第97話 副制御盤を起動したら、砕甲槌で追手を弾き落としました
罠を越えた先には、壁へ埋め込まれた小さな漆黒の扉があった。
扉の中央には細い金色の王統紋が浮かび、俺たちが近づくのに合わせて、ゆっくりと明滅を始める。
《昇降路副制御室へ接続する扉です》
「ここから上へ行けるのか?」
《王統管理者用補助経路の終端にあたり、内部には緊急用の昇降設備があります》
《ただし、旧王命令層による制限を受けています》
「また開ければいい?」
《肯定します》
カコが扉へ右手を当てると、指先から金色の光が広がり、中央の王統紋へ流れ込んだ。
銀白色の髪に残っていた細い金色の光も、扉の反応へ呼応するように淡く輝く。
【王統継承者カコ _ _ 確認】
【下層最終認証 _ _ 未完了】
【上部管理区画移動制限 _ _ 継続】
【副制御室への接続 _ _ 制限】
「やっぱり止められる」
《王統継承者保護規定を再引用します》
コーデックスが黒い表紙を開いた。
ページから流れ出した青白い文字が、扉に浮かぶ金色の王統紋を取り囲んでいく。
《第三封鎖牢の拘束命令解除には、総合制御室への接続が必要です》
【上部移動制限】
《現在の制限を維持した場合、第三封鎖牢の拘束解除が実行不能となります》
【命令競合】
《王統継承者へ課せられた施設管理機能と矛盾します》
【照合中】
俺は思わずコーデックスを見た。
「……今、何してるんだ?」
《命令規定の矛盾を指摘しています》
『屁理屈だな』
《適切な規定解釈です》
「さっきより言い方をきれいにしただけじゃないか?」
《否定します》
背後から硬い金属音が近づいてきた。
罠の向こう側で足止めされていた警備端末が、再び動き始めている。
《追跡個体が拘束機構の一部を停止させました》
「もう抜けてくるのかよ!」
『王の犬にしては働くな』
「感心してる場合か!」
カコが扉へ流す魂力を強めた。
金色の光が指先から腕へ広がり、銀白色の髪を走る光も一段強くなる。
「開いて」
王統紋の金色が、カコの命令へ応えるように強く輝いた。
【命令競合 _ _ 確認】
【王統継承者保護規定 _ _ 優先】
【限定接続 _ _ 許可】
【副制御室進入 _ _ 一時許可】
扉が音もなく左右へ開いた。
「開いた!」
その奥にあったのは、小さな制御室だった。
漆黒の壁には何枚もの透明な操作盤が浮かび、その表面を金色と青白い文字が高速で流れている。
廃墟のように朽ちた外側とは違い、この場所は今も生きていた。
壁にも床にも目立った損傷はなく、空気さえ外の通路より澄んでいる。
王統管理者のためだけに、数千年もの時を越えて動き続けてきたのだろう。
《副制御盤へ接続します》
「頼む!」
コーデックスが操作盤の前へ移動すると、黒い表紙から伸びた青白い文字が、透明な盤面へ次々と流れ込んだ。
【上部連絡昇降路 _ _ 停止中】
【王統継承者権限 _ _ 制限】
《王統継承者保護規定を適用します》
《第三封鎖牢の拘束解除に必要なため、総合制御室への限定移動を要求します》
【拒否】
《王統継承者機能の継続条件と競合します》
《拘束命令解除権限は総合制御室に存在します》
《移動を完全に拒否した場合、王統継承者による施設管理が実行不能となります》
【矛盾確認】
透明な操作盤の中で、赤い命令線と金色の王統紋が激しくぶつかり合う。
赤と金の光が明滅するたびに、制御室の壁が低く震えた。
その時、背後の通路から金属の脚音が響いた。
追手はすでに罠を越え、すぐ近くまで迫っている。
「コーデックス!」
《処理を継続しています》
操作盤を走っていた赤い命令線へ、青白い文字が一斉に絡みついた。
【命令競合 _ _ 再確認】
【限定移動 _ _ 許可】
【到達可能範囲 _ _ 総合制御室手前】
【下層最終認証 _ _ 継続保留】
《緊急昇降設備を限定起動します》
遠くで重い機械音が響いた。
制御室の奥にあった漆黒の壁が左右へ開き、その先に、上下の果てが見えない巨大な縦穴が現れる。
縦穴の中央では、黒い柱を取り囲んでいた金色の輪が一つずつ回転を始めていた。
低い駆動音とともに、一枚の黒い昇降台が下方から浮かび上がってくる。
昇降台は金色の輪に導かれ、制御室と同じ高さで静止した。
その間にも、背後から赤い単眼を持つ球体端末が迫っていた。
さらに奥からは、金属化した右腕を持つ改造生命体が、壁を蹴りながら走ってくる。
「カコ!」
「うん!」
カコが右腿の黒いケースへ手を伸ばし、六本並んだノクス・ニードルのうち一本を抜き取った。
《球体端末の下面回転軸へ投擲してください》
コーデックスの青白い解析光が伸び、球体端末の下面へ小さな光点を浮かべる。
カコは黒い切っ先をそこへ向け、足を止めることなくノクス・ニードルを放った。
黒い針が飛び、球体端末の下面にある装甲の隙間へ深く突き刺さる。
直後、針の根元から金色の紋様が広がり、細い光の線が端末の内部へ入り込んだ。
高速で回転していた球体端末の動きが大きく乱れ、前進する速度も急激に低下する。
【駆動制御 _ _ 低下】
【命令伝達遅延 _ _ 発生】
《対象の動作遅延を確認しました》
「今だ、乗れ!」
俺とカコは昇降台へ飛び乗り、コーデックスもすぐにそのあとを追った。
俺たち全員が乗り込むと同時に、黒い昇降台が上昇を始める。
だが、改造生命体は動きの鈍った球体端末の横をすり抜け、金属化した右腕を昇降台へ伸ばしてきた。
黒い指先が昇降台の縁へ届くまで、あとわずかだった。
『我が主!』
「分かってる!」
俺は手にしていた黒穿刃を両手で握り直した。
狙うのは、昇降台の縁へ引っかかろうとしている太い金属腕だ。
細身の黒穿刃で斬りつけるよりも、強い衝撃を与えて腕ごと弾き落とした方が早い。
そう判断した俺は、剣形態のままミメシスを大きく振り上げた。
「ミメシス!」
『承知した!』
俺は振り上げたミメシスを、伸びてきた金属腕へ向けて一気に振り下ろした。
だが、刃が金属腕へ当たる直前だった。
「砕甲槌!」
ミメシスから黒い靄が噴き出し、振り下ろされる途中で剣身がいくつにも分割された。
分割された刀身は瞬く間に組み替わり、巨大な黒い槌頭へ再構成される。
さらに槌頭の反対側が展開し、内部から青白い魂力が爆発的に噴き出した。
噴射の勢いによって加速した砕甲槌が、昇降台へ伸ばされた金属腕へ叩きつけられる。
ドゴォン!
轟音とともに太い腕が下へ弾かれ、黒い指先が昇降台の縁をわずかにかすめた。
だが、その手が縁をつかむことはなかった。
改造生命体の身体は衝撃によって後方へ大きくよろめき、開いた制御室の入口へ倒れ込む。
昇降台はその間にも上昇を続け、金属腕を持つその姿が急速に下方へ遠ざかっていった。
「っ……!」
叩きつけた反動が両腕を突き抜け、柄を握る手のひらへ鋭い痛みが走った。
「ケイ!」
「大丈夫だ! まだ握れる!」
『見事だ、我が主!』
《砕甲槌の連続使用は推奨しません》
「分かってるよ!」
俺はミメシスを無銘刃へ戻した。
痺れの残る指を一度開き、きちんと動くことを確かめてから、改めて柄を握り直す。
昇降台はさらに速度を上げ、追手たちを下方へ置き去りにしていった。
回転する金色の輪を通過するたびに、空気が小さく震える。
縦穴の壁には数え切れないほどの通路や足場が見えたが、その多くは崩れ、暗闇の中へ沈んでいた。
それから少し遅れて、下方からシュンという鋭い音が鳴った。
カコの右腿にある黒いケースの前へ金色の光が集まり、その中から先ほど投げたノクス・ニードルが姿を現す。
黒い針は光に包まれたまま、空いていた収納部へ収まった。
《使用されたノクス・ニードルの帰還を確認しました》
「戻った」
「これで六本とも残ってるな」
《肯定します》
カコは黒いケースへ軽く触れ、六本すべてが収まっていることを確かめた。
俺も痛む手のひらを確かめるように、柄を握る指を一度開いて閉じる。
まだ痺れは残っているが、剣を振れないほどではない。
先生がいるのは下なのに、俺たちを乗せた昇降台は上へ向かっている。
こうしている間にも、助けたい相手から少しずつ遠ざかっていた。
カコも同じことを考えていたのか、黙ったまま下方へ視線を向けている。
回転する金色の輪から降り注ぐ光が、銀白色の髪に残る金色の輝きと重なっていた。
「カコ」
「うん」
「後回しにしてるんじゃない」
カコが俺を見る。
「先生を助けるために、まずは下層最上部の総合制御室へ行くんだ」
淡い青銀色の瞳がわずかに揺れた。
それでもカコは泣かなかった。
「うん、わかってる」
カコはもう一度だけ下方を見たあと、総合制御室がある上方へ顔を向けた。
昇降台は、漆黒の巨大な縦穴を静かに上っていく。




