第98話 下層最上部まで来たので、先生を助ける前に怒られる準備をします
昇降台が上昇を続ける中、周囲の漆黒の壁へ古い立体映像が次々と浮かび上がった。
最初に映し出されたのは、広大な空間の奥へ置かれた金色の玉座だった。
その前には、長い衣を身につけた無数の人々が、寸分違わぬ間隔で整然と並んでいる。
玉座の前には、頭上へ王冠を思わせる金色の光を浮かべた人物が立っていた。
顔は淡い光に包まれ、その表情までは読み取れない。
しかし、その人物の前へ並んでいる者たちは、誰一人として顔を上げていなかった。
全員が同じ方向を向き、同じ姿勢で深く頭を下げている。
畏れているのか、敬っているのか、それすら古い映像からは分からない。
ただ、その中に王を見上げる者は一人もいなかった。
「……」
「どうした?」
カコは鞄から先生の手帳を取り出し、胸へ抱えたまま立体映像を見つめていた。
「人がたくさんいるのに、人に見えない」
俺はその異様な光景を前に、すぐには返事をすることができなかった。
映像には何百人もの人々が映っている。
それなのに、一人一人が意思を持つ人間には見えなかった。
全員が王のために並べられた、同じ形の飾りのようだった。
もし、あの中の誰か一人が顔を上げたとしても、周囲からすぐに押さえつけられてしまう。
そんな息苦しささえ感じさせる光景だった。
『それが、かつての王が望んだ形だったのかもしれぬな』
ミメシスが低く呟いた。
《断定できる記録はありません》
『分かっている』
珍しく、ミメシスはそれ以上言い返さなかった。
立体映像の中で玉座の前に立つ人物が、頭を下げた人々を静かに見渡している。
その姿は多くの者を導く王というより、誰にも見上げることを許さない支配者のように見えた。
やがて昇降台がさらに上昇すると、古い映像は一つずつ乱れ、細かな光となって消えていった。
◇
昇降台の速度が緩やかに落ち始めた。
回転する最後の金色の輪を抜けると、前方に広大な漆黒の回廊が現れる。
【限定移動 _ _ 終了】
【下層最上部管理区画 _ _ 到達】
昇降台が小さく振動し、回廊へ張り出した乗降場所と同じ高さで停止した。
【王統継承者カコ _ _ 確認】
【登録状態 _ _ 王統管理者】
【下層最終認証 _ _ 継続保留】
【下層総合制御室手前区画 _ _ 限定進入許可】
【随伴異界生命体 _ _ 一名】
【対王権用模倣武装 _ _ 一振】
【全書系列端末 _ _ 一冊】
【監視状態 _ _ 継続】
金色の文字が次々と空中へ浮かび、俺たちを上から下まで確認するように流れていく。
「一名と一振と一冊、完全に俺たちのことだよな」
《肯定します》
『我を対王権用模倣武装などと呼ぶな。正式名称で呼べ』
「そこにこだわるのかよ」
《古代施設側から見れば、ミメシスの正式名称よりも機能分類が優先されています》
『紙束、余計な説明をするな』
《事実です》
「到着早々、喧嘩するな」
俺はため息をつきながら昇降台を降り、目の前に広がる回廊を見渡した。
そこは下層中部とは明らかに雰囲気が異なっていた。
床も壁も鏡のような漆黒に染まり、これまで通ってきた区画のような亀裂や崩落はほとんど見当たらない。
磨き上げられたような床の表面には、太い金色の導線が走り、複雑な幾何学模様を描いている。
導線の中を流れる光は、俺たちが進むべき方向を示すように、回廊の奥へ向かってゆっくりと移動していた。
天井には王冠を思わせる形の青白い照明がいくつも浮かび、長い回廊を冷たく照らしている。
そして、その最も奥には、通路を完全に塞ぐほど巨大な漆黒の扉が見えた。
《下層総合制御室入口を確認しました》
あの扉だ。
あそこへたどり着けば、先生を拘束している命令を解除できる可能性がある。
第三封鎖牢へ続く経路も、正式に開けられるかもしれない。
「やっと近づいたな」
《警備個体の反応も増加しています》
「そっちも近づいてるのかよ」
カコは先生の手帳を胸へ抱いたまま、回廊の奥にある漆黒の扉を見つめていた。
「ケイ、先生、待ってるよね」
「ああ、そうだな」
「でも、危ないことはするなって、怒ってるかな」
「たぶん怒ってる」
カコが少し不安そうな顔をする。
「でも、助けに来たことを嫌がってるんじゃないと思う」
「違うの?」
「危ない状態のまま、無理に助けようとしてることに怒ってるんだ」
「うん」
「ちゃんと助けられる状態にしてから来いって、たぶんそっちで怒る」
カコは少しだけ目を細めた。
「先生らしい」
「だろ?」
その言葉だけで、張り詰めていたカコの表情が少し和らいだ。
先生が捕らえられている第三封鎖牢へ直接向かっても、拘束命令そのものを解除できなければ、先生を助け出すことはできない。
だから俺たちは、先生がいる場所とは反対方向にある、下層最上部まで上がってきた。
まずは下層総合制御室へ入り、先生を拘束している命令を止める。
そのあとで第三封鎖牢へ向かうしかなかった。
「あと少しだ」
「うん」
俺たちは並んで、床に伸びる金色の案内線に沿って歩き始めた。




