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ランプ隊

 王都審問院の広間は、天井が高く、声がよく響いた。


 正面の壇に、白髪の審問官が一人。左の席に、騎士団長ヘルマン・ドライツェンと副団長ルドルフ・ケスラー。右の席に、俺と、四体。後ろの傍聴席に、グスタフ爺さんと、元従騎士のフランツ。


 団長の白手袋は、今日も汚れ一つなかった。


「騎士団の申し立てを」


 審問官の促しに、団長は立ち上がりもせずに言った。


「簡単な話だ。そこに並んでいる四体は、騎士団の備品だ。修理のため外に出していたところ、その油臭い男が居座って返さない。備品の登録板に何か刻んであるそうだが、備品が勝手に刻んだ落書きにすぎん」


「預かり人の申し立てを」


 俺は鞄を開けて、壇の前の机に四つのものを並べた。


 番所の引き取り証、四枚。グスタフ爺さんの控え帳。騎士団の廃棄台帳の写し、四十八枚。それから、俺の記録帳。


「この四体は、修理のために預けられたのではありません。半年前から順に、北門外の廃棄場に廃棄されました。廃棄の写しは騎士団の署名つきで、番所に残っていました。俺は番所の決まりの額を払って、本人が来たいと言った四体を引き取りました」


 審問官は四十八枚を、一枚ずつめくった。長い時間がかかった。広間の誰も、口を開かなかった。


「副団長。この写しの、廃棄理由の欄。四十八枚すべて空白だが」


「記入漏れです」


「四十八回、続けて?」


 副団長の眼鏡が、わずかに下がった。押し上げる指が、一度、空を切った。


「それから、廃棄手数料の欄。一体金貨十枚と計上されている。番所の控えでは、同じ日付で銀貨二枚の受領となっている」


「……数字は、整えて」


「整えた結果が、これか」


 団長が鼻で笑った。


「経理の些事だ。本件は備品の所有の話だろう」


「所有の話だ。だから聞いている」


 審問官は、傍聴席を見た。


「証人、フランツ」


 フランツが立った。膝が少し震えていた。


「副団長が、台帳の四体の欄を『修理のため外部預け』に書き換えた夜、俺は当直で、燭台を持って横に立っていました。回収に行く前の晩です。見たのは、それだけです」


 副団長は、帳簿を抱えた腕に力を込めた。何も言わなかった。


 休廷を挟んで、審問官は人形たちのほうを向いた。


「では、当事者の人形に聞く。一体ずつ、自分の言葉で答えなさい。あなたは、誰を主に選んだか。選んだのは、誰の意思か」


 イリスが、一歩前へ出た。


 盾を床に立て、背筋を伸ばす。広間の高い窓から差す光が、頬の金継ぎを照らしていた。


「私は、白磁のリュネ工房の盾、イリスです。騎士団では、盾の三番と呼ばれていました」


 低い声が、広間の奥まで届いた。


「私は十年、騎士団の盾でした。守れと命じられたものを守りました。登録板は、十年、空欄でした。騎士団は、誰の名も刻ませませんでした。命令札があれば要らない、と。私も、刻もうとは思いませんでした。刻みたい名がなかったからです」


 団長の白手袋が、椅子の肘掛けを握った。


「半年前、油が変わりました。関節が軋むようになりました。整備を願い出た者がいましたが、却下されました。そして私の首に、欠陥品の札が下げられました。どこが欠陥なのかは、誰も書きませんでした。書けなかったのだと、今は分かります」


 イリスは、自分の胸に右手を当てた。


「騎士団は、私を欠陥品と呼びました。理由の欄は空欄でした。私の登録板と同じように。けれど登録板の空欄は、選ばなかったという、私の意思でした。そして四十二日前、廃棄場の窪みで、一人の整備士が私に、開けていいかと聞きました。半年、誰も聞かなかったことです。十年前から、それを聞くのは彼だけでした。私は、はいと答えました。答えられることを、忘れていました」


 広間は、しんとしていた。


「目を覚ましたあとも、私は登録を保留しました。彼は、それでいいと言いました。保留してよいと言われたのも、初めてでした。そして私は、自分の指で、自分の登録板に、オルト・グレンの名を刻みました。誰にも命じられていません。刻む前に、彼に確認しました。彼は、お前が決めることだと言いました。ですから、私が決めました」


 イリスは一度だけ、俺を見た。それから、審問官に向き直った。


「私は、備品ではありません。私が、主を選びました。以上です」


 十年で、彼女がいちばん長く話した日だった。


 続いて、ノノが前に出た。耳が少しだけ震えていた。


「樫と真鍮の斥候、ノノっす。ノノも、自分で刻んだっす。オルトさんは約束しなかったっす。代わりに、記録帳を見せてくれたっす。七年分、ノノの足の裏の厚みが全部書いてあったっす。捨てたって、一回も書いてなかったっす」


 セラフィナは、顎を上げて前に出た。


「硝子のヴィトレアの狙撃、セラフィナですわ。わたくしは、この審問で自分の言葉を話すために刻みました。備品の申し立てではなく。……刻む時、震えましたの。それでも、わたくしが刻みました。当然ですわ」


 グレタは、どん、と床を踏んで前に出た。


「鋼鈴のグラウベルの砲、グレタ! あたしは西の丘に置いてかれた。重いからって。オルトは迎えに来た。あたしは撃つ前に、ぶっ放していい?って聞くのを覚えた。それから自分で刻んだ。以上!」


 審問官は、しばらく目を閉じていた。


 それから、裁定を読み上げた。


 一、四体の人形について、騎士団の所有権を認めない。騎士団は四体を廃棄し、番所はこれを受領している。加えて、四体はそれぞれ自らの意思で主の登録を行っており、古き人形の登録は本人の選択として尊重される。


 二、廃棄台帳における廃棄手数料の計上、一体金貨十枚、四十八体分、計金貨四百八十枚は、実費と著しく異なる。騎士団は金貨四百八十枚を王家予算へ返納すること。


 三、騎士団長ヘルマン・ドライツェンを譴責する。副団長ルドルフ・ケスラーは、三十日以内に廃棄台帳の原本を審問院へ再提出すること。


「……四百八十、枚」


 団長の声が、初めて裏返った。


「たかが人形の廃棄に、なぜ私が」


「たかが人形の廃棄に、四百八十枚を計上したのは騎士団です」


 審問官は、それ以上何も言わなかった。


 団長は白手袋を握りしめたまま、立ち上がった。俺のほうを見なかった。見れば、俺の後ろに並んだ四体を見ることになる。


 副団長は、帳簿を抱えたまま座っていた。三十日以内に、原本を出さなければならない。整えた数字の、整える前の姿を。


 俺は何もしなかった。書類を並べて、聞かれたことに答えただけだ。


 廃棄場に戻ると、ロッテとチコが、番小屋の前で待っていた。


「どうでした! 師匠、どうでした!」


「勝った」


 グレタが先に叫んだので、俺が言う必要はなかった。


 その夜、番小屋の作業台の上に、空の鍋が一つ置かれた。


「部隊の名前を決めましょうね」


 ロッテが言い出した。


「今日から、この子たちは誰の備品でもないんですもの。呼び名がないと、公報の人も困るでしょう」


 候補は、なかなか決まらなかった。グレタは「砲撃隊!」と言って、砲撃はグレタしかいないと全員に言われた。ノノが推した足跡隊は地味だと言われて耳が垂れ、セラフィナが持ち出した硝子の薔薇がどうこうという名は、長すぎて誰も最後まで覚えられなかった。


「あの」


 チコが、おずおずと手を挙げた。


「ランプ、はどうですか」


「ランプ?」


「ぼく、柵の外から、ずっと見てたんです。廃棄場は夜、真っ暗なんです。でも整備台の上に、師匠のランプだけが灯ってて。外から見ると、あそこだけ明るくて。ぼく、あの明かりを見て、ここに来たいって思ったんです」


 誰も、すぐには何も言わなかった。


 それから、一体ずつ、鍋の中に小石を入れていった。ランプに一票なら、石を一つ。


 イリスが入れた。ノノが入れた。セラフィナが、少し迷うふりをしてから入れた。グレタが「あたしも!」と二つ入れようとして、ロッテに一つ戻された。ロッテが入れ、最後にチコが入れた。


 六つ。


「オルトは?」


 グレタが聞いた。


「俺は入れない。お前たちの隊だ。名前を決めるのは、お前たちだ」


「……了解」


 イリスが、鍋の中の石を数え直して、顔を上げた。


「では、ランプ隊。全員一致です」


 ロッテが、手を叩いた。チコが跳ねた。ノノの耳が、ぐるぐる回った。グレタは笑い転げ、セラフィナはつんと横を向いたまま、口元だけが緩んでいた。


 片付けが終わったあと、イリスが作業台の前に残った。


「主殿」


「なんだ」


「本日、審問院で申し上げたことに、一つ付け加えます」


 イリスは、ランプの明かりの下で、まっすぐ俺を見た。


「主殿を、信頼します。登録とは別に。これも、私が決めたことです」


 俺は、しばらく返事ができなかった。


「……ああ」


「主殿。返事を」


「ありがとう。俺もだ」


「……了解」


 その時、廃棄場の外の街道を、一台の荷車が通った。


 北門の内側の、騎士団の廃棄区画へ向かう道だ。夜更けに荷を運ぶのは、人目を避けたい時だけだ。


 荷台に、防水布をかぶせた細長い何かが積まれていた。布の端から、黒い装甲の指が一本、垂れていた。


 布の下で、赤い光が、弱く明滅している。


 荷台の柵に、木の札が一枚、揺れていた。ランプの明かりで、その字が読めた。


 不良品。


(第11話へ続く)

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