくることになる。
街道の先では、灰色の人形たちが二列に並んでいた。
切り揃えた灰色の髪。鋼青のバイザー。灰色の詰襟装甲服。左手に方形盾、右手に長槍。肩の番号以外、顔も背丈も同じだった。
風が列を抜けても、髪の揺れる角度まで揃っている。人形が十二体いるというより、同じ鋳型から抜いた部品が十二個並べられているようだった。
「王都工房製ミレス型。全十二体、配置完了」
列の前に立つ長身の人形が、指揮杖を上げた。
灰銀の髪を編み上げ、額には冠のような指揮器がある。首には他の新型と同じ黒い輪。そこだけ、締めすぎた金具のように細く軋んでいた。
短く、高い音だった。風に消されそうなほど小さい。だが、首が動くたび、同じ場所から同じ音がする。
「指揮個体C-01。個体名カサンドラ。本機の命令は騎士団の命令と同一である」
新しく名乗ったのは、その一体だけだった。
指揮杖が北を示す。
街道の向こうでは、岩角牛の群れが土煙を上げていた。八頭。灰色の皮膚は石のように厚く、曲がった角は荷馬車の車輪ほどもある。
蹄が落ちるたび、小石が跳ねた。腹へ響く振動が近づき、乾いた土と獣の匂いが風に混じる。
騎士団の兵士たちは人形の後ろへ退き、誰も前には出ていない。盾も抜かず、安全な距離から十二体の背へ視線を並べていた。
「ランプ隊は後方待機。これは白獅子騎士団の任務である」
「ギルドの緊急依頼で来た。街道を守る。それだけだ」
「不要。数的優位はこちらにある」
数だけなら、その通りだった。
だが、十二体の足音を聞いた時から、嫌な音が混じっている。
乾いた砂を噛んだ軸受けの音だ。それも一体ではない。足が地面を離れる瞬間に、かすかな擦過音が重なる。油が切れた音とも違う。細かな砂粒が軸と受けの間を削っている音だった。
「ノノ。地面は」
ノノはしゃがみ込み、指先で街道の土を掻いた。表面の固い層を割ると、その下から淡い砂がさらさらと流れ出す。
「表面は固いっすけど、三歩下は砂溜まりっす! 右の涸れ溝なら牛を街道から外せるっす!」
「イリスは溝の入口。セラフィナは先頭の角を狙え。倒さなくていい。向きを変えろ」
「……了解」
セラフィナが硝子の狙撃杖を肩へ据えた。細い筒の内側を光が走り、澄んだ音を一度だけ立てる。
ヴェスナが双剣の柄へ手をかけた。
「整備士。当機の任務は」
「群れの左を押す。十八分で一度止まれ」
「戦闘中の停止は非効率」
「昨日の煤は落としたが、軸は一度焼けている。音が変わる前に冷やせ」
赤い瞳が俺を見た。命令を待つ目ではなかった。俺の判断に従う理由を、自分で量っている目だった。
「命令か」
「判断はお前に任せる」
ヴェスナは一拍置き、双剣を抜いた。
「了解。整備士の判断を採用する。当機が選択した」
その言葉を聞いて、俺は荷車の取っ手から手を離した。
カサンドラの指揮杖が振り下ろされた。
「ミレス型、一斉前進。盾列を維持せよ。命令は絶対」
十二体が同じ歩幅で踏み出した。
一歩、二歩、三歩。
四歩目で、右列の一体の膝が鳴った。
七歩目で二体目。十歩目で、さらに三体。
砂が軸受けへ入り、同じ部品が同じ場所で噛んでいる。個体ごとの摩耗を見ず、全機へ同じ歩幅と同じ荷重を強いた結果だった。
異音を出した個体も歩幅を緩めない。盾の上端も下げない。自分の膝が削れる音より、指揮杖の号令を優先している。
それでも号令は変わらない。
「前進を継続」
五体の膝が止まった。
後ろの個体がぶつかり、盾列が崩れる。金属同士が打ち合う硬い音が連なり、岩角牛の群れは、開いた中央へ向きを変えた。
あれだけ揃っていた灰色の列が、一度の詰まりで互いの逃げ道を塞いでいた。
「主殿。来ます」
「イリス、止めろ!」
大盾が街道へ突き立った。
先頭の岩角牛が激突し、腹へ響く轟音が走る。白磁の足が地面を削り、土が左右へ盛り上がった。イリスは一歩押されたが、二歩目は下がらなかった。
その肩越しを、硝子の狙撃杖の一撃が通り抜けた。
透明な光が空気を裂き、先頭の牛の右角が砕ける。牛は首を振り、ノノが涸れ溝へ打ち込んだ杭の列へ向いた。
「進路、変わったっす!」
「ヴェスナ!」
黒い影が走った。
右の剣で二頭目の角を受け流し、左の剣の腹で鼻先を叩く。刃は肉へ入れず、群れの勢いだけを横へ逃がした。
赤い放熱翼が一枚ずつ開く。熱を含んだ空気が揺らぎ、黒い装甲の輪郭を滲ませた。
黒と赤の残像が、灰色の盾列の前を駆け抜けた。
ヴェスナは速かった。ただ速いのではない。一頭を避ければ、次の一頭がどこへ踏み込むかまで読んでいる。二本の剣で角の向きを変え、群れを少しずつ涸れ溝へ押していく。
牛の力と正面から競わない。蹄が地面を蹴る瞬間にだけ剣を添え、向かおうとした先をわずかにずらす。その小さなずれが後ろの牛へ伝わり、群れ全体の流れを変えていった。
十二体の量産機が力で止めようとした群れを、一体が流れを切らずに導いていた。
だが、十五分を越えたところで、うなじの赤い導線が強く明滅した。
足音にはまだ乱れがない。だからこそ、今止めなければならない。異音が出てからでは、削れた金属は戻らない。
「ヴェスナ、戻れ!」
「群れは残り三頭」
「だから今だ。熱が上がってからでは遅い」
剣が一瞬だけ止まった。
カサンドラの鋼青の瞳が、その迷いを捉える。
「戦闘個体が任務中に後退。非合理的行動と判定する」
「訂正」
ヴェスナは最後の一頭の角を弾き、俺の横まで後退した。
自分の意思で剣を収め、片膝をつく。背中の放熱翼を全開にした。薄い赤光を帯びた翼の隙間から、熱気が俺の頬まで届く。
「継続稼働のための冷却である」
俺は背面装甲へ手を伸ばす前に聞いた。
「熱を見ていいか」
「許可する。整備士、当機の熱を見ていてほしい」
昨日より一歩だけ短い言葉だった。
だが、命令でも性能確認でもなかった。
直せ、とも、故障を防げ、とも言わなかった。ただ、自分の熱を俺に見ていてほしいと、ヴェスナ自身が求めた。
「分かった」
排熱口へ手をかざす。触れなくても、左右の熱の差は分かる。右側が少し高いが、異音はない。焦げた油の匂いもなかった。
「三分待て。右の翼を二枚だけ閉じろ」
「了解」
その間に、イリスが二頭目を受け、セラフィナが地面を穿って進路を狭めた。ノノの杭が甲高く鳴り、群れが涸れ溝へ流れ込む。
三分後、ヴェスナは立ち上がった。
「当機、再稼働可能」
「自分の熱は」
「右が高い。だが先ほどより低下している。継続を選択する」
再び駆けた時、赤い明滅は一定に戻っていた。
最後の一頭が街道を外れ、岩角牛の群れは北の原へ去っていった。土煙だけがしばらく残り、やがて風にほどけた。
負傷した旅人はいなかった。
街道には、膝をついたままのミレス型が五体残った。
カサンドラは倒れた個体を見ず、指揮杖の先だけを揃え直した。
「戦闘継続七体。任務は完了した」
「五体は歩けない」
「交換対象として王都工房へ返送する」
「砂を抜いて、軸受けを洗えば戻る可能性がある」
「敵整備士の介入は拒否する」
俺は近づかなかった。
本人たちの許可もない。騎士団の管理下にいる以上、勝手に触ることはできない。助かる可能性が見えていても、俺の都合で装甲を開けていい理由にはならない。
ただ、一番端で膝をつく個体だけは、他の四体と音が違った。
肩の刻印はM-07。
膝の停止に合わせて荷重を逃がしている。完全に固まる前に、自分で歩幅を半分にしていた。それでも一斉前進の命令に戻され、軸を噛ませたのだ。
黒い摩耗粉が膝の継ぎ目に滲んでいた。あれは砂だけの色ではない。軸そのものが削れている。
「M-07。起立」
カサンドラの号令が飛ぶ。
「起立」
M-07は復唱し、槍を杖にして立ち上がった。
膝から金属を削る音がした。
俺の奥歯が鳴った。だが、止める権利は俺にはない。M-07もこちらへ助けを求めてはいなかった。
「歩行を継続」
「歩行を継続」
一歩ごとに、灰色の膝から黒い粉が落ちた。
帰りにギルドへ寄ると、マルガが緊急依頼の記録板を見せた。
白獅子騎士団、投入十二体。戦闘継続七体。現地稼働率五十八パーセント。
「数を揃えた最初の任務で、これよ」
マルガの指先が、五十八という数字の下をなぞった。声には怒りも笑いもなかった。記録板の数字は、言い訳を聞かない。
俺は数字だけ確かめ、廃棄場へ戻った。
夜の当番表では、ヴェスナが自分の三十分を終えても、整備台から降りなかった。
灯りの下で開いた放熱翼は、昼間ほど赤くない。けれど、右の二枚だけが閉じる時にわずかに遅れ、薄い羽根同士が擦れる音を立てていた。
「まだ何かあるか」
「右の放熱翼が二枚、他より遅い。明日、当機と共に確認を求める」
「開けるかどうかは、その時また聞く」
「当然である」
ヴェスナはそう言ってから、少し間を置いた。
「本日の冷却判断は適切だった。次回も、当機の熱を見ていてほしい」
「ああ」
俺が記録帳へ右二枚と書いた時、廃棄場の門を硬いものが叩いた。
一度。間を置いて、二度。
開けると、誰もいなかった。
冷えた夜気が門の隙間から流れ込む。見張り灯の届く範囲にも、人影はない。
門の下に、灰色の膝から抜け落ちた細い割り栓が置かれている。砂と黒い摩耗粉がこびりつき、針で引っかいた文字が一本だけ刻まれていた。
M-07。
拾い上げると、割り栓にはまだ、昼の摩擦熱が残っているような気がした。
北門へ続く暗い道の途中で、槍の石突きが一度だけ鳴った。
(第13話へ続く)
軸受けに入り込んだ細かな砂は、油に混じると研磨材のように働き、金属を少しずつ削ります。今回、膝から落ちた黒い粉は、その摩耗が進んでいる合図です。音が出てからでは遅い、というオルトの慎重さにもつながっています。お読みいただきありがとうございます。




