第99話 カコと離れないために、警備機と戦います
下層総合制御室を目指し、俺たちは床に伸びる金色の案内線に沿って進んだ。
しばらくすると、床を走っていた案内線が二つに分かれた。
一方は金色のまま回廊の奥へ伸び、もう一方は赤い光を放ちながら右側の壁へ続いている。
俺たちがその分岐へ近づいた瞬間、壁に新しい表示が浮かび上がった。
【下層総合制御室前門まで _ _ 残り百四十六メートル】
【王統継承者カコ _ _ 限定移動継続】
【随伴異界生命体 _ _ 限定同行】
【対王権用模倣武装 _ _ 監視継続】
『また監視か』
「もう慣れろ」
『慣れるものか』
《ミメシスが警戒対象である理由は明確です》
『黙れ』
「理由を聞くまでもないな」
ミメシスは、王権へ対抗する性質を持つ武装だ。
そんな武器を持つ俺が、王統継承者であるカコとともに下層総合制御室へ近づいている。
古代文明側から見れば、どう考えても警戒すべき存在に映るだろう。
その時、回廊の中央へ金色と青白い光が集まり始めた。
「何だ?」
無数の光が互いに絡み合い、やがて一人の人間と同じ大きさの姿を形作る。
現れた人物は床へ届くほど長い衣をまとい、頭上には金色の王冠を思わせる光を浮かべていた。
その姿は、昇降中に見た古い立体映像の王とどこか似ている。
しかし、顔だけは青白い光に覆われ、表情を確認することができなかった。
「コーデックス。あれは何だ?」
コーデックスがカコのそばに浮かんだまま、青白い解析光を人影へ向けた。
《総合制御室への進入資格を判定する投影機構と推定します》
「また試されるのかよ」
光の人影が、ゆっくりとカコへ顔を向けた。
【王統継承者よ】
低い声が回廊全体へ響き渡り、カコはその場で足を止めた。
【何のために進むのか】
「先生を助けるため」
【第三封鎖牢に囚われた者のためか】
「そう」
【汝には、より優先すべきものがある】
カコは先生の手帳を抱く腕へ力を込めた。
光の人影は、感情の見えない顔を向けたまま動かない。
【王統の血を受け継ぐ者には、果たすべき責務がある】
【一人の命よりも、優先すべき決定がある】
カコの肩がわずかに震えた。
それでも目を逸らさず、光の人影を正面から見返す。
「私が決める」
その言葉に呼応するように、銀白色の髪を走る金色の光が強くなった。
細い光は髪の一部を淡い金色へ染めながら、根元から毛先へゆっくりと広がっていく。
光の人影が沈黙すると、俺は隣に立つカコへ目を向けた。
その身体にはまだ震えが残っていたが、それでも一歩も後ろへ下がっていなかった。
【総合制御室は、王の決定を下す場所】
【進むならば、己の血が何を意味するかを知ることになる】
「それでも進む」
カコは迷わず答えた。
先生の手帳を抱く腕も、もう震えていない。
【ならば、総合制御室へ至る資格を示せ】
光の人影の輪郭が崩れ、無数の金色の光となって床の導線へ吸い込まれていく。
【資格審査 _ _ 開始】
【第一審査 _ _ 王統継承者単独認証】
【王の決定に随伴者は不要】
【進入先 _ _ 王統継承認証区画】
【随伴者分離規定 _ _ 適用】
俺は思わず足元へ目を向けた。
「……今、嫌な言葉が出なかったか?」
《随伴者分離規定です》
「聞き直したんじゃない!」
「分離?」
《王統継承に関わる最終認証は、本来、継承者本人のみで受ける手順と推測されます》
「カコだけ先へ行かせるつもりか?」
《その可能性があります》
『断れ』
「言われなくても、そのつもりだ」
カコもすぐに首を横へ振った。
「一人では行かない」
【王統継承者カコ _ _ 確認】
【随伴者分離地点 _ _ 到達】
【随伴異界生命体 _ _ 停止要求】
【対王権用模倣武装 _ _ 停止要求】
【全書系列端末 _ _ 王統補助端末として同行審査】
「おい、コーデックスだけ扱いが少し良くないか?」
《全書系列端末は、王統管理機能を補助する正式な古代端末です》
『紙束のくせに』
《模倣武装よりは信頼されています》
『何だと!』
「そこ、張り合うところじゃないだろ!」
カコは先生の手帳を鞄へ戻し、俺のすぐ隣へ立った。
その直後、床を走る金色の線が左右へ広がった。
俺とカコの間を分けるように一本の細い光が走り、漆黒の床へまっすぐな境界を描く。
《警告します》
《分離機構が起動します》
「カコ、こっちへ!」
「うん!」
俺はすぐにカコの手を取った。
床に現れた光の線をまたがせるように、カコの身体を俺の側へ引き寄せる。
その直後、二人の間にあった床から漆黒の壁が一気にせり上がった。
ゴォン!
重い音とともに天井まで伸びた壁が、回廊を二つに分ける。
あと一歩遅れていれば、俺たちは完全に分断されていた。
【随伴者分離 _ _ 失敗】
【王統継承者と随伴異界生命体 _ _ 接触継続】
【再分離 _ _ 実行】
「しつこい!」
今度は左右の壁が開き、中から二体の黒い球体端末が滑るように現れた。
一体は俺たちの正面へ回り込み、もう一体は背後へ移動する。
それに続いて天井の一部が展開し、赤い照準光を放つ小型砲台が姿を見せた。
【随伴異界生命体 _ _ 限定同行範囲超過】
【移動停止 _ _ 要求】
【抵抗時 _ _ 拘束処理】
「排除じゃなくて拘束か」
《カコが依然として王統継承者として扱われているため、随伴者を即時排除する命令には移行していません》
「そこはまだ話が通じる方か」
『拘束されれば同じだ。斬れ、我が主!』
「何でも斬ろうとするな!」
正面にいる球体端末の側面が開き、そこから黒い拘束輪が勢いよく飛び出した。
狙われているのはカコではなく、俺だ。
俺は手にしていた無銘刃を構え、刃の腹で迫る拘束輪を横へ弾いた。
ギィン!
鋭い金属音が響き、弾かれた黒い輪が回廊の壁へ叩きつけられる。
【随伴異界生命体 _ _ 抵抗確認】
【拘束強度 _ _ 上昇】
「余計なことをした判定になった!」
『当然だろう』
「お前が斬れって言ったんだろ!」
《右上方の砲台が発射します》
「ケイ、伏せて!」
カコの声に反応し、俺はとっさに身を沈めた。
カコが左手を突き出すと、俺の頭上へ薄い金色の結界が広がる。
飛来した赤い光弾が結界へ激突し、金色の波紋が大きく揺れ広がった。
バァン!
弾けた赤い光が結界の表面を走り、その一部へ細い亀裂が生まれる。
「ずっとは無理!」
「十分だ!」
俺は砲台の根元へ目を向け、左右へ向きを変える回転部に細い隙間を見つけた。
「カコ、ノクス・ニードルをあそこへ!」
「うん!」
カコが右腿の黒いケースへ手を伸ばし、六本並んだノクス・ニードルのうち一本を右手で抜き取った。
黒い針の表面へ金色の光がまとわりつく。
《上部砲台の右側回転軸を狙ってください》
コーデックスの青白い解析光が、砲台の回転軸へ小さな光点を浮かべた。
カコはその場所へ狙いを定め、右腕を鋭く振り抜いた。
放たれたノクス・ニードルが一直線に飛び、回転軸の隙間へ深く突き刺さる。
針の根元から金色の結界紋が広がり、細い光の線が砲台の内部へ入り込んだ。
【上部砲台 _ _ 駆動制御低下】
【命令伝達 _ _ 遅延】
赤い照準光が大きく揺れ、俺たちから外れる。
「よし!」
もう一体の球体端末が俺の右側へ回り込み、二つの拘束輪を同時に放った。
正面から受け止める必要はない。
俺は一歩後ろへ下がって一本目をかわし、続く二本目だけを無銘刃で下から跳ね上げた。
『我が主、右だ!』
右側の壁が開き、その中から細い金属腕が伸びてきた。
球体端末とは別の小型警備機まで現れ、俺一人を完全に取り囲むつもりらしい。
「カコを一人にするためなら、随分必死だな!」
《王統継承認証時の外部干渉を排除する規定と推測します》
「俺を外部干渉扱いするな!」
『我が主ほど重要な存在を外部扱いとは無礼な!』
「お前は話をややこしくするから黙れ!」
小型警備機の細い腕が、俺の肩をつかもうと正面から迫る。
俺は無銘刃を斜めに構え、腕を刃の側面へ滑らせるように受け流した。
そのまま一歩踏み込み、すれ違いざまに腕の付け根を斬りつける。
青白い火花が激しく散り、切断された腕が硬い音を立てて床へ落ちた。
【警備機 _ _ 部分損傷】
【随伴異界生命体 _ _ 脅威度更新】
「また余計な評価が上がった気がする!」
《肯定します》
「肯定するな!」
カコが投擲を終えた右手を下ろし、俺の隣へ並んだ。
「ケイ」
「どうした?」
「一緒に行くって約束した」
「ああ」
カコは迫る球体端末ではなく、俺たちを分けようとしている床の金色の線へ視線を向けた。
銀白色の髪に残る金色の光が、先ほどよりも強く輝く。
「だから、止める」




